4章 リータルⅲ
女性の話が一段落ついたのを見計らって、男性が口を開いた。
「さて、私達の世界の解説を大体終わらせたところで……。
本題に入ろう。
今、リータルでは、大規模な全面戦争に突入している」
蓮華が息を呑む。
それは、前々から鎧や兵士と言った点で、何となく予想していたことだった。
「……何か理由は、あるの?」
男性が頷く。
「ある。むしろそのせいで、激化しているといっても良い。
後三年、収まらないことは確実だ」
それが長いのか短いのか、戦争がある国に育っていない蓮華には分からなかった。
「先程解説した『魔法』だが……、人一人使用出来る『魔法』などたかが知れている。大規模な災害を起こしたり、多数の体に影響を及ぼす魔法など、論外だ。
しかし、およそ千年前、それを行うことが出来る種族が居た、と伝承にある」
彼は確認するかのように、手持ちの古ぼけた本を開いた。
「私達は、その種族を『賢人』と名付けた。
彼らは眉目秀麗な容姿と体一部位に入れ墨のような模様を持ち、長寿だったと伝えられている。
リータルにおける数は、人類の十分の一にも満たなかったらしい」
連華は違和感を感じて、それを口にした。
「さっきから聞いてると、らしい、らしいって……。
今は居ないの?」
その問いに男性は続ける。
「まぁ聞け。
彼らはその特化した『魔法』故に、私達人間を見下したそうだ。両者の不満が火種として積もったのだろうな。 遂に人間と賢人の間で戦争が起きた。
この時ばかりは、三国が手を結んだらしい。皮肉なことだ。
後に『賢人戦争』と名付けられたそれは、最初は、まあ一方的の一言に尽きる。
賢人の『魔法』による蹂躙が行われた。
人類は疲弊し、降伏寸前まで追い込まれる。
……だが、そこで救世主が現れた」
お決まりなその展開に蓮華は本を読みきかされている気分だった。
しかし次の言葉に耳を疑うことになる。
「それは美しい黄金の髪と眼を持つ少女だったそうだ」
「!」
それは、蓮華が河原で出会った女性の外見と一致していた。
急にベッドから身を乗り出した蓮華に、男性が尋ねる。
「……どうした」
「あ……、ごめん。続けて」
その様子を不審に思いつつも、男性の話は尚止まらない。
「……少女の『魔法』は他を圧倒した。そうして徐々に人間が優勢側に付き、遂に戦いに勝利した。
敗北した賢人は、『魔法』で作り出した空間へ消えていったと言う」
「普通にハッピーエンドだね……。
でもそれが今の戦争と何の」
蓮華の言葉を男性が遮る。
「ここまではいい。
だが、戦争が終焉を迎え、賢人がこの地を離れる時、こう告げたそうだ。
『我らは戦に敗れた。
しかし、疲弊しきった我らでは、到底対価を支払うことは出来ない。
千年の後、我らは最後の地へと降り立とう。
そこで我らが魔の力で、一つだけ、お前たちの望みを成就せしめる』
とな。
ちなみに最後の地、とは決戦が行われた、先程貴殿の妹が書いた円、中心のギンヌ湖に浮かぶ孤島の神殿だと言われている」
蓮華は絶句した。
つまり、話をまとめると、その『願い』まで後三年で千年を迎える、ということになるのだろうか。
そして、その『願い』を巡って世界大戦が行われていると、そういうことだろうか。
だが、しかし。
「そんなの、人間同士を潰し合わせる罠に決まってるじゃない」
蓮華は茫然と呟いた。
それに男性は静かに述べる。
「……そうだな。誰もがそう思った。
当初は、三国とも、無視を決め込もうとしたようだ。
だが、千年は、長い。
もし、本当に願いが叶うのなら。非現実が現実となるのなら。そんな思いは徐々に大陸を蝕み――」
後は言わなくても分かる。
蓮華は汗ばむ手でシーツを握りしめた。
「十四年前に起こった、ムスペル第一王子のニヴルによる暗殺。
それが引き金だ」