ー第8話喧嘩別れ
ー第8話喧嘩別れ
耐えられない沈黙を愛が破った。
「ごめんね。惑わして…道子ちゃんは、舞ちゃんに任せるから…お願いね!」
愛はニッコリ道子ちゃんに微笑みかけて、立ち上がった。見返す道子ちゃんは、言葉が出ない。舞ちゃんは顔を背けている。立ち上がろうとする道子ちゃんの腕は、しっかりとつかまれていた。
愛は、廊下に出て突き当たりの窓から月を見上げた。
ーうかつだな。情けない
道子ちゃんに恋されて、自分の気持ちも悟られている。しかも、道子ちゃんの気持ちを嬉しい自分がいる。
ー許されない。プロだから
「何やってんの?お月見?三日月だよ?」
愛は驚いて振り返った。黒いTシャツにリーバイスの理彩ママが腰に手を当てて立っていた。
「ちょっとあってね…」
「珍しいね。プロ根性の塊の高宮愛が?何か有るとは?」
「今日は、帰ります。詳しくは貴ちゃんに聞いて」
「お次は職場放棄?。まぁ雇ってる訳じゃないけど…よければ、メイクフロアのスタッフルームに居るってのも有るけど?」
愛はしばらく沈黙した。
「間が必要だと思う。気持ちはありがたいけど…岐阜に戻ります」
「じゃあ無理に引き留めない。貴ちゃんに聞いて、メールするわね」
「ありがとう。じゃあ」
理彩ママは動かず愛の後ろ姿を見ていた。
「さて。事件は現場を見よだね」
理彩ママは重いドアを開けた。
地下鉄御堂筋線で、新大阪のホームに降りた所で、手嶋葵のテルーの歌が鳴った。愛はピンクのナルカミーチェから携帯を取り出した。
「30分か。理彩さんにしては、時間かかったね…」
:Message
まだ新大阪駅なら、千成り瓢箪の看板に居て!。2人が謝りに行くから!
地下鉄御堂筋線の改札を抜けて、右手の階段を登ると、駅の正面に出る。そこに豊臣秀吉の馬印が有る。駅は工事中で撤去されており、代わりに看板が有る。
愛は携帯を閉じて、階段を登り看板の前を通り過ぎようとした。
その左手を誰かがつかんだ。
「ちょっと大人気ないんじゃない?」
理彩の怒った顔が愛を睨んだ。
「後ろ注意してたのに…探偵でも食べて行けそうね」
「待ってよ。全然愛さんらしくない。どうしちゃった?」
「知ってるくせに。全部!」
愛は理彩の手を振りほどいた。
「もちろん!二度と現れないはずの白馬の王子様が現れた!理性はブレーキを掛けてるのに、気持ちも体も止まらないから、ハンドルきって、新幹線に向かって逃げ出したんでしょ?」
「それを止めるニューハーフの意図は何?」
「あなたが」
「あなたが?」
「みんな、あなたが大事な人だから。あなたにも幸せになって欲しいと思ってるからよ」
「わたしが幸せになったとして。わたしが道子ちゃんを幸せに出来ると思う?」
「それは…」
「わたしは、道子ちゃんだけを見て生きられない。次々と路地に入ってくる新人さん達の道を照らさなきゃならない。舞ちゃんは道子ちゃんだけを見て生きられる。間違いなく、道子ちゃんは幸せになれる。違う?」
「あの2人が上手く行くかどうかなんて、わからないでしょ?」
「行く。舞ちゃんは、道子ちゃんの性別なんてどうでもいい。彼がプレデターでもエイリアンでも何の障害にもならない」
「まぁ完全にベタ惚れしてるのは間違いないけど…とにかく、謝罪だけはさせてあげてよ」
愛は黙る事で同意した。
15分程して、2人が走って来た。
愛の前で止まると同時に90度頭を下げた。
「愛さん。失礼な事をしました。すいませんでした。許して下さい」
声を揃えているのは、練習してきたのだろう。まるで、先生と生徒のようだ。
「頭をあげて。2人とも」
上がってきた顔には、上目使いのおそるおそるの表情が有った。
「2人とも、自分が正しいと思う事を貫いただけ。謝る必要も無いけど、謝ってくれた事をうれしく思うわ。ひとつアドバイスするなら…」
道子ちゃんがうなづいた。
「正しいと思う事でも、悲劇につながる事が有る。そう思ったなら、我慢して引くのが大人よ」
「だから…愛さんは引こうとしてるんですか?」
「道子ちゃんは?どう考えるの?」
「判りません。未来がどうなるかなんて…決まってる訳じゃないでしょ?」
愛はいったん目を閉じてから、道子ちゃんと舞ちゃんを見た。
「そう思うなら。舞ちゃんにもチャンスをあげなさい!。未来は決まってないんでしょ?」
「……」
愛は、2人の肩を両手で叩いた。
「頑張れ!2人とも!最高の未来をつかみなさい!」
愛は、困惑している2人を見て楽しくなった。まるで昔の自分と史也に説教しているようだった。
そのまま愛は、新幹線の券売機に向かって歩き出した。振り返らなくても、2人と理彩が自分を見送るしかない事はわかっていた。
切符を買って、ホームに上がると携帯が歌った。
:Message
未来は決まってないかも…でも分かってても逃げられない未来もあるのよ。高宮先生。
「それでも、あらがってみるのが人間ですよ…宮村先生とっ」
愛は、送信し終わると携帯の電源を切った。見上げると、看板の中から、プロゴルファーの青木功が奥さんを背負って笑っていた。こんな風に笑う為に、人は数え切れないハードルを跳び続ける。いや、跳び続けるからこそ2人で笑える。愛はそう思った。
ー次話!
ー第9話宮村理彩