ー第6話焼失の理由
ー第6話焼失の理由
目を開けると、端が黒く煤けた蛍光灯が見えた。天井も同じように煤けている。首だけ動かすと、ガラステーブルの向こうにソファーが有り、毛布にくるまった理彩が見えた。
ー正義くんは、相変わらずかぁ
ここがホテルで、正義が隣で寝ている選択肢を、彼は選ばなかったようだ。それはそれで、重たい。選んでくれれば、その人生を受け入れられた自分に、嫌悪感を感じる。
「痛っ…」
体を起こすと、頭に鈍い痛みが走った。タイフーンアイでは、ひと口飲む程度で、まともに飲んだのは久しぶりだった。痛みをこらえながら右手を頭に持ってくると、紙を握っている事に気づいた。
「何?」
紙を開くと、力強い文字が並んでいた。
愛さん お早う御座います。
3時20分にこれを書いています
テレビかラジオでニュースをチェックして下さい。僕のネットワーク情報では…ブリリアント ローゼズは焼け落ちました。我々が出てすぐに出火したようです。焼死体は1人で、拳銃を持った男性のようです。京子ママは行方不明との事です。この事件に絡んで、アフガニスタンに戻らなければならなくなりました。理彩さんに、抱いてあげるのが優しさだと、怒鳴られましたが、命がひとつ掛かる話です。お許し下さい。
「命かぁ。冷たいんじゃない…優し過ぎるんだよ山際正義はぁ」
ソファーの理彩が動いた。
愛は起き上がって、テレビを付けた。理彩は顔だけを出して、愛を見た。火事の映像が映る画面の時計が8:00になった瞬間、着メロが流れた。ホワイトベースの警報音が鳴り響く。理彩の手が毛布から出て、握られた携帯が耳に当てられた。
「うん…おはよ…聞いた…出て1時間くらい後…正義くんにメールで…無事だよ…私のアパート…今起きたとこ…テレビでもやってる、見てる…そう…じゃあ…後で…」
理彩は、電話を切って、ソファーに横座りした。
「手紙よんだ?」
愛はうなずいた。
「かなり説教してやったんだけど、真っ直ぐ過ぎるね正義くんは…」
理彩は覚めてない頭をハッキリさせようと天井を見た。
「電話は貴ちゃん?」
「心配してた。まぁ納得したみたいだから…」
「何が起こったんだろう。焼け死んだ人って、私がぶつかった人?」
理彩は、焼け跡の映像をジッと見た。
「正義くん的には、ブリリアント ローゼズはあそこだけアフガニスタンに繋がった戦場だったそうよ。詳しい事は、戻れば判るはずだって…」
「京子ママ…無事で居て欲しい。一途な優しい人だもの」
「そういう人ばかりが巻き込まれて行くんだよきっと。ウチの子達も危ないよ」
「そうだね…」
愛は、映し出された…黒焦げになったブリリアント ローゼズの扉を見て、震えた。
1ヶ月程して、ブリリアント ローゼズの事件は、様々なニュースに押し流されて、話題から消えた。拳銃を持った焼死体の身元不明のまま…。
閉店間際のタイフーンアイで、愛はまた、水のグラスを握っていた。道子ちゃんが隣りでしゃべっている。まだ2ヶ月に満たないが、つま先から頭の先まで、大阪の最先端ファッションに包まれている。そのうち読者モデルにでもなりそうだ。
「…愛さん。この子なんだけど…」
道子ちゃんは、携帯の写メを見せた。同じようなファッションの女の子と道子ちゃんが写っている。
「バービーでバック見てたら、話が合って、お友達になろうって言うから…いいよって事になりました。名前は、水島舞ちゃん。20のOLさん」
「道子ちゃんには、驚かされるね。純女さんのお友達とは…」
「愛さんは…怒りませんか?」
「私が?どうして?」
「舞ちゃんと仲良くして、大丈夫ですか?」
「純女さんのお友達なんて、新人さんなのにレベル高過ぎよ。しかも、舞ちゃんよりセンス良いと来てるし…」
「うん…今度メイクしてあげる約束になってる」
理彩が口を挟んだ。
「恐ろしいよ。道子ちゃんは。セルフメイクマスターしたからね」
「で…相談が有ります」
「何?」
「男だって、言った方が良いと思います?」
「舞ちゃん気づいてないの?」
「多分…今日スーパー銭湯に入ろって言うから、必死で断ったんです。気づいてたら誘わないですよね?」
「普通の女装っ子さんなら、長く会ってれば男だって判るもんだけど…道子ちゃんだからね。そうね〜親友に成っちゃいそう?」
「悩み事とかバンバン言って来るから、多分…」
「だったら、こんどお店に連れてらっしゃい。言って大丈夫な子かどうか見てあげる」
「はい。連れてきます。じゃあ…メイクダウンして来ます」
道子ちゃんはイスから降りてドアを開け、そして声を上げた。
アルマーニの正義が外でノブを握っていたのだ。道子ちゃんは体が行っており、正義にぶつかった。
「すいません!大丈夫ですか?」
道子ちゃんは顔を上げて正義を見た。
「私の方こそすいません!あっ…どうも」
道子ちゃんの顔が曇った。正義が愛の交際相手である事を知っているはずだ。それを見た愛は複雑だった。道子ちゃんは自分に好意以上の物を持っているかもしれないと…。
道子ちゃんは、そそくさと出て行った。
「今の子って、例の浜崎道子さん?」
「そう。100年に1人の逸材よ」
「驚いたなぁ。あんなにかわいいのに…なんで男に産まれたんだろう?」
理彩が言った。
「神様だってミスするって事」
正義は道子ちゃんが居たイスに腰かけた。
「ブリリアント ローゼズで何が有ったか分かりました」
愛も理彩も正義を見た。
「カブールの食堂で、昼飯を食べてたんですが…
正義の横に、現地人の男が座った。とっさに正義は立ち上がって、男を見た。自爆テロでなくても、ナイフ強盗やゆすりの場合がある。
「山際さん。スープが冷めますよ」
男は日本語で言った。
「…その声は。京子ママ!」
「覚えててもらえたなんて、嬉しいわ」
「どうしたんです!その姿は?」
「簡単に云うと。外務省の紛争地域調査機構が廃止になって、私達は後ろ盾を失ったの」
「アメリカ国務省の圧力で、総理が押し切られたって噂でしたね」
「燃えたお店で、拳銃持って死んでたの…CIAのNo1ヒットマンだって」
「それにしては、間抜けですね?」
「愛さんのおかげよ。愛さんがぶつかった時、一瞬拳銃のホルダーのベルトが見えたの。それで、CIAが抜いた時カウンターの板越しに射殺できた。その後踏み込んで来た連中の為に、発火装置を作動させて、天井から屋根に逃げ出して、ここに居るわけ。愛さんに会ったら、ありがとうって伝えてね」
正義は。京子ママをマジマジと見た。砂塵に汚れた服。ヒゲをたくわえた、日焼けした顔。
「ここで何を?」
「タリバンに入り込んで、和平派と接触に成功した。相手はアルカイダだから、厳しいけど…やって見せる。絶対…」
「京子さん無茶だ!どこかで殺される!やめましょう。すぐにアフガニスタンから出るんです」
京子ママは、髭面をゆがませて笑った。
「無駄よ。それとも、私を引きずってくつもり?」
「どうして?そこまでするんです
正義は、そこで愛のグラスの水を飲んだ。
「京子ママは…何て言ったの?」
愛は黙っている正義に言った。
「チベットで、福島哲さんと話した時に、僕は同じ質問をしました。どうして?そこまでするんです?。彼は京子ママと同じ事を言いました……」
正義は一時停止ボタンを押したように、止まった。
「…和平も平和も幻想だ。だが、僕にとってこの地球上で、これより魅力的な幻想は無いんだよ」
愛の目から滴がカウンターに落ちた。
「馬鹿だよ。京子ママ。死んじゃったらしょうがないよ」
正義の腕が、愛の肩を抱き寄せた。愛は拒否したかったが、拒否出来なかった。何故なら、ジャーナリストらしからぬ大粒の涙が、正義の目からこぼれ落ちていたからだ。
ー次話!
ー第7話西堀さん