ー第2話デジャヴ
ー第2話デジャヴ
ゴウンッ
エレベーターは、独特の音を立てて止まった。イヤイヤのように、扉がスピードを変えながら開き、蛍光灯に照らし出された廊下の奥突き当たりに、半開きの窓が見えた。
愛は、タイフーンアイの扉の前に彼がいない事に少し驚いた。新人さんは、最後までためらい続ける。いや、その度合いが小さく気づかないくらい小さくなっても、そのためらいは消えない。彼らは、限りなく女性に近づいて行くが…たとえ本物の女性よりも女性らしくなっても、女性になる事は出来ない事を知ってしまう。それが自殺に至る危険を、意識しなくても本能的に感じるからだ。
愛は、廊下の途中にあるタイフーンアイのドアを開いた。
薄暗い店内に、Tシャツ リーバイスの宮村理彩の姿が見えた。
「あら?愛さん早いですね」
「ちょっとね」
カウンターの一番奥に、彼を見つけた。ビールが置かれているが、細かな泡はグラスの一番上で蓋をして崩れていない。
「何か作ります?」
愛は理彩に顔を戻して、たこ焼きをカウンターに置いた。
「たなちゅうのたこ焼き…良かったらみんなで食べない?」
彼はチラッとたこ焼きを見た。
「名前は有るの?」
理彩は新人さんには慣れている。
「無いなら、仮で付けてあげよか?」
「はい…」
「芸能人で好きな人は?」
「石田エリさんです。って云うか…釣り馬鹿の道子さんが好きです」
理彩はチョット驚いて見せた。
「わかる!いいよね〜道子さん。大人だけど超絶カワイイんだもん」
彼は少しニッコリした。愛はその顔に、ドキッとした。
「愛さんは、どうですか?」
彼は真っ直ぐ目を見て来る。
「えっ?そうね…私も好きよ、道子さん」
ニッコリしながら、彼はうなずいた。
「愛さんが好きなら、道子さんにします!」
理彩は横目で愛を見た。
「え〜なに?。どういう事?もしかしてデキちゃってるの?すでに」
愛は理彩をにらんだ。
「…わけないよね。たこ焼きもらうね〜」
彼が体ごと、こっちを向いた。愛は彼を見て言った。
「道子ちゃんもこっちに来ない?」
素直に丸椅子を降りて、愛の横にチョコンと座った。
身長は愛と同じ位だ。目が悪いのか、顔を寄せて、つま楊枝を親指と人差し指で摘んで、たこ焼きを突き刺した。
「目は悪いの?」
「近視です。コンタクトは合わなくて…でもまだメガネは慣れないんです」
突き刺したたこ焼きを、目の前に持ってきてしばらく見た後…パクッと口に入れた。愛は眉を寄せて彼を見た。
「それは、道子ちゃんのクセ?」
「何がですか?」
「その食べ方…」
「あぁ…小さい頃からです。たこ焼きってカワイイじゃないですか。見ちゃいます」
理彩も幽霊を見たような顔をしている。
「あの…気持ち悪いですか?」
愛は、慌てて笑顔を作った。
「ウゥゥン。そうじゃなくて、そう言う食べ方する人が居てね。チョット顔も似てて…ゴメンね」
愛はたなちゅうのオバチャンの言葉を思い出した。
ー愛さんのタイプじゃない?似てるな〜ー
(まさかね。気のせいだ。しっかりしろ愛)
「その人。お二人の顔からすると…死んでます?」
愛は、右手を振って打ち消した。
「ちがうちがう。元気よね〜理彩さん?」
理彩もスマイルを作った。
「…そうそう。今イギリスに単身赴任してるから、会えないけどね。クリスマスカードが来てたから死んでないはずよ」
「ふ〜ん。そうですか」
少し沈黙が流れた。
「ここって、メイクしてもらえるんですよね?」
彼は話題を変えた。
「隣のビルでね。電話してあげるね。詳しい事は、受付で説明してくれるから…」
理彩は携帯を取り出して、電話を掛け始めた。
「一階に降りて、エレベーターを降りたら、すぐ左だからね」
「愛さん。ここに戻って来ていいですか?」
「かまわないよ」
「戻って来たら、愛さん居ますか?」
「居るよ。いってらっしゃい」
彼はニッコリ笑って、丸椅子を降りるとリュックサックを肩に背負った。
「必ず居て下さい」
彼は右手を振って、出て行った。
沈黙を破ったのは理彩だった。
「驚いた。あの食べ方もだけど、表情まで。右に顔を傾けた時は、金縛りみたいになっちゃった」
「どう思う?」
「どうって…。史也君になんとなく似た顔だけど。普段は、感じない。けど、表情とか仕草とか言葉使い?そっくり」
「だね。…私の一番弱いタイプ。好きになっちゃいそう」
理彩は下を向いて言った。
「いいんじゃない?素直になれば。彼は史也君じゃないし。好きなタイプが世の中に、2人いたってだけの事だから」
「本人にとっては、そこまで単純じゃないよ。まいったな…。胸はドキドキしちゃってるし…」
愛は、彼が座っていた丸椅子を見つめた。
ー次話!
ー第3話ブリリアント ローゼズ