-第17話本営直通路
−第17話本営直通路
きっちゃんのEV車(電気自動車)は手作り感満載だが、素人っぽさが無かった。
「これはどこの車や?ホンダか?」
きっちゃんは、スキンヘッドで白いツナギを着ている。年齢は、ジョーさん同様80は越えていそうだ。
「ベースは旧大発の3型乙電池走行車や。最新の部品でバージョンアップしたる。満充電で300キロイケる。3型乙電池はキャパシティーより次世代型や。しかも、弾薬箱サイズの小ささやから、予備が2個積める。入れ替えれば計900キロ走れる。最高速度は180。30秒で180まで上がる。でや?恐るべし帝国陸軍やろ?」
「恐るべし話はギョウサン聞いてるけど、それがなんで負けたんかナゾやな」
きっちゃんは、バックミラーの中で不気味に笑った。
「戰は数や。兵力も兵站もせめて3倍有れば、ワシントンは講和の椅子に座っとった。松岡洋右はドイツが勝利と踏んで陛下を説得した。ドイツ議会も松岡もチャーチルを甘く見すぎた。アイツは本物の悪魔や。イギリスは負ける云う情報操作で、日本もドイツもイタリアも騙された。お人好しは戦争したら負ける云うこっちゃ!」
乗っている老人達は、負けたのは自分達のせいではないオーラを放って笑った。
車は谷町筋から、四天王寺鳥居付近から右折して国道25号に入った。2本目を左折してしばらく行くと茶臼山の斜面が見えた。きっちゃんは斜面沿いに車を停めた。
ジョーさんが、折り畳み式のスコップを片手に車から降りた。いきなり茶臼山の斜面を掘り始めた。
「まさか穴掘って入るんちゃうやろな?きっちゃん?」
「ちゃうちゃう。あそこに、搬入口の手動開閉機がある。あのスコップをハメテやなギアを廻すと開く仕組みや」
ジョーさんは50cm程の四角い穴を瞬く間に掘り下げた。さらに、スコップをガッっと入れて、廻した。縦に3m。横に10mほど斜面が音を立てて崩れて行く。搬入口は下に向かって開く仕組みのようだ。
「えらいなめらかなやな…戦前のもんやろ?」
「使うてる鉄がちゃうし、歯車の精度も浸かってる潤滑油も違う。ここでアメリカのオリンピック作戦を止められるはずやったんや…ロシアが不可侵条約破棄せえへんかったら、まだ10年は戦えたんや…北海道をロシアに持ってかれるんは得策やないからな」
ジョーさんがスコップを抜いて、車に戻って来た。
「60秒で閉まるように目盛りを合わせた。いくで!」
「了解!」
きっちゃんは、3型電池走行車を搬入口の暗闇に発進させた。前照燈に照らし出されたトンネルは真っ直ぐに続いて、先は見えない。
「状態は最高やな!ここのコンクリーの配合は150年もつはずや… このまま180まで上げても問題ないで!藤城刑事!しょんべんチビるな!」
後部座席で藤城は、隣のじいさんに肩をドヤされた。
藤城は生きた心地もなく、先の見えないトンネルを疾走する車の中で震えていた。何か落ちていたら終わりだが、老人達は平気だった。やがて、天井に[徐行]の標識が照らし出された。車は速度を落とし、[待機場まで200]の標識が見えると安心できる速度まで落ちた。
「助かったわ。なんの待機場や?」
「百式戦車50両の待機場や。長砲身のシャーマンにも対抗できる量産型の百式や。ガス欠やし、さすがに動かんやろうけどな。実験車両が一両だけ作られただけやって事になっとるけど、大阪名古屋東京に50両づつ地下配置されたんや」
ジョーさんが言い終わると、太い砲身が闇の中から浮かび上がった。
「これも知らん事に?」
「終戦を阻止しようとした将校に渡さんように我々が守った戦車や。この直通路と一緒に無い事になっとる」
藤城はため息をついた。
「とにかく。理彩ママや!助け出して、全部忘れる事にする。寿命が無くなるわ、こんなもん」
「それがええ。ここからは降りて歩きや。難波元町2まですぐそこや」
車を降りて、使われる事の無かった当時の最新兵器の間を進んで行く。やがて、潜水艦の隔壁ハッチのような扉の丸いハンドルを、ジョーさんのヘルメットに装着して有るヘッドランプが照らし出した。ジョーさんが、ゆっくりハンドルを廻す。
ゴンッ。
鈍い音がして、扉が開いた。現代の照明と、工事が発する音が漏れてくる。藤城は過去の遺物から逃れる安心感の後に、これから冒さなければならない危険の不安に、目を閉じて耐えようとした。
次話!
−第18話旧甲−ロ七衛兵詰所