-第15話梅田脱出
−第15話梅田脱出
煙りがドアの下から入り込み始めた。貴ちゃんが電話を掛けている。音漏れする程大きな声で、翔子さんが叫んでいる。
ー棚のお酒を全部床に叩き落として!早く!ー
「え〜っ!はいっ」
道子ちゃんがカウンターを飛び越えて、ボトルをなぎ倒すように床に落とした。
−取っ手があるから探して!下に引き下げるようになってるはず!ー
「え〜っ待って下さい…道子ちゃんどうですかぁ?」
愛が取っ手の跡を見つけた。上に隙間が見える。愛もカウンターを乗り越えて、隙間に指を掛けた。
「道子ちゃん手伝って!」
3人で隙間をジワジワ拡げた。
「翔子さん!これ何ですか?」
−ゴミ捨て用の落とし口よ!隣のビルの中を通ってるから!な〜んも考えずに落ちるの!煙り吸って焼け死ぬより、骨折の方がましだから!ー
人ひとり分の口が何とか開いた。
「もう少し良いかも〜な方法は無いんですか?」
−無い!−
「無い!」
愛は道子ちゃんと、貴ちゃんを持ち上げて、ダストシュートに押し込んだ。
「え〜心のじゅんび〜…
貴ちゃんは叫びながら、下の闇に消えた。
「愛さん!行って下さい!」
「譲り合ってる場合じゃないわね」
煙りが濃くなって来た。
愛は四角い穴に飛び込んだ。
隣のビルに向かって斜めな内は良かったが、急に垂直になった。足と腕で制動を掛けるが、スピードは落ちない。恐怖が胸から湧きだす。貴ちゃんの上に落ちて、潰れて死ぬのは必至だ。しかし、まだ運は残っていた。
貴ちゃんが途中で引っ掛かっており、愛も貴ちゃんの上で止まった。
「下に袋が詰まってますぅ…助かりましたぁ」
「ついてるね」
しかし、道子ちゃんが上に落ちて来た。
「あ゛〜袋が動くぅ〜」
愛は貴ちゃんの横に足をねじ込んで制動力が効くようにした。落下速度は上がらず、ズルズルと落ちて行く。永遠のような時間が続いて、突然転がり落ちた。
バキバキッ
と云う音がして、3人は何かを突き破った。そこはビルとビルの間の井戸のような場所だった。古いゴミ袋と共に、真っ黒になった貴ちゃんと道子ちゃんを見た。愛も真っ黒に汚れている。腕も擦り傷だらけだ。
「生きてる?」
貴ちゃんも道子ちゃんもうなずくだけで精一杯だ。
上は青空が小さく見える。前には鉄柵があり錆びた南京錠が見えた。
「もうひとつ、ラスボスが残ってるみたい…」
「乗り越えるしかないですね」
上には、ご丁寧に槍の形に尖っている。
ボンッ
と音がしたので振り返ると、ダストシュートから煙りが吹き出した。
「閉めなかったでしょ?道子ちゃん!」
「閉めてても同じよ!乗り越えるの!早く!」
鉄柵の向こうに、誰かが走ってくるのが見える。
「もう無理…先に行って下さい!」
貴ちゃんが動かない。
「こんなとこで終わるな!来るんやっ!」
「藤城さん!」
「クソッこんなもん!」
藤城は勢いで鉄柵を蹴った。古い鉄柵は、意外にも土台から揺れた。2度目で傾いた。道子ちゃんが鉄柵の先をつかんで、体重を掛ける。傾いて行く所を藤城が乗った。
「よっしゃ!脱出や!いそげ!」
愛と道子ちゃんで、腰の抜けた貴ちゃんを立たせて、鉄柵の上を越えた。
「あっ〜俺が背負う!ふたりは先ゆけ!」
ビルの隙間を抜けて、愛は貴ちゃんを背負った藤城を振り返った。また
ボンッ
と音がして、火が吹き出してくる。愛は藤城を横に押し倒した。
後ろを火炎が通って消えた。
「一息つきたいやろうけど、まだ終わりやないで!30分で梅田を脱出する!」
「どこに?」
「とりあえず十三方面や!ついてこい!」
貴ちゃんを急き立てながら、いりくんだ路地を藤城に従って走った。もはやどこを走っているのか判らない。垣根を越えて、民家の庭まで突っ切った。
「藤城さん!なんで?」
「カメラが有るとこを避けとるんや…車道や店先は全部ダメや!奴らの個人識別に引っ掛かる。もうちょいやから、頑張れや!」
「だから何で!」
「あの火事は、放火や。狙われとんのや」
藤城は、平屋建ての木造民家の前で、やっと止まった。
「ここは?」
「大人の事情で、住宅地図にも載せられへん家や。ここは無い事になっとるから安全や。入るで…」
中に、山際と三輪山、そして横になっている徳さんが居た。
「良かった!無事でしたね」
山際は、愛を抱き寄せようとした。道子ちゃんは、阻止する為に間に入った。
「山際さん!どうなってるんですか?タイフーンアイは放火なんですか?」
「あのビルに火の気は有りません。機構の警告でしょう。三輪山さんを渡せと云う…」
道子ちゃんは、自分が助けた人物の顔を確認した。
「渡すんですか?」
「渡しません。重大な人権侵害と殺人未遂です。さらに、地震と津波の危険が有る採掘が行われようとしています…一切の説明も無く。許す訳にはいきません…特定資源開発機構を徹底追及します」
「できんのか?そんな事」
藤城が山際をにらんだ。
「三輪山さんを渡さなければ可能です。山際正義のネットワークは世界中の戦場カメラマンやジャーナリストに拡がってます。世界中から叩かれれば、機構と言えどももちません」
「その間、このお嬢さん達と理彩ママはどうすんのや?」
「海外に記事が出ると判った時点で機構は退きます。理彩さんも明日には決着します。それまで、ここで我慢して下さい」
「だと良いが…あの宗山とか云う役人。相当な奴やで」
藤城は胸騒ぎを感じていた。
小鳥の鳴き声が流れた。
「また山際さんの着メロか…」
山際は携帯を耳に当てた。
「はい。お待ちしてました宗山さん。ずいぶん派手にやられるんですね?もう少し自重なさったらいかがです?」
愛は震えた。
道子ちゃんがそっと手を握ってくれた。山際正義の視線がそこに落ちるのを、愛は感じた。
次話!
−第16話宗山の逆襲