-第11話道頓堀川
−第11話道頓堀川
徳さんは一命をとり留めた。
愛は理彩と御見舞いに行った帰りに、地下鉄御堂筋線の心斎橋で降りて、戎橋に向かって歩き始めた。何故か藤城刑事までオマケのように、ついて来た。
「いいんですか?仕事中」
愛は心配そうに聞いた。
たまたま病室に居て、そのままついて来たのだ。
「こんどのヤマは、キャリアの署長の得点になって、上は大喜びや。徳さんは表彰されて、晴れて警部や。まぁあのケガやから、現場復帰は微妙やけどな……。俺も扱いが良くなった。前途洋々ってヤツや。これくらいの道草に、文句云うヤツはおらん」
理彩はアキレ顔で藤城刑事を見た。
「どうでも良いんだけど。運次第で上がったり下がったり。実力も上げないと、下がったり下がったりにならないように」
「わかってます」
三人は戎橋から下に降りて、道頓堀川の川岸に有るウッドデッキを歩き始めた。遊覧船がディズニーランドのジャングルクルーズのように横を滑って行く。この川の両岸は大阪ランドのアトラクションと言って良い。人為的な物だけで埋め尽くされているのだが、東京と違って本能から派生している為に、草木のような生命力を感じる。東京は見る物全てに、能書きが見え隠れする。名古屋は計算高さが感じられる。岐阜は外圧によって変化してゆく街だ。しかも変化に抗うのだが、最後に屈してしまう。古い街が残る訳でも無く、時代に機敏に反応できる機動力もない。愛は、大阪の本能に忠実な街に感嘆していた。良いわけでもないが潔いと思った。
やがて、木造の橋が見えて来た。
相生橋
と書いて有る。
「そろそろ、仕事に戻る頃合いや」
「それがいい……」
と理彩が答えた時。
数人の男達が、人を担ぎ上げながら相生橋の上に走り込んで来た。さらに、道子ちゃんと舞ちゃんが反対側から橋の上に上がって来るのが見える。なんと男達は、担ぎ上げている人を橋の上から道頓堀川に放り投げた。
瞬間。
藤城刑事が横から消えた。
さらに。
道子ちゃんの後ろにヒールがはね上がり、ウイッグをムシリ取る姿が見えた。
愛は叫んだ。
「道子ちゃんダメ!舞ちゃんが見てる!」
しかし…道子ちゃんはダイブした。緑色の道頓堀川に。
その背中に向けた拳銃を、藤城刑事の銃弾が吹き飛ばした。恐怖した男達はなだれるように逃げ始める。男達を追って藤城刑事も消えた。
理彩と愛は川岸を相生橋に向かって走った。
「人が落ちた!助けて!」
2人は口々に叫びながら助けを求めた。
川面に道子ちゃんの顔と、男の顔が浮かび上がる。男の手は縛られている。男は大柄でもないのに、重いのか2人は浮き沈みする。
愛はさっきの遊覧船に向かって叫んだ。
「遊覧船!戻って!溺れる!」舳先の女性ガイドが気付いた。いっせいに船上の人間が振り返り、船は方向転換を始める。しかし道子ちゃんは苦しそうだ。
見ると。
川岸の手すりに、船舶用の浮き輪が掛けられている。焦っているから外れない。
理彩が見かねて外して、投げたが近くに行かない。まずい事に2人の顔が川面から消えた。
「道子ちゃん!船が来るから!頑張って!」
手すりから身を乗り出すけれど、打つ手がない……。
「まかせとけや!」
横から声がしたと思うと、おっさんが手すりを乗り越えてダイブした。そして。
両岸から、あんたらシンクロかっ!と突っ込みたくなる程に浪速の兄さん達が次々とダイブし始めた。
瞬く間に、道子ちゃんと投げ込まれた男が浮かび上がって来た。そのまま遊覧船に運ばれて船上に上げられる。
道子ちゃんは押しのけられ、男の蘇生が始められた。縛られていた手足のヒモが外され、胴に巻かれていた毛布も解かれた。
「鉛の重りや!おっさん何やらかしよったんや?」
サイレンが周りを包みこんで、警官隊がウッドデッキ周辺から人々を排除した。相生橋を渡った愛は、ヒールとウィッグを持った舞ちゃんを野次馬の中に見つけた。理彩とはハグレてしまっている。
「舞ちゃん?大丈夫?」
ぼーっとして返事がない……。
「とにかく。道子ちゃんを探さないとね…一緒に行こ」
手を握って、張られた規制線に向かった。
規制線に立っている警官になんとかにじり寄る。
「すいません。藤城刑事に連絡してください」
「なんや?藤城さんの家族か?」
「高宮 愛でわかります」
警官は愛と舞ちゃんをジッと見た。
「今事件発生中や。私用か?」
「最初から全部見てました。知り合いが最初に飛び込んだんです。遊覧船に乗せられるとこまで見えたんですが、どこに行ったか分からないんです」
「事件関係者やな?待っとけ無線したる」
警官は無線のやりとりをしばらくの間続けて言った。
「1人付けるさかい付いてったらえぇ」
別の警官に、乗り場に着けている遊覧船まで連れられて行った。
道子ちゃんは、咳き込みながら舳先に座っていた。そうとう兄さん達に揉まれたのだろう、化粧も落ちてヒゲがうっすら浮かんでいる。タンクトップもブラも無くなり上半身裸だ。やせた男の子がそこにいた。まさか、ここまでになってるとは…そして気づいた。
しまった!
愛は舞ちゃんを見た。
舞ちゃんの目から涙がこぼれ落ちていた。
「ごめんなさい…」
「待って!説明させて!」
「愛さん。大丈夫です。少し1人にしてください」
彼女はヒールとウィッグを、そっと船のデッキに置くと背を向けた。
「自分の気持ちに素直でいて。道子ちゃんを人間として、どう思うかを考えて。 これだけは勘違いしいでね…道子ちゃんは、あなたを欺こうとした訳でも、欺いた訳でもないって事を」
舞ちゃんの背中が言った。
「でも。ウソですよね。どんなに女の子に近くなっても…女の子になる事はできないですよね。でもわかんなかった私が悪いんです。よく考えると…判るようにしてくれてたのに」
「ウソじゃない!少なくともタイフーンアイの子達は、命をかけて女の子になろうとする。それをウソとは誰にも言わせない…言うべきじゃない!」
舞ちゃんは振り返った。
「わかんない!わかんない!道子ちゃんの事好きなのに!わかんないよ!」
叫んで。規制線に向かって走り出し…野次馬の群衆の中に消えた。
次話!
−第12話アンダー ザ ハイドレード