-第10話岸谷警部補
−第10話岸谷警部補
理彩のアパートは店から歩いて10分ほどの所に有る。愛と翔子さんは梅田の御堂筋線に向かう為に、途中で別れた。
藤城刑事も徳さんも姿は見えない。午前1時でも人通りは有り、車もガンガン走っている。さらに、道端から酔っ払いが声を掛けてくる。
「理彩ママ終わりかぁ〜もう一杯行こうやぁ〜」
「ジョーさん。もう寝て。でないとジョーさんの人生が終わっちゃうよ〜」
「人生はお釈迦様が終わらすのや!酒では終わらん…やから呑むのや!」
「きっとお釈迦様は忘れとるんやな…ジョーさんの人生終わらすの。気付かれんようにしぃや」
「そうか!俺は不死身やな」
通り過ぎる後ろから大きな笑い声が響いた。
こんな賑やかな帰り道で、殺人なんて複雑な作業をやれるとは思えなかった。
理彩は、この先の串焼き屋の前で時々起きる事に気付いた。開けっ放しの店から、営業が終わっても居座っている常連の1人が、理彩に飛び付いてくるのだ。理彩は手前で右に折れて、裏に回った。
店の裏口は閉まっていて、面倒は起こらないと理彩は思った。
しかし。厨房の窓が開いていて、満面の笑顔で顔をくしゃくしゃにした常連客が窓枠に座っていた。
「ダメッ!」
と言う制止も虚しく
「理彩っ〜!」
と言う常連客の叫び声を合図に、理彩は後ろに引っ張られて倒され、音も無く現れた藤城刑事に、見事なキレキレの逮捕術で常連客はアスファルトに叩きつけられた。見ると、ネジ挙げられた右手に手錠がすでに掛かっている。
「午前1時25分確保!」
と時計を見ながら言っている藤城刑事に、集まってきた刑事が言う。
「藤城さん…違います!」
「何が?時計がか?」
「星じゃありません。顔が違います」
「じゃあ誰なんだ?なんで飛び付いて来た?」
道に倒れたまま理彩は説明した。
「50過ぎのいい親父が夜毎なにやってるんだ!正気とは思えん」
藤城刑事は怒鳴りながら手錠を外した。
串焼き屋の店主と仲間が出て来て、勘弁して下さいの大合唱になってしまった。
「クソッ!囮捜査は失敗だ!この町はどうかしてる!とにかく、アパートまで同行する」
理彩は藤城刑事ら5人と、アパートの近くまで来た。
「徳さんが居ないね。どこに居るんだろ?」
藤城刑事が鼻を鳴らした。
「どっちにしろ犯人は気付いて逃げたはずだ。念の為に、朝まで張り込む。施錠を確認して寝てくれ」
刑事達はまた散って消えた。
理彩は階段を上がって、部屋の鍵を回した。ドアを開けようとすると、また後ろに引っ張られて倒された。
ー殺される!
と頭の中で声がした。しかし、何故か悲鳴が出ない。
しかし、引っ張った犯人は理彩をすり抜けて開いた扉に飛び込んで行った。
ードンドン
と云う音の後…揉み合う音が響いた。さらに、物が落ちて割れる音が続く……。
「藤城さんっ!中っ中っ部屋の中っ!」
やっと声が出た。
バタバタと靴音がして、5人の刑事が理彩の部屋に殺到して消えると、徳さんのシワガレた声が聞こえた。
−確保!時間は…クソッ時計壊しやがった
そして、血まみれのナイフを握った血まみれの徳さんが、4人に運ばれて出て来た。
「救急車じゃ間に合わん!パトカーを3分で回せ!応急処置は俺がする!」
運んでいる1人が無線に怒鳴りながら走り去った。
その足音に重なって、パトカーのサイレンが近づいて来る。理彩は背中を廊下に打ち付けていた。身体が痛みで起こせない。
しばらく痛みに耐えていると藤城刑事の声がした。
「理彩ママ。大丈夫か?」
「背中が痛くて、起きれない」
「生きてるだけで、丸儲けや。徳さんケッコウ深手や。助かるかどうか五分五分やで」
「藤城さんは?」
「せっかくの背広が真っ赤やけど、徳さんのおかげで擦り傷ひとつ無しや。あのオッサン凄いわ。理彩ママの云う通り、俺は岡っ引きやった」
「それに気付いたんなら、もう岡っ引きやない。立派な警官や」
「えらい上から目線やけど、おおきに言っとくわ…」
理彩は何とか首を上げた。返り血を浴びた藤城刑事が、ニューハーフキラーの上に馬乗りになっていた。
「最高やね。カメラがあれば写真に残したいわ」
「やめてくれ。こんな血まみれの写真、誰が見たがるねん」
「そやな…年取って行き詰まった時に、きっと背中を押してくれると思うよ」
藤城刑事は小さく笑って、携帯を取り出した。そして、理彩に投げた。理彩は携帯をキャッチすると藤城刑事とニューハーフキラーを撮った。
ー次話!
−第11話道頓堀川