表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

ー第9話宮村理彩





−第9話宮村理彩





カウンターはすべて埋まっていて、愛はカウンターの中に入っている。愛から一番遠い席に道子ちゃんと舞ちゃんが座っており、店内は女装っ子の話声で溢れていた。

理彩は、忙しく動きながら目の前の男と話していた。

「理彩ママ。彼氏は居んの?」

男は女装子ではない。しかし、女性よりニューハーフが好きな人物だ。

「え〜口説いてるの?ここはハッテン場じゃないよ?」

ハッテン場は女装子と男性の出会いの場になっている。大阪の繁華街のほとんどに有り、目印が有る訳ではない。しかし、そこに居る女装子は自動的に男が欲しいとして認識される。知らない新人さんがトラプルになる場所のひとつだ。

「そんな意味ちゃうよ。純粋にやな〜理彩キレイや思うただけや」

女装子は意外と大阪府の外から来る人が多い。関西弁は店内ではあまり聞く事が無い。

「ありがとう。ビールおごろうか?」

「酒より理彩に酔ってるのや」

「できればお酒の方が助かるけど?」

「駄目や。もう酒なんて効かへん。彼氏にしてくれや」

「その程度の口説き文句じゃぁ落ちる訳にはいかないわね。もう少し腕磨いてね!」

「理彩〜テクニックやのうて、俺のまごころを見てくれ」

「真心ね〜それじゃあ私が酔えないじゃない。自分だけ酔ってればいい人なの?」

「負けたわ。理彩ママにはかなわんわ」

首を振っている男の隣に座っている翔子さんが声を掛けた。

「理彩ママはね。心に決めた人がいるのよ。長年見てるけど、まず口説けた男はいないよ」

「そうか〜待たせるだけの悪い男に捕まってもうとるんやな…理彩ママっいつか助け出してやるさかい待っとけや。腕磨いてくる。勘定してくれ」

男は金を払うと出て行った。




「どこで腕磨いてくるんだろうね?」

「六甲山にでも山籠りするんじゃない?」

「遭難して笑わせてくれるかもよ?」

理彩はこらえきれずに笑った。バンドのボーカルっぽいルックスの彼女が笑うと、ドキッとする程キュートだ。

翔子は、理彩がニューハーフになる前から知っている。まだニューハーフと言う言葉はなく、おかまと言う言葉と、男らしくしろと言う言葉が吹き荒れていた。彼女は幼くしてその中で耐えていた。

「それで?彼氏はどうなの?」

「え〜翔子さんまで口説いてくれるんですか?」

「まさか!おなべの奥さんと子供を捨てるガッツはないよ」

翔子はチラリと理彩の目が愛を捉えるのを見逃さなかった。

「なんだかモテモテで…ドラフト3位って感じ」

「感心しないね。移籍するのが利口だよ」

理彩は呼ばれて、微笑しながら離れて行った。



愛が翔子さんのグラスを見て近づいて来た。

「翔子さん。今日は進まないですね」

半分くらいのグラスにバドワイザーをつぎたす。

「純女さんが入ってるからね。さっきは理彩ママにアタック掛かってたし…」

「舞ちゃん?心配ないと思うけど?なにか気掛かりが有る?」

翔子さんはグラスを、右手でそっと触れた。

「勘ってない?なんか有る…。みたいな」

「有る…今の所わたしは感じないけど?」

愛は店内を見渡した。

そのまま店はラストオーダーが掛かって、理彩ママと愛、心配気な翔子さんが残った。



「無事に何事も無くて良かった」

愛はホッとして言った。


「何が?」

「翔子さんのノセタラダマスの大予言」

理彩は翔子さんを見た。

「翔子さん。こんどは、いつ世界が滅亡するの?」

翔子さんは笑っていない。

「帰り道気をつけて…うぅん送るよアパートまで」

「嬉しいけどイザとなれば野郎だよ?送るなら愛さんを送ってあげて」

そう言った後ドアが開いた。



「もう終わりました。ごめんなさい…徳さん何か?」

背広を着た初老の男が入口から店内を覗き込むように立った。

「理彩ママ。こんな奴見いへんかったか?」

男はカラーコピーを取り出して、右手でぶら下げた。

「さっきの!」

理彩と翔子さんが同時に叫んだ。

「来たんか?何時頃や」

「9時くらいに来て、10時には帰りました」

男はシステム手帳を取り出して、メモした。

「誰か口説かれへんかったか?」

「私が口説かれました」

「そうか。こいつなニューハーフキラー言うて、殺人鬼や。日本人なんやけど、ニューヨークで三人殺りよって国際指名手配されとる。三人ともオカマでな、殺される前に口説かれとんのや。上手い事逃亡して、偽パスポートで関空の税関抜けよった。理彩ママ待ち伏せされとるで。応援呼ぶさかい待ってくれ」

男は無線を取り出して、どこかと通信した。

「せや。梅田堂島呉羽ビルヂング4の3タイフーンアイや。星がママ口説きよった。待ち伏せとる。応援頼む」

無線を切ると男は、入口のドアを開け放った。

「理彩ママ悪いけど協力したってくれ。ケガはさせへんさかい」

愛は恐る恐る聞いた。

「刑事さんですか?」

「せや。手帳見るか?」

「別にいいです」

「お姉ちゃんは、本物やな…最近は判らんのが増えてどうもならんわ」

理彩ママが男の素性を説明した。

「マムシの徳さんって言って、売春関係の有名な刑事さん。若い頃は捜査一課のエースだったんだけど…ちょっとやっちゃって、外されてね」

「若気のいたりや。でも、キレイなオカマさんに囲まれる職場や。陰気な殺人犯より華が有ってええわ」



しばらくして、5人の若い刑事がドカドカと入って来た。

「ご苦労さん。あんたがママか?」

翔子さんに言った。徳さんが訂正する。

「ちゃう。そっちの黒シャツや」

「そうか?じゃあ協力してもらうけどええか?」

若い刑事はチラッと徳さんを見た。

「あ〜徳さんはもうええで、あとやっとくさかい。それで理彩ママやな名前」

徳さんは黙って出て行こうとした。瞬間、理彩の目が鋭くなるのを愛は見た。

「待って。あなたは誰?名乗りもせずに失礼じゃないですか?」

「なんやめんどくさいな。大阪府警の藤城や。話は徳さんに聞いとるやろ?」

警察手帳の表紙が理彩の鼻先に突き付けられた。

「私が協力すると言ったのは、大阪府警でも藤城刑事でもありません。岸谷徳三郎警部補です」

藤城刑事は理彩を黙って睨み付けた。

「そんな目力で、よく刑事が勤まりますね」

「お互い様や。刑事にたてついて…よく飲み屋が続けられるな?」

「刑事にたてついた事なんかないよ。刑事ってのは徳さんのようなレベルの警察官を言うの」

「なら俺達は何や言うねん?」

「岡っ引きだね」

後ろの4人がいろめき立った。

藤城刑事はフッと強面こわもてを崩して笑うと…手で後ろを制した。

「時間が無い。本多ぁ!岸谷警部補殿を呼んで来い!」

1人が走り去った。

「宮村理彩か…えぇオカマちゃんやな。俺の好みや。岡っ引きにはお似合いや」



徳さんが迷惑そうな顔で現れた。

「岸谷警部補。理彩ママのご指名や。協力するんは、徳さんだけやそうや。指揮して下さい」

徳さんの顔が締まった。ちいさく…おおきに…と唇が動いた。

「よし。配置は…」

徳さんは別人になって、采配し始めた。




「5分後に配置が完了する。5分後にいつものルートで帰ってくれ。3人で出て、途中で別れて理彩ママが1人になるように。ほなら、自分も配置につくさかい行くで!」

店はまた3人になった。

「根拠ないけど、大丈夫だって思えるのは何?」

愛は店の外に出ながら言った。

「そういうのを確信って云うのよ。本物が発する光の名前」

理彩は穏やかな顔で言った。そして翔子さんが締めくくった。

「ちょっと言い方が臭いけど、良いかもね」

愛は…理彩の徳さんに対する優しさに…異性に対する愛情が湧くのを感じて戸惑った。





次話!

−第10話岸谷警部補







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ