いい子は猫になる
今日、お医者さんに行った。そしたら重めの風邪でしょうって言われた。おくすりは苦手。苦くてむせてしまうから。そう言ったらママに「じゃあママのおくすりを飲もうね」って言われたの。
わたしは熱とのどの痛みでヒリヒリしている。お水を飲むとマシになるからたくさん飲んだ。その日はママがおかゆを食べさせてくれた。レンゲですくって、ふぅと息をかけてくれたから舌をやけどせずにすんだの。あんまり味はしなかった。そう言うとママが「今はお腹の負担になるから薄くしているのよ」って、イライラした声で言うの。
でもね、風邪はつらいけど、ママをひとりじめできるから、たえられるよ。パパがいなくなってからは、こうして一緒にすごせる時間がなかったから、うれしいな。お仕事も休んでくれている。ちょっと悪いことしているみたい。
ママのおくすりは丸くて黒くて大きくて、飲み込むのは大変だった。
「どうしても飲まなきゃダメ? なんでこんなに大きいの?」
わたしの人さし指の先くらいあったの。でもね、ママは首を振った。
「薬切りで小さくするね。これだけ飲めばお医者さんのたくさんのにがーいおくすりは飲まなくていいんだよ」
そっか、あの甘苦いシロップとか、白い粉とか、つぶつぶとか飲まなくていいんだ。
「わかった。小さくしてくれるなら、飲む」
わたしがそう言うと、ママはひまわりさんの笑顔で頭をなでてくれた。
「ごめんね、もう少しで良くなるからね。おくすり飲もうね」
ごくりと飲み込むと、また熱が上がってわたしはベッドに倒れてしまった。
朝めざめると、わたしの耳がなかった。ううん、ちがう。耳が頭の上に移動していた。それと、おしりから長いのが生えていた。
鏡を見ると、ねこさんの耳だった。
「ママ、ママ。わたし、変」
ママにかけ寄ると、わたしのねこさんの耳をなでて「いい子ね、かわいくなったね」って言われた。熱でぼーっとする頭でたくさん考えたけど、ママが喜ぶならいいかなって思えた。
長いのはねこさんのしっぽなんだけど、さわられるとゾワゾワしちゃう。さわられちゃいけない場所だってわかった。
今日も学校はお休みする。まだ熱が38.4度あるし、なにより耳としっぽを見られるのはいやだ。コンコンとのどを鳴らすと、ママにもう寝てなさいって言われたので、わたしはベッドに横になることにした。
部屋のテレビでは小6の理科がやっていてびっくりしちゃった。たまに先生が授業中に見せてくれるやつとそっくりだったから。うつらうつらと重くなったまぶたを開けようとしたけど、最後には負けちゃってくやしい。
ママに起こされたのは昼の1時だった。
「よく寝ていたね。体調はどう?」
「まだ、のどいたいかな」
たまごとささみのいい匂いにつられてキッチンに行くと、昨日より具だくさんのおかゆが置いてあった。
「おなか、すいちゃった。食べていい?」
「もちろんいいよ。今日も薄味だけど、ごめんね」
わたしはそれは嘘だと思った。だって、口に入れた瞬間に色んな味が感じとれたから。
「ママ、これすっごくおいしいね」
わたしがザラザラした声で言うと、ママはわたしのおでこに手を当てた。
「……ちょっと熱は下がったけど、明日もお休みしようね」
わたしは悪い子だ。
朝昼夜とあの黒いおくすりを飲んでは熱が上がってベッドに横になるのをくりかえす日だった。夢の中でわたしは木の上で寝て、しっぽで遊んだり、ママのひざの上で寝てみたり、なんだか本当のねこになったみたい。ふしぎとそれは本当で、わたしのあるべき姿なんだって起きたあとに考えた。……そんなことないのにね。
夜に起きると、暗いのによく目が見えるようになっていた。電気をつけなくても、いいのは便利だな。また鏡を見るとわたしの目は金色になっていて、鼻と口のあいだには白く長いヒゲが生えている。
わたしはキッチンに向かって走ると、ママがソファーで寝ていた。ゆさぶってママを起こすと、寝ぼけているのか「私のミーちゃん」って呼ぶの。わたしはユキネなのに。一文字も合ってないじゃん! それでもがんばってママを起こすと「ユキネ? またかわいくなったね」って。ママはわたしを見ているんじゃないって思った。
夜ご飯はお昼のおかゆの残りだった。玄関につづくドアを見ると、ねこのトイレが目に入る。
「あれは?」
レンゲでそれをさすと、ママは「近々、ねこちゃんをあずかるから、買ってきたのよ」だって。
「ねこ! わたしもさわっていい?」
「……そうね。やさしくね」
やった。ねこちゃんと遊べるんだ! うれしいな。ふわふわなんだろうなと、しっぽをゆっくり振ると、ママが笑ってくれた。
「そんなにたのしみなの?」
「だって、ねこちゃんかわいいもん!」
「そうね、かわいいよね」
ママがさっき寝ていたのは、ねこちゃんのためにお買い物がんばったんだね。わたしもお世話、がんばろう。わたしは食後に手の甲をなめると、ざりざりとした感触があった。
夜ごはんのあともおくすりを飲んでからだを拭いてもらった。お風呂はシャワーもよくないからって、ふきふきしてもらったの。くさくないか聞いたけど、大丈夫って言われた。……でも、やっぱり気になる。わたしは念のため、背中と顔、しっぽを毛づくろいしておいた。やっぱり自分のにおいが一番安心する。耳の裏はね、手を舌でよくぬらすのがコツなんだ。
よく寝た。ママ、と呼ぼうとしてニャーなんて声しか出なかったの。ええ? 昨日まではザラザラだったけどしゃべれたのに、なんでぇ?
ととっと前足と後ろ足でベッドから飛び下りる。あれ? わたしの足は? 手は? そんなことより、ママを探さなくちゃ。
「ユキネー? ごはん、食べられそう?」
ママの声だ。耳を声のする方に向けて、わたしは開かれたドアに行く。
ニャー、ニャー。
(ママ、ママ。なんか、変なの!)
「ユ……あ、ミーちゃん、おはよう。ごはんあるからね」
ママが指さす方を見ると、床の上にねこのごはんが置いてある。
ママのうそつき。わたしはユキネだよ! って言っても通じなくて、でもごはんの方からおいしそうなにおいがしてくる。わたしはおなかがすいて、ごはんを食べた。少しだけ残してママにあらためて文句を言った。自分のおでこをママの足にぶつけて、ニャーニャー言って。でも通じない。
「あら、甘えてるの? かわいい子」
どうしてわたしがねこちゃんになったのかとか、答えてくれない。なんで? どうして? もう、ちがう生き物みたい。
「ミーちゃん、こっちおいで」
ママがわたしを呼ぶ。おはなしの通じないママなんてしらない。無視すると、わたしを抱え上げてせまいケースの中に閉じ込められた! なんで? え、病院なのかな? だって人間がねこちゃんになるなんておかしいもんね。お医者さんに診てもらわなくちゃ。
ママは自転車にわたしをのせてくれた。そういえば小さいころ、こうして自転車でお出かけしていたっけ。わたしが自転車にのれるようになると、のせてくれなくなったけど。すごい、景色がころころ変わる。風にゆれる草がすごく気になるよ。あの人、くしゃみおっきいね。でもこの言葉もママには届かない。ニャーしかしゃべれないんだもん。でも、病院で診てもらえば治るよね、ママ。
「今日はミーちゃんの避妊手術ですね。その前に予防接種もしちゃいましょう」
先生は私のミーちゃんを撫でながら、手慣れた様子で注射器を用意する。キジトラのミーちゃんは怯えきって、耳をイカ耳にしている。本当に、可愛い子だ。
「ではミーちゃんを支えていてくださいねー」
引っ張られた皮膚に注射器の針が刺さる。見ているこっちも痛く感じる。
「はい、終わりました。ではこのあと、避妊手術の準備にかかるので、終わるまでお待ちください」
「はい、先生。よろしくお願いします」
忌々しい娘。お前は本当に醜悪だ。夫と不倫相手の子を10歳まで育ててやったのに、結局あの女のとこに行って子どもは置き去りとかどんな神経をしている。向こうで女とよろしくやっているんだろう。ああ、腹が立つ。最近ではユキネはあの女に似てくるし。夫は大人になったら引き取るとか抜かしやがって。どこまで人を馬鹿にする気だ。
ざまあみろ。あんたと女の娘は猫にしてやったぞ。この為だけに高いカネ出して丸薬を仕入れたんだ。
お前の娘は私の手で避妊させて可愛がってやるさ。見ていろ、クズども。




