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異世界に召喚された担任と私

作者: 藤井桜
掲載日:2026/07/15

 異世界からの旅人シリーズ

 


 私はその日、進路のことで担任に呼び出されたはずだった。三階にある進路指導室までの階段を登る足どりが重い。まだ、二年生の私にとって進路を決めるのは早すぎることだと思う。しかし、年が明けて三年生になるまであと、三ヵ月ほどだ。白紙の進路用紙を担任が心配してもおかしくはない。足取りの重い理由の一つは多分、担任にある。寡黙で何を考えているのかわからない。三十歳を過ぎて未だ、独身なのは表情にあると思う。この高校に入学して一度も私は先生の笑った顔を見たことはない。


 そんなことを考えながら階段を登っていたためなのか注意が反れた。思わず私は階段を踏み外した。



 落ちる。



 後ろに仰け反る形で私は階段につけた足を離してしまった。咄嗟に目を閉じてしまった。しかし、床に打ち付けられる感触はなかった。



(あれ…?)



 ゆっくりと目を開けると私の下で呻く声が聞こえた。誰かが私を庇って抱きとめてくれたのだ。



「ご、ごめんなさい!」



 私は咄嗟に謝ってその人の上から離れた。その人の顔が担任だと気付くと顔が青ざめるのが分かった。



「せ、先生…!」



 私は階段から足を踏み外して下に居た担任を巻き込んだのだろうか? 助けてくれたのではなく一緒に転がり落ちてしまったのだろうか?



「ああ、高槻。無事か」

「ああ、はい」



 心配してくれるということはやっぱり、助けてくれたのだろうか。痛そうに背中をさするが起き上がれるようだ。

 でも、不思議だった。階段は半分以上、登っていたはずだ。あの高さから落ちたらそれくらいの怪我では済まないだろう。



「え…?」



 ふと、視線を感じて私は辺りを見回した。自分達のことしか気に掛けていなかったために気付くのが遅かった。周りを取り囲む西洋風の衣装に身を包んだ人々。どよめく人だかりを縫って誰かが駆け込んで来たところだった。



「おお! 異世界人が現れた! 今年は豊作だ!」



(はい…? 異世界人と言いました?)



 私の頭は何も理解出来ていない。だって、担任のことだけで頭がいっぱいなのに他のことなんて考えられない。担任も混乱しているようで私の腕を痛いくらいに掴んで周りを凝視していた。説明が必要だと思う。誰か説明してください。ここは一体、どこなんですか?



「大丈夫ですか? 異世界の方々」

「ここは…? 俺たちは?」



 私の動揺を知ってか担任が口を開きます。担任の口から『俺』なんて言葉を聞くのは初めてです。



「あなた方は異世界からやってきたお客様です。異世界の方はこの国に豊作を恵んでくれると言います。ようこそ、わが国へ、異世界の方々。申し送れました、私はこの国の大神官マイセンと申します。王がお待ちです。ご案内しましょう」



 言葉は通じる。それでも、知らない場所に連れてこられたという不安で胸が苦しくなる。気付かないうちに私は担任の腕にしがみついていた。それに気付いた担任が私の頭を優しく撫ぜる。初めてのそれはすとんと胸の奥に収まった。とても、安心する。今まで、担任に感じていた恐怖が薄れていく。



「高槻、歩けるか?」



 無言で私は頷くと立ち上がった。でも、担任の腕にしがみ付いたままだ。『大丈夫だ、私が居る』その言葉に安堵する。



 私達は王様の元に案内された。そして、詳しい状況を説明してもらう。



 どうやら、私達は異世界へ繋がる空間に足を踏み入れたようだった。階段から落ちたあの時に。この世界では異世界からやってくる人は珍しくないようで毎年、どこかの国に異世界人が迷い込むという。異世界人が迷い込んだ年は豊作になり喜ばれるという。今年はこの国に迷い込み恵みをもたらしてくれるようだ。なので、この世界では異世界人が来る事は不思議なことではないようで、更に恵みをもたらしてくれるので歓迎される。



「それで、私達は帰れるのですか?」



 その疑問に大神官さんは困った様な表情で『おそらく…』と告げて説明してくれた。突然、その世界に迷い込むために人々は帰す方法を知らないと言う。しかし、また、突然、異世界人は自分の世界に帰って行く者もいるという。それが何年後なのかは分からないし、この世界で一生を終える人も少なくないと言う。


 私と担任は顔を見合わせて困ったように肩をすくめた。一体、どうしたらいいのだろう。自分たちではどうしようもないのは事実だ。ならば帰れる日までこの国にお世話になるしかないだろう。



「先生…」

「ああ、来てしまったのはしょうがない。それに、人助けになるようだし…」



 その呟きに王様も大神官様も嬉しそうに頭を下げた。偉い人に頭を下げられるのはすごく困るのですが。



 異世界人の私達への待遇はとても良いものだった。上質な客間に通されてまるでお姫様のような生活を送る。庶民には手の届かないような衣装に食事。でも、どうしてもそれが物足りない。今まで十七年間、普通の生活を送ってきた身としてはやっぱり、自由が欲しい。だって、やる事が何にもない。異世界に来て二日目で私は困り果ててしまった。



 王様のたっての願いで収穫祭まで城で生活をすることになった。収穫祭で異世界人に感謝してこれからの豊穣も願うという。



 部屋の窓から王城の外を眺めているのもいい加減飽きてきた。私は隣の部屋にいる担任が何をしているのか気になって行動に移すことにした。一人でいてもつまらない。学校に居た頃では考えられなかったことだ。担任に興味を示すとは。でも、誰も知っている人のいない異世界に迷い込んで一人になるとやはり、心細い。一緒に来てくれたのが担任でも嬉しいものだ。



 そっと大きな扉を開けて廊下を覗く。廊下は静まり返り誰もいない。担任の部屋は隣りなので迷う事はない。良かった、部屋が離れているということがなくて。



 こんこんと扉を叩くと担任の低い『どうぞ』と言う声が掛かった。食事を運ぶ侍女の人やベッドメイキングをしてくれる人たちが出入りするので寝るとき以外は鍵を掛けないのは私も同じだ。



「お早うございます」



 部屋に案内されて二日目で飽きたと言ったら担任は笑うだろうか。こっそりと扉を開けて覗くと担任の部屋の装飾は私の部屋とは違うものだった。落ちつくのは変わらないが担任の部屋は緑を基調としたものだった。私の部屋は女の子らしい白を基調としたものだったのでそこまで、私達のことを考えてくれたことが嬉しかった。



「お邪魔します」



 そう言って恐る恐る入って行くと担任は何か本を読んでいたのだろう、その手を休めると私に視線を向けた。



「暇か? 勉強でもするか?」



 教師らしい言葉。うん、まぁ、学校で授業を受けている時間だから勉強も有りだとは思います。でも、この場所で教えられるの?と思ったら準備万端なようで、いろんなものが揃っていました。数学の知識もこの国にはあるようで担任の机の上には数学の本も積み重なっていた。



「もしも、元の世界に戻ったら困るのは高槻だがどうする?」



 そう言われると断れませんよね? 数学は得意な方ではないけど他にこの世界で勉強できるような教科もなさそうなので仕方なく頷いた。それに、良い暇つぶしになるかな。



「はい」



 と半ば諦めて担任の前の椅子に腰を下ろしました。羽ペンとインクが用意されているんだけど使ったことなどないです。シャープペンしか使ったことがないので困る。紙も上質なもので間違えても消すものもありませんが。一体、どうしたら良いのか私は頭を抱えてしまった。



 それ以外はいつもの授業が続きますがどうしても勉強のことになると二人きりと言うのが居た堪れない。お昼になると侍女の人が私が担任の部屋に居ると知って二人分の昼食を運んできてくれた。誰にも何も言わずに出てきたのですが部屋に誰もいないとわかったからこちらの部屋に運んでくれたようです。



「ありがとうございます」



 とお礼を言うと侍女の方々は嬉しそうな笑顔を浮かべて退室していった。会った初日から好感の持てる人たちで良かった。



「午後はどうする?」

「午後ですか?」



 昨日も一昨日もずっと部屋の中に閉じこもっていた。城の中を歩き回る事は咎められていないので自由に歩くことが出来た。しかし、これだけ広い城なので迷子になりそうで出られなかった。私が黙り込んでいる担任は溜息を付くと提案してくれた。『図書館に行かないか』と。



「え? 図書館ですか?」

「ああ、不思議とこの世界の人たちと話しが出来るし字を読むことが出来る。書く事は難しいが」

「読めるんですか?」

「ああ」



(もっとそれを早く知っていれば!)



 担任は文官の持つ書物のタイトルを自分が読めることを不思議に思ったようだ。試しに本を借りるとそれが読めた。それから図書館の場所を聞いて暇をそこで潰していたらしい。私にも教えて欲しかった。そう言うと担任は『すまん』と謝って本を読めるのが嬉しくて忘れていたと言う。担任の見方が変わってしまった。三十過ぎた人に可愛いと思ってしまった。



「行きます! 一緒に連れて行ってください。私もこの世界のことをもっと知りたいです。だって、何時帰れるか分からないんですから」

「はは、高槻は前向きだな」



(初めて先生が笑うのを見たような気がします)



「じゃあ、行くか」



 昼食を終え私と担任は図書館に向かう。担任はこの二日で色々と城内を歩き回ったようでとても詳しかった。やっぱり、私も誘って欲しかった、それが本音。



 そう言う思いで担任を見つめると担任は困ったような笑みを浮かべた。



「俺は高槻に嫌われていると思っていた」

「へ?」

「俺はお前にとってただの担任だろう? 三十過ぎたおじさんになんか女子高生が興味持つとは思えなくてな。なら、別行動も悪くないと思ってた」

「最初はそう思っていました」



 素直にそう答えると担任は「素直だな」と呟いた。女子高生にとって新任の若い先生ならともかく三十過ぎていたら興味など持たない。そういう私も同年代の友達とデートしたりしたかった。といっても性格上、無理だしそう言う相手もいなかったのだが。



「でも、ここに来て不安で。先生しか頼る人がいなくて。私って現金ですか?」

「いや、当然のことだろうな。気付いてやれなくて俺の方こそすまん」

「私もこのお城の中のことをもっと知りたいです。先生の知っていることでいいので教えてくれますか?」

「教えられる範囲なら。それよりな、高槻」

「はい、何でしょう?」

「お前は人を頼る事も少しはした方がいいぞ。俺を頼るのも構わんが、この城に詳しい人なら大勢いる。言いづらいなら俺も一緒に居てやる」



 担任として私の性格はお見通しだったようだ。人付き合いが苦手で仲の良い友達と一緒に居ても目立たない。人に話し掛けるのも苦手だ。



「ありがとうございます、先生」

「ああ」

「良かった、一人だったら私、こうしてここに居たら引きこもっていたかも。って言っても昨日まではそうだったんですけど…」

「それは本当に悪かった」

「先生のせいじゃないですよ! でも、折角だから楽しみましょう! 収穫祭が済んだら城下に下りることも出来るんでしょう? いろいろなところに行ってみたいです。先生も一緒に…ね?」

「ああ、お前はそれで良いのか?」

「へ? 何がですか?」

「俺と一緒で」

「良いんです…もし、帰れなかったとしても一人じゃなんですから…」

「高槻…」



 ぽんぽんと優しく頭を撫ぜてくれる大きな手に安心出来る。先生が居るから前向きに考えることが出来る気がする。



 お互いそれからのことを考えてから半年後、私達は無事に元の世界に帰れたのだった、人の気持ちを思いやる心と何が起きても驚かない精神力を持って。戻って見るとさほど、時間が経っておらず拍子抜けしたのだが、先生の数か月の個人授業は無駄になることはなかったのだった。



 ブログからの転載になります。

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