君がいた砂浜
土曜日。春の朝の砂浜を、長いトングと数種類のゴミ袋を手に歩く。
私は山村ナギ、高校三年生。地味で目立たず、可もなく不可もない、いわゆるモブ。
そんな私の日課が、家の前にある砂浜のゴミ拾い。小学生のときにテレビの環境番組で見た、海のゴミ。ゴミが海の生き物に与える影響にショックを受けて、自分でも何かしたいと、翌日からずっと砂浜のゴミ拾いを続けているのだ。
ペットボトル、空き缶、タバコの吸い殻、ビニール袋、ボロボロの傘。拾っても拾っても終わりが見えなくても、最初は手伝ってくれていたお母さんが離脱しちゃっても、ひとりではほんの小さな力にしかなれなくても、やらないよりはずっといいと信じて。
離れたところにポテチの袋らしいゴミを見つけて、風に飛ばされないうちに拾いたくて走り、無事プラゴミの袋に入れてほっとしたとき、規則的な波の音にまじって嗚咽が聞こえた。
思わず声のしたほうを見ると、彼と目が合ってしまった。
「高坂君…?」
同じ学校の、同じクラスの、高坂レイ君。
先輩後輩問わずしょっちゅう女子から告白されていて、学校内の誰もが知っている人気者で、文化祭では彼目当てに他校の女子まで押し寄せるような男の子。成績優秀、スポーツ万能、お父さんは弁護士で町会議員という、絵に描いたようなカースト上位。
そんな彼が、泣いてる。
見てはいけないものを見た気がして、何も言えなくて、パッと視線を外して来た方向に戻ろうとする。
「山村さん、待ってっ!」
高坂君に名前を呼ばれて、ドキッとしてしまう。まさか名前を認識してくれているなんて思わなかった。クラスが一緒になったばかりだし、出席番号通りに座席も離れているから。モブは主役を認識しているけど、主役がモブを認識しているなんて思わなくて。
「今見たの、誰にも言わないでほしいんだけど」
「…うん」
沈黙。気まずくて「じゃあこれで」と離れようとすると、「ゴミ拾いしてんの」と聞かれる。
「うん。よっぽど天気が悪くない限りは」
「え…平日も毎日?」
「うん」
「一人で?」
「うん」
高坂君は立ち上がって、私の持っていたビニール袋をひとつ掴んだ。
「口止め料の代わり。手伝うよ」
「え…でも…」
「今暇だし。いいことだし」
「ありがとう、ございます…」
「何で敬語なの、タメじゃん」
高坂君は本当にゴミ拾いを始めてしまった。
「百円だと思ったら謎の蓋だったんだけど」
私はくすっと笑う。
「あるよね」
「片方だけの靴もあるじゃん。これも謎」
「どうやったら落とすんだろうね」
「だよな」
カースト上位の人気者と地味女子が、一緒に朝の砂浜でゴミ拾い。
こんなのおかしいって思うけど、波音と笑いの混じる会話は、すごく心地よかった。
◆
翌日の日曜日、ほんの少しだけ期待しながら砂浜に出たら、高坂君はいた。数種類のゴミ袋を持参して。
「おはよう」
「…お、おはようございます」
「だからなんで敬語なの。昨日あんだけ喋ったのに、初期化された?」
笑いながらそう言われても、「ちょっと喋れば全員友達」みたいな高坂君のようにはいかない。むしろ笑顔が眩しくて、ますます緊張してしまう。
「ナギ、これって何ゴミ?」
「えっと、それは燃えるゴミで大丈夫…だよ」
っていうか、今、下の名前で呼ばれた。顔が熱くなるのがわかる。モテ男子は無意識に女子をドキドキさせてしまうのだから、言動を慎んでほしい。
「ナギさぁ…これって終わり見えないよな」
「うん、そうだね」
「なのに、なんで続けてんの?」
私は少し考える。「いい子ちゃんだ」って、馬鹿にされるかもしれないけど。
「…気づいてないふりはしたくないから。ゴミにも、誰にどう思われたって何かしたいっていう自分の気持ちにも」
高坂君は動きを止めて、私を見た。それからちょっとだけ寂しそうに笑う。
「かっこよ」
「…へ?」
「ナギはかっこいいよ」
「俺とは違う」と小さく聞こえたような気がしたけれど、それが昨日の涙と関係ある気がして、私は何も聞かなかったことにしてしまった。
「な、せっかくだし、クラスのやつらも誘ってみよ」
「えっ…」
私が誘ったところで、誰も来ないだろう。というか、誘うことすらできそうにない。できたらとっくにやっている。
「俺が言うからさ。喋りながらゴミ拾いすんの、けっこう楽しいって。毎日は無理だろうけど、土日だけとかにしたら、たぶん何人かは来ると思うよ」
次の日の月曜日には高坂君は「週末にゴミ拾い一緒にやらね?」とクラスメイトたちをあっさり誘ってしまい、翌週末の砂浜には、朝から十人以上のクラスメイトが集まっていた。笑い声が響き、ゴミ袋が風に揺れる。
「…本当に来てる」
「来るって言ったじゃん」
高坂君はおもしろそうに笑った。
「山村さーん!これって何ゴミ?」
「それは…不燃で」
「そーなんだ。これだけで袋いっぱいになっちゃうよ。っていうかこれってなに?」
「自転車の部品…かな?」
「へえ?なんでこんなとこに落ちてるんだろうね」
「さあ…捨てた人に聞きたいよね」
「それな」
いつも一人だった場所に、人の輪ができている。その中心にいる高坂君は、やっぱりキラキラ輝いて見えた。
「高坂君ってカリスマだね」
「なにそれ恥ずっ」
「本当にそう思うんだもん」
「まあ…褒め言葉だよな。一応ありがと」
高坂君は照れくさそうに笑い、「レイ、こっち手伝って!」という声に応えてゴミを拾いに行った。
私はそのうしろ姿を見ながら、ちょっとだけ胸が痛いことに気付いた。なんでだろう。
「昨日までは二人きりだったのにな」
◆
平日の朝は二人でゴミ拾いして、土日はクラスメイトたちとゴミ拾いする。そんな日々が続いていた。平日は高坂君と二人きりで話せることが、私の特権のような気がして、何だか嬉しかった。
その日も高坂君と二人でゴミ拾いして、一旦別れた後にまた学校で「おはよう」を言う。それが何だか、二人だけの秘密の合図のように思える。
「山村さん」
振り返ると井原ユウカさんだった。クラスの女子ヒエラルキーのトップに君臨する、「高坂君と釣り合いのとれる女子」のひとり。威圧的なわけじゃないけど、薄くお化粧した透けそうに白い肌の下から、勝者のオーラがどうしても漏れ出てしまうような人。
私はちょっと緊張して唾をのむ。
「な…何?」
「平日もゴミ拾いしてんの?」
「うん」
「レイと二人で?」
「う…うん」
「なんで平日は二人なの?」
質問と言うよりも詰問されているみたいで、私は一瞬詰まる。「なんであんたみたいなのが、レイと二人きりなわけ?」と言われているようで。
なんで平日は二人きりなのか、私にもよくわからない。ただ土日のほうが、みんなが集まりやすいだろうから。高坂君がそう声をかけてくれただけだから。
そう説明すると、井原さんはちょっと考えて「じゃあ私も平日の朝に行っていい?土日は朝から塾なんだけど、平日なら行けるし」と、あっけらかんと聞いてきた。
断る理由は…あるけど、ない。本当はちょっと嫌だけど、そんなこと言っちゃいけないから。
「も…もちろんだよ。雨降ってない日は六時くらいからやってるから…」
「わかった」
次の日の朝、井原さんは本当にやって来た。そしてずっと高坂君の隣にいる。何の違和感もない。ただ自然に、本当に自然に高坂君の隣にいて、会話して、笑っている。高坂君の隣にいても、ずっと緊張している私とは違う。
ただただ二人が並んで朝日に照らされているだけで、思い知らされる。
「…お似合いだな」
三人組で、ひとりだけ後ろにいる感じ。
私はくるりと背を向けて、二人とは反対の方向に向かって歩き出した。
みんなで同じところを掃除する必要はないし。
何らか理由をつけて、できるだけ離れたい。
無理やり早足で歩き続けていると、「ナギ!」と腕を掴まれた。息を切らした高坂くんが、少し乱れた前髪を手で払う。
「なんで急に行っちゃうの」
「…今日はあっちにゴミが多そうかなって」
平然を装って答えるけど、どうしても声が少し震えてしまう。嫉妬と情けなさで。私なんかが嫉妬する資格もないのに。
自然に俯いてしまう。
「てか今日、なんでユウカのこと誘ったの?」
「え?」
思わず顔を上げる。
「誘ってはなくて…井原さんが行っていいかって聞いてくれたから、いいよって言っただけで…」
「なんでいいよって言ったの?」
「なんでって…井原さんが土日は塾で来れないからって…」
「そういうことじゃなくてさ!」
高坂君の顔が赤い。
「平日はさ、俺たちの時間だったじゃん」
どういう意味、どういう意図だろう。私と同じ気持ちだと思っていいのだろうか。高坂君も二人きりの時間を大事に思ってくれていたと、そう考えていいのだろうか。
でもそうやって期待して、違っていたら…
そう思ったら、何も答えられない。高坂君のことなんて好きでも何でもないようなふりをして、やり過ごすのが一番傷つかないのかもしれない。
「嫌だった?俺と二人」
「違うっ!」
思ったより大きな声が反射的に出て、自分でも驚いた。はっとして口を押さえる。高坂君の顔をまともに見られない。
「だけど…だけど、二人でやろうって約束してたわけじゃなかったし」
「それはそうだけど」
高坂君の声が、少し低くなる。
「じゃあこれからは、平日の朝は二人だけでやろ。約束な?」
私が小さく頷いたら、高坂君は嬉しそうに笑った。朝焼けの中で笑う彼はびっくりするくらいきれいでかっこよくて、ドラマに出てくる俳優さんみたい。
「ユウカにもちゃんと言ったから」
「言ったって…何を?」
高坂君は私の反応を待つように、ニヤッと笑った。
「好きな子との時間だから、邪魔すんなって」
「すっ…!?」
私はきっと、目を丸くして真っ赤になっているのだろう。高坂君は何かが弾けたように笑いだす。
「可愛い」
「…っ!!」
信じられない。
「でも高坂君には、井原さんみたいな人が…」
「なんで俺が好きになる人を、ナギが決めんの」
「それ、は…そうだけど…」
高坂君の顔が少し怒っていて、私は「ごめん」と反射的に謝った。
「ナギはかっこいいよ。ゴミ拾いとか、やったほうがいいってみんなわかってるけどなかなかできないじゃん。でもやったほうがいいことをちゃんとやって、ずっと続けてるのがすごいかっこいい。自分の信念に従ってる感じがさ」
「あ…りがとう…」
「そういうとこを好きになったんだよ。好きじゃなかったら毎日一緒にゴミ拾いなんかやんないし、クラスのみんなに声掛けることもしないよ」
そうなんだ。そうだったんだ。
私のこと、好きだから。
そうだったんだ。
「好きだよ」
彼の唇がそっと私の唇に触れる。
ファーストキス。
顔が熱くなって、心臓がバクバクして、手が震える。
「キスしちゃってから聞くのも変だけど、ナギは俺のこと好き?」
「…好、き」
高坂君が嬉しそうに笑って、もう一度キス。
唇に残ったキスの感触を、海の風が優しく撫でていった。
◆
その日学校に登校すると、クラスの雰囲気が何だか違った。最初は何がどう違うのかわからなかったけど、高坂君がご家族のご不幸で早退した後、私は悟った。
「全員知ってる」ってこと。
四時間目のグループワーク。席の近い人達と班にならなきゃなのに、明らかに私を入れてくれない。身体でガードして、近づくことさえできない雰囲気。
「モブがカリスマと付き合ったら、こうなるんだ」ってことを、痛感させられる。どうしよう。授業に参加できない。先生は全然こっちを見てないし、そもそも先生に相談なんかしたら、もっと嫌がらせされるかもしれない。
怖い。
そう思って俯いたときに「山村さん」と声がした。
井原さん。追い打ちをかけるようにラスボスが登場した、という感じ。終わった。教室から出て行きたいし、本当に出て行った方がいいのかもしれない。
だけど井原さんはこう言った。
「この子たちに入れてもらえないなら、うちの班に入ったら?」
教室の雰囲気が変わる。だって女王がモブに手を差し伸べたんだから。
「い…いいの?」
「うん」
井原さんはちらっと、私と仲間外れにした遠藤さんと桂さんを睨んで、小さいけれど誰もが聞こえてしまうような強い声で「そういうのダサいって」と声をかけた。二人とも井原さんと仲が良かったはず…というか、井原さんの取り巻きだったはずなのに。
グループワークが終わると、井原さんはあまりにも自然に「山村さん、いつも一人で食べてるよね?よかったら一緒にご飯食べない?」と誘ってくれた。
「う…うん」
緊張しながらお弁当を口に運ぶ私に、井原さんは「私のこと、怖い?」とちょっと笑う。本当は怖いけど、「うん」なんて言えるはずもない。
教室中が、こっちのことは見ていないけど見ている感じ。聞いていないようで、私たちの会話を聞き逃さないようにしているのがわかる。
「レイに振られちゃったんだ。ナギのことが好きだから邪魔するなってさ」
「…うん」
「やきもちはあるけど、レイに嫌われたくないから邪魔はしない。嫉妬とかいじめとか、ダサいことしたくもないし」
「うん」
「だからむしろ仲良くしよ。山村さんを観察すれば、レイの女の好みがわかるかもしんないし」
「え…」
井原さんは楽しそうに笑った。
「怯えないでよ、冗談だよ。ね、私もナギって呼んでいい?」
「うん」
「じゃあユウナギケミでよろしくね。ナギって帰る方向、A駅方面だよね?今日一緒に帰ろうよ。恋バナしよ」
◆
レイと付き合って、ユウカと仲良くなり、私の学校生活は変わった。いつだって周りに誰かがいて、寂しいということがない。ゴミ拾いは全校的な行事に発展して、私はそのリーダーとして忙しくもなった。
学校からの帰り道、レイが私の手を握ってふっと息をつく。
「みんなのナギになっちゃったな」
「そんなこと…」
あるかもしれないけど、全部レイのおかげだ。レイが声をかけてくれたなかったら、こんな風にならなかったんだから。「私にはレイだけだよ」と私はレイの耳元で囁いて、レイは照れ臭そうに笑う。
「そういえば、進路調査票もう書いた?私は東京の大学に行きたいんだ」
「そうなんだ」
「うちはお父さんもお母さんも高卒だから”大学なんて”って言われてたんだけど、ちゃんと勉強したいことがあるって説明したらわかってくれて、お金も出してくれることになったの」
「よかったじゃん」
「レイは…レイも東京だよね?」
「そうなんだけど…」
何だか歯切れが悪い。夕焼けに照らされた彼の目から今にも涙がこぼれてきそうに見えて、私たちの始まりの日を思い出す。彼は砂浜で泣いてた。
「もしかして、親と意見が合わないの?」
「…親父は弁護士になって自分の跡を継げって言うんだけどさ。俺は…」
私は彼が言葉を継ぐのをじっと待つ。
「作曲家…っていうか、音楽プロデューサーになりたいんだ。自分の曲を作りたい」
「素敵だね」
「でもギャンブルみたいなもんじゃん?才能があるかもわからないのに」
「何かで読んだよ。上を見たら自分よりすごい人はたくさんいる。だけど、”やりたい””やり続けたい”と思えることが何よりの才能だって」
レイはちょっと目を見開いた。
「お父さんと…よく話し合ってみたらどうかな?」
「ありがと」
それが、私とレイの最後の会話だった。
◆
その夜、家の電話が鳴って、お母さんが「えっ」という声を上げるのが聞こえた。電話を切ったお母さんはそのまま階段を上がって、私の部屋をノックする。
「ナギ」
「どしたの?」
「落ち着いて聞いてね。高坂レイ君が交通事故に遭って…亡くなったそうよ」
頭が真っ白になった。何かの冗談だと思った。ほんの数時間前まで一緒にいて、喋っていたのに。
お通夜はいつで、お葬式はいつで、どこでやるとか、お母さんの言葉なんて耳に入って来ない。
涙さえ出ない。
気付いたらレイの家で、寝かされているレイの前に立っていて、レイのお母さんに「お別れしてあげて」と声を掛けられていた。
嫌だ。お別れなんてしたくない。
「生き返って」
「なんで」
そう声をかけたくても、言葉ひとつ出てこない。
ただあまりに冷たい彼の身体が、もう私の問いかけには答えてはくれないことを、雄弁に語っていた。
お葬式で「お父さんと喧嘩して、家から飛び出したところを轢かれたらしい」という声が聞こえて、次の日から、私は砂浜に行けなくなった。
私のせいだ。あんな話をしなければ、レイは生きていたかもしれない。
私の、せいだ。
◆
レイがいなくなってから、二年が経った。
私は一浪したあとになんとか大学生になって、東京の大学で海洋環境学を学んでいる。勉強の一環で海へ行くたびに、故郷の砂浜を思い出す。朝焼け、潮の香り、波の音、レイの笑顔。どれもまだ、胸の奥で生きている。
ううん。
私がまだ、あの時間の中で生きているんだ。曇りなく幸せだったあの日々の中で。
幸せだった日々に招待してくれるのか、レイが死んだことを私に思い出させるためなのか、成人式の案内が届いた。無視する勇気もなくて、久しぶりに実家へ戻る。
スーツ姿で晴れ着姿の友人たちと写真を撮る。お母さんにも元クラスメイトたちにも「ナギ、なんでスーツなの」と言われても、レイもいないのにおしゃれするつもりになんてなれない。
「ナギ」
振り返るとユウカだった。
「会えて嬉しい。帰るなら一緒にさ…海岸沿い、歩いて帰らない?」
久々のユウカの圧を懐かしく感じながら、私は頷く。スーツの私より、振袖に草履のユウカのほうが歩くのは大変だと思うけど。
「レイがいないのは、残念だよね」
その言葉に、こらえていた涙が込み上げてきた。もう黙っていられない。
「レイが死んだのは、私のせいなの」
「ナギ、それは違うよ」
違う。ユウカは知らないから無責任にそんなことが言えるんだ。
「違うの。私があの日、お父さんと話し合ってみたらってレイに言ったの…」
「知ってる」
私は顔を上げた。涙が頬を伝っていく。
「レイが死んだ日、家の近くで彼に会ったの。”夢を追ってるナギの隣に堂々と立てるようになりたい”って言ってた。”だから自分も夢を追う”って」
ユウカも泣いている。
「辛いよね。でもナギのせいじゃない。絶対ナギのせいじゃないから」
ユウカが手を繋いでくれて、二人で涙を拭いながら歩く。永遠に止まらないように思えた涙が、海風で少しずつ乾かされていく。
いつもゴミ拾いしていた砂浜が近づいてきて、人影がいくつも見えた。懐かしい声が、風に混じって聞こえる。
「こっちにプラゴミの袋くれー」
「蓋だと思ったら百円でしたー!」
「マスクゴミ多いの、今っぽいな」
見覚えのある顔ばかりだった。高校時代のクラスメイトたちが、みんなでゴミ拾いをしていた。あの頃のように、笑いながら、海をきれいにしていた。
私の足が止まる。
「これを見せたかったから誘ったんだ。レイが、ナギと私たちに残してくれたもの」
拾っても拾っても決してなくならないゴミのように、悲しみは消えない。
だけど同時にレイが生きた証も、確かに残ってる。
私はユウカに向かって頷いた。この気持ちは言葉にはできない。でもそれだけで通じる気がした。
「あ、ユウナギ来たー!」
「ナギはまじで久しぶりだねぇ」
「おいユウカ!振袖のままで来るとか、やる気ねえだろ」
「リーダー、早く早く!分別教えてー」
波は寄せては返す。それがまるで彼の声のように、優しくみんなの声を包む。
「行こ?」
「…うん」
久々に砂浜に下りて、砂を踏みしめる。
みんなが私を笑顔で迎えてくれる。
君がいた砂浜で、私の時間がまた動き出す。




