魔女の呪いには利用規約があります ~婚約破棄された令嬢の呪いが自業自得型だった件~
婚約破棄の瞬間、私が最初に思ったのは——
「ああ、やっぱりか」
だった。
予想はしていた。覚悟もしていた。なのに、胸の奥がきしむのは——たぶん、最初は嫌いじゃなかったからだ。
政略婚だった。でも、初めて顔を合わせた日、殿下は緊張した顔で「よろしく」と言ってくれた。あの時は少しだけ嬉しかったのだ。少しだけ。
その「少しだけ」は、二年かけて削られた。殿下が私の名前を間違えた日、セレーネを見つめる横顔に気づいた日、「魔女の家の娘」と陰で呼ばれていることを知った日。
だから、婚約破棄を告げられた瞬間、私の胸に浮かんだのは——怒りでも悲しみでもなく、もっと厄介なものだった。
「あの人、呪いの利用規約、読んでないな」
王太子アレクシス殿下は、夜会の大広間で朗々と宣言していた。金色の巻き毛を風になびかせ——室内なのに風が吹くのは本人の風魔法のせいだ。毎回やる。毎回うっとうしい。こういうところも、最初は「王子様らしい」と思えていたのに。
「リゼット・ヴァルモール侯爵令嬢! お前との婚約を、ここに破棄する!」
周囲がどよめく。令嬢たちが扇で口元を隠す。騎士たちが眉をひそめる。
私は手元のシャンパングラスを傾けて、泡が弾けるのを眺めていた。
泣くものか。ここでは、絶対に。
三日前、セレーネが私の侍女に「王太子殿下が婚約破棄の演説を練習してた」と嬉しそうに話しているのを、壁越しに聞いていた。練習。演説を。練習している。
三日あれば、泣くだけ泣いて、立ち直るには十分だった。
「お前の家は代々魔女の血を引いている。不吉な血を王家に入れるわけにはいかない」
不吉。まあ、否定はしない。
ヴァルモール家は確かに「魔女の家系」だ。だから何だという話だが、この国では魔女の血は忌避される。実際のところ、歴代の当主は全員まともな人間だったのだが、「呪い」という言葉の響きがよくない。
「代わりに、この者を妃として迎えることとする」
王太子の隣に、頬を染めた可憐な少女が進み出る。
セレーネ・ミラル男爵令嬢。淡い金髪に碧眼、白い肌に桜色の唇。絵に描いたようなヒロイン顔だ。
まあ、私だって見た目は悪くないと思っているけれど。黒髪に紫の瞳という「魔女っぽいビジュアル」が、この状況では完全に不利だ。ビジュアル格差社会は異世界でも健在である。
「リゼット様、申し訳ございません……」
セレーネが涙ぐみながら謝る。うん、演技がうまい。涙腺のコントロールが完璧だ。前世があったら女優だったと思う。前世はないけど。
「いいのよ、セレーネ。殿下がお選びになったのだもの」
私はにっこり笑って言った。声が震えなかったのは、三日間のリハーサルのおかげだ。
周囲が少しざわつく。あまりにあっさりしすぎて拍子抜けしたのだろう。
あっさりなんかじゃない。私だって、少しは傷ついている。でも、ここで泣いたら殿下に「やっぱり未練があるんだな」と思われる。それだけは嫌だった。
——そして、もう一つ。
王太子が婚約破棄を宣言した瞬間、私の左手首に刻まれた紋章が、かすかに光ったのを感じたからだ。
止めたくても止められない。呪いは私の意思では制御できない。だから少し、申し訳ないとも思った。少しだけ。
ヴァルモール家に代々伝わる『契約の紋章』。
別名、『魔女の呪い』。
正式名称、『ヴァルモール家 誓約履行確認システム Ver.7.2』。
——呪いにバージョンがあるのは、ご先祖様がアップデートを繰り返したからだ。最初のバージョンは「裏切り者を蛙に変える」というシンプルなものだったらしいが、蛙にされた側の家族から「やりすぎだ」と苦情が来たので、代を重ねるごとに「フェアな条件」に改良されてきた。
現行バージョンの利用規約は全97条。
要約すると、こうだ。
『誠意を持って結んだ誓いを、誠意なく破った者に対してのみ、呪いは自動的に発動する。呪いの内容は、破った誓いの重さに比例する。なお、呪いの発動はヴァルモール家の意思では制御できない。自業自得の原則に基づく』
つまり——
王太子殿下。あなた、先月の舞踏会で私の手を取って「永遠に守る」って言いましたよね。あれ、誓いとしてカウントされてますよ。
利用規約の第12条に「ロマンチックな文脈で発せられた誓約的発言は、発言者の内心の誠意が50%以上の場合に限り、誓約として成立する」と書いてある。
あの時の殿下の内心の誠意は——まあ、せいぜい3%くらいだったと思う。
しかし問題は第12条の但し書きだ。
『ただし、大勢の前で行われた誓約的発言は、場の空気によって誠意が水増しされる。水増し後の見かけ上の誠意に0.8の補正係数を乗じ、その値が50%を超えた場合、誓約として成立する』
大勢の前で「永遠に守る」なんて言えば——満場の拍手、令嬢たちのため息、騎士たちの敬礼。あの場の空気に乗せられた「見かけの誠意」は、65%くらいまで膨れ上がっていた。
内心は3%でも、場の空気が盛ってくれる。迷惑な話だ。
65% × 0.8 = 52%。
52%。50%を超えている。
アウト。
利用規約は、読むべきだったのだ。
翌日、私は実家のヴァルモール邸に戻り、母と紅茶を飲んでいた。
「それで、発動したの?」
母は平然とスコーンにクロテッドクリームを塗りながら訊いた。この人、娘の婚約が破棄されたのに眉一つ動かしていない。
「紋章が光りました。第一段階です」
「あら、第一段階。軽いわね」
第一段階は「些細な不運の連鎖」だ。靴紐が切れる、ペンのインクが服に飛ぶ、階段で足を滑らせる——その程度。
「破った誓いが『永遠に守る』の一件だけなら、まあ靴紐くらいでしょうね」
「はい。ただ——」
私は紅茶をひと口飲んで、言葉を選んだ。
「殿下、婚約破棄の宣言の中で『不吉な血を王家に入れるわけにはいかない』とおっしゃいました」
「あら...」
「これ、第34条の『名誉毀損条項』に該当しませんか」
母の手が止まった。スコーンに塗られたクリームが、微妙に厚くなった。
「……第34条。『正当な根拠なく契約相手の家名を公衆の面前で貶めた場合、呪いの等級が一段階繰り上がる』」
「はい」
「つまり、第二段階?」
「はい」
第二段階は「本人の嘘が見える化する」だ。具体的には、呪いの対象が嘘をつくと、頭上に小さな煙が上がる。本人には見えないが、周囲には見える。
母がゆっくりとクリームつきのスコーンを口に運び、咀嚼し、飲み込んでから言った。
「あの王太子、普段からどれくらい嘘をつくの?」
「朝の挨拶から嘘です」
「……終わったわね」
三日後、王宮から噂が聞こえてきた。
王太子アレクシス殿下の頭上に、時折、もくもくと小さな煙が上がるようになった、と。
「殿下、今日の政務会議ですが——」
「ああ、もちろん全て目を通した」
もくもく。
「殿下、あの、頭から煙が」
「気のせいだ」
もくもくもく。
最初は「何かの魔法の暴発だろう」と宮廷魔術師が調べたが、原因不明。消す方法も見つからない。当然だ。呪いは外部から解除できない。利用規約の第89条に「本呪いは第三者による解呪を一切受け付けない。呪いの解除条件は、呪いの原因となった行為の撤回のみである」と明記されている。
つまり、婚約破棄を撤回するか、名誉毀損を撤回して公式に謝罪するか——どちらかをしない限り、煙は止まらない。
私はその噂を聞きながら、自室で新しいお菓子のレシピを試していた。
「お嬢様、王宮がえらいことになっているそうですが」
侍女のマリアが心配そうに言う。
「そうなの? 何かあったのかしら」
「王太子殿下のお頭から煙が出るようになったと……」
「まあ、大変。お体は大丈夫かしら」
私は心から心配している顔をした。実際、少し心配している。呪いの第二段階は見た目はコミカルだが、煙のせいで政務中に書類が燃えたりしたら火事になる。
第55条の「安全配慮条項」によれば、煙は実際には温度を持たないらしいので大丈夫だとは思うが。
——ご先祖様、細かいところまでよく考えてらっしゃる。
問題は、セレーネだった。
彼女は王太子の新しい婚約者として宮廷に出入りするようになったが、どうやら「煙の原因はリゼットの呪いだ」と気づいたらしい。
一週間後、セレーネが私のもとを訪ねてきた。
「リゼット様、お願いです。殿下の呪いを解いてください」
彼女は本当に泣いていた。
今度は演技ではないと思う。だって、涙の出方が不均等で、鼻水も出ている。演技の時の彼女はもっと美しく泣く。
「セレーネ、私に呪いを解く力はないのよ」
「嘘です! 魔女なんでしょう!?」
「魔女の血を引いているだけで、魔女ではないわ。そして呪いは私の意思では制御できない。利用規約の第89条に——」
「利用規約って何ですかッ!?」
セレーネが叫んだ。気持ちはわかる。呪いに利用規約があるなんて、普通は思わない。
「97条あるけど、読む?」
「……97条」
「読みやすいように見出しはつけてあるの。母が整理してくれたから」
セレーネの顔が「この人何言ってんの」という表情になった。
それはそうだと思う。
問題は、王太子がさらに馬鹿なことをしたことだ。
婚約破棄から一ヶ月後。
殿下は「頭から煙が出る呪いはリゼットの仕業だ」として、ヴァルモール家に対する「魔女審問」を貴族院に提出した。
——利用規約、第44条。
『呪いの対象者が、呪いの原因を正当な理由なくヴァルモール家の悪意と断定し、公的機関に虚偽の訴えを起こした場合、呪いの等級はさらに一段階繰り上がる』
第三段階
「本人の悪事が物証として顕現する」
具体的には、これまでに行った不正——横領、賄賂、密約——の証拠が、本人の身の回りに「勝手に現れる」ようになる。
枕の下から賄賂の領収書が出てくる。
朝食のスープの中から密約の契約書が浮かんでくる。
クローゼットを開けたら、横領した宝石が降ってくる。
王太子は——残念ながら、やましいことがいくつかあった。
「お嬢様、王太子殿下のお部屋から横領の証拠がぞろぞろ出てきているそうです」
マリアが最新の噂を持ってきた。この子、いつの間にか宮廷ゴシップの通信員になっている。
「まあ、大変ね」
「大変ですわ。それと、お父様がお呼びです」
父の書斎に行くと、父は難しい顔をしていた。
「リゼット。呪いは第三段階か」
「はい、お父様」
「……あの馬鹿王子め。利用規約くらい読めんのか」
父の言い方に、私は思わず笑いそうになった。この家の人間にとって、呪いは「困った遺産」であると同時に「フェアなシステム」だ。悪いことをしなければ絶対に発動しない。だから怖がる必要はない。怖がるべきなのは、やましいことがある人間だけだ。
「貴族院の魔女審問については心配するな。こちらには利用規約の全文と、歴代の判例集がある。魔女審問は過去に七回開かれたが、全てヴァルモール家の勝訴だ」
七戦七勝。すごい戦績だが、相手が全員「呪いを食らうようなことをした人間」なので、当然と言えば当然だ。
「裏切り者がいくら『呪いを解け』と喚いても、自分が条件を満たしたのだから自業自得。判例には『魔女の呪いの発動は契約に基づく自然現象であり、ヴァルモール家の意思による害意は認められない』と明記されている」
自然現象。すごい。呪いが自然現象として認められている。
呪いの等級が第三段階に達した頃、隣国ルヴァリエから一人の使者が来た。
ルヴァリエ公爵家の当主、カイル・ルヴァリエ。
銀灰色の髪に、冬の湖のような淡い青灰色の瞳。表情が乏しく、一見すると冷酷そうだが——私には関係ない。用事があるのは私ではなく父のはずだ。
ところが。
「お初にお目にかかります、リゼット嬢。ヴァルモール家の呪いについて、ぜひお話を伺いたい」
彼は私に話があるという。
「……何をお聞きになりたいので?」
「利用規約を読ませていただけませんか」
私は目を瞬いた。
利用規約を「読みたい」と言った人間は、ヴァルモール家の外では初めてだった。
普通の人は呪いを怖がる。嫌悪する。忌避する。「読みたい」とは言わない。
「……なぜ?」
「私の領地では、条約や契約の不履行が大きな問題になっています。言った言わないの水掛け論で、外交が何度も頓挫した。ヴァルモール家の呪い——いや、『誓約履行確認システム』は、契約の実効性を保証する仕組みとして極めて合理的だ」
合理的。呪いを「合理的」と評価した人間も初めてだった。
「面白い方ね」
私が思わずそう言ったら、彼は不思議そうな顔をした。
「面白いですか? 私はいたって真面目ですが」
「面白い方ほど、自分が面白いことに気づかないものよ」
カイルは一瞬、きょとんとした。そして——ほんの少しだけ、口の端を上げた。
あ、笑った。
笑顔が下手だな、この人。左右非対称で、どちらかというと「痛い」に近い表情だ。
でも——嘘がない顔だった。
利用規約を読んだカイルは、三時間かけて全97条を精読し、付箋を23枚貼り、質問を11個用意して戻ってきた。
「第72条の『善意の第三者保護条項』について質問があります」
「どうぞ」
「呪いの対象者の周囲にいる無関係の人間には、呪いは一切影響しないと読めますが、正しいですか」
「はい。呪いは裏切り者本人のみに作用します。巻き添えは出ません」
「なるほど。この点は外交条約にも応用できそうだ」
彼は真剣にメモを取っていた。外交条約に応用。すごい発想だ。
「変わった方ですね」
「先ほどは『面白い』で、今度は『変わった』ですか」
「褒めています」
「……そうですか」
また左右非対称の笑顔。今度は少しだけマシだった。
その夜、私はふと気づいた。
カイル・ルヴァリエ。この人は一度も嘘をつかなかった。
利用規約について質問する時も、感想を述べる時も、一度も。
魔女の血を「不吉」と言わなかった。
呪いを「恐ろしい」と言わなかった。
私を「可哀想」と言わなかった。
ただ「合理的」と言った。
——ああ、危ない。ちょっと好きになりそう。
いや、待て。利用規約の第91条に『ヴァルモール家の当主が自発的に他者と誠実な誓約を結んだ場合、その契約もまた呪いの保護対象となる』とある。つまり、好きになった相手と誓いを交わしたら、その相手が私を裏切った場合——呪いが発動する。
好きな人に呪いのリスクを負わせることになる。
これが「魔女の血」を忌避する本当の理由だ。
魔女審問は、予想通りヴァルモール家の勝訴で終わった。八戦八勝。
王太子は頭の煙と証拠の洪水に耐えかね、結局「婚約破棄の撤回」と「名誉毀損に対する公式謝罪」を貴族院の前で行った。
呪いは解除された。煙は消え、証拠は出なくなった。
ただし——一度出てきた証拠は消えない。横領の件で王太子は王位継承順位を大幅に下げられ、セレーネとの婚約も王家の判断で白紙に戻された。
自業自得の原則。
セレーネは泣いた。今度は本気の涙だった。鼻水がすごかった。
すべてが落ち着いた春の午後。
カイルが再びヴァルモール邸を訪ねてきた。
「リゼット嬢。一つ、お聞きしたいことがあります」
「どうぞ」
「利用規約の第97条——最終条項について」
私の心臓が、少しだけ速くなった。
第97条。母でさえ「本当に必要な時にだけ読みなさい」と言った条項。
『本呪いの全条項は、ヴァルモール家の当主が「この人を信じたい」と心の底から思える相手と出会った時、その相手にのみ開示される。
開示された相手が、全条項を読み、理解し、それでもなおヴァルモール家の当主と誓約を交わすことを望んだ場合——
呪いは「裏切りへの罰」ではなく「誓いの守護」として機能するようになる。
すなわち、二人の誓いを外部の干渉から守る盾となる』
カイルは、すでに全97条を読んでいた。自分から読みたいと言って。
「第97条は、つまりこう解釈してよいのですか」
カイルが、いつもの無表情で——でも、少しだけ耳を赤くして言った。
「呪いを恐れずに誓いを交わせる相手は、全条項を理解した者だけだ、と」
「……はい」
「私は全条項を読みました」
「……はい」
「付箋は23枚貼りました」
「はい、知ってます」
「質問は11個しましたが、まだ3個残っています」
「律儀ですね」
「リゼット嬢」
カイルが、真っ直ぐに私を見た。
「あなたとの誓約を、結んでもよいですか」
私は——泣きそうになった。
泣きそうになったが、泣くのは負けた気がしたので、代わりに笑った。
「利用規約を読んだ上での申し出ですね?」
「全97条、理解しています」
「第37条の『贈答に関する条項』は読みましたか? 贈り物にも誠意が問われますよ」
「読みました。ですので——」
彼がポケットから取り出したのは、一冊の小さな本だった。
「隣国ルヴァリエの薬草図鑑です。ヴァルモール領では手に入りにくい品種を85種載せてあります」
「……指輪じゃなくて?」
「指輪は第37条の但し書きに『高価すぎる贈答は誠意の水増しと解釈される場合がある』とありましたので」
私は声を上げて笑った。
こんなに笑ったのは、何年ぶりだろう。
「カイル様。あなた、本当に面白い方ね」
「先ほどから繰り返しそう言われますが、私はいたって真面目です」
「真面目なところが面白いのよ」
左手首の紋章が、温かく光った。
今度は呪いの発動ではない。
第97条——「誓いの守護」の光だ。
全97条を読んだ男との誓い。
利用規約を読む人間は信用できる——ヴァルモール家七代目当主の格言が、今日ほど正しいと思ったことはない。
後日、カイルとの婚約が正式に発表された時、宮廷では様々な噂が飛び交った。
「ヴァルモール家の魔女がルヴァリエ公爵を呪いで操っているのでは」
操っていない。彼は自発的に利用規約を読んだだけだ。
「公爵は呪いを恐れて逆らえないのでは」
逆らう理由がない。呪いは悪いことをしなければ発動しない。
「あの無表情の公爵がヴァルモール令嬢の前でだけ笑っているらしい」
これは事実だ。相変わらず左右非対称だが、最近は少しマシになった。
そして、元婚約者の王太子はというと——
王位継承順位は第五位まで下がり、政務の大半を取り上げられ、セレーネにも逃げられ、現在は辺境の砦で「反省の修行」中だそうだ。
時々、頭から微かに煙が上がることがある——と聞いた。
呪いは解除したはずなのに? と不思議に思ったが、
母いわく、
「あれは呪いじゃないわ。ただの体質よ。嘘つきは煙が出るの、たまに」
それは体質なのか呪いなのか、正直よくわからないが——
まあ、利用規約の範囲外なので、私は関知しない。
私はルヴァリエ公爵領で、カイルと一緒に「外交条約履行確認システム」の開発に取り組んでいる。呪いの技術を外交に応用するプロジェクトだ。
要するに——
世界で一番フェアな呪いを、世界で一番フェアな条約に変えようとしている。
「リゼット、第72条の善意の第三者保護条項を、国際法に準拠する形で改訂したのだが」
「見せて。……ああ、ここの文言は『信義則に従い』を追加した方がいいわ」
「なるほど。さすが二十三代目当主だ」
カイルが、私に紅茶を淹れてくれる。少し濃いめ。砂糖は入れない。
これは利用規約の第37条に基づく贈答ではなく、ただの好意だ。
好意に条文は必要ない。
——でも、あったほうが面白い。
利用規約を読まない人間は信用するな。
利用規約を読んだ人間は、一生手放すな。
ヴァルモール家二十三代目当主、リゼット——改め、リゼット・ルヴァリエの格言である。
《完》




