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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第八話 「凡人、記録の価値を知る」

王国は、負けを隠すのが上手くなっていた。


前線の地図が書き換えられる。陣地の色が、いつの間にか後ろへずれている。撤退ではない、再配置だと言い張るための、ほんの数本の線の引き直し。



王国は、負けを隠すのが上手くなっていた。


前線の地図が書き換えられる。陣地の色が、いつの間にか後ろへずれている。撤退ではない、再配置だと言い張るための、ほんの数本の線の引き直し。


兵舎に戻ってきた騎士の数は減っているのに、補充兵の数は増えない。死者が減ったわけじゃない。最初から、数えられていないだけだ。


俺の机には、二種類の記録が積み上がるようになった。


一つは、提出用。

もう一つは、誰にも渡さないやつ。


後者の方が、分厚くなるのは時間の問題だった。


「……これ、見せていいの?」


夜、例の女が小声で言った。城内の倉庫で見つけたという補給記録だ。日付と数量が合っていない。兵の数より、明らかに少ない。


「見せたら、消される」


「だよね」


彼女は納得したように頷く。


「じゃあ、残す?」


「残す」


即答だった。


消されることと、間違っていることは、別だ。


最近、彼女はよく俺のそばにいた。理由を聞いたことはない。聞かなくても分かる。第三観測線で、彼女は一度も逃げなかった。その事実だけが、ここでは重い。


「ねえ」


「ん?」


「記録ってさ、人を守る?」


不意に、そんなことを聞かれた。


俺は、しばらく考えた。


前の世界で、記録は何も守らなかった。成績も、履歴も、反省文も、俺を救ってはくれなかった。


「守らないことも多い」


正直に答える。


「でも」


言葉を選ぶ。


「誰かが嘘をついたってことだけは、残せる」


彼女はそれを聞いて、少しだけ笑った。


「それなら、十分だと思う」


翌日、王都の下層区画を通る許可が出た。理由は、被害状況の再確認。名目だけは丁寧だ。


実際に見えたのは、数字に載らない王国だった。


倒壊しかけた家。片腕を失ったまま物乞いをする元兵士。避難所に入りきらず、壁際で眠る子ども。


「この辺は、記録しなくていいって言われてる」


案内役の若い騎士が、気まずそうに言った。


「王都の士気が下がるから、だそうです」


「……士気って、誰の?」


答えは返ってこなかった。


城に戻ると、また呼び出しがあった。


今度は、役人じゃない。軍の参謀だった。


「額賀」


「はい」


「君の記録は、現場では重宝されている」


また、その言葉だ。


「だが、上は君を危険視し始めている」


「危険、ですか」


「剣を振らない人間ほど、怖い時がある」


はっきり言う人だった。


「君は、戦況を変えていない。だが、人の判断を変え始めている」


それは、褒め言葉じゃない。


「忠告だ。どこまで書くか、選べ」


「選ばなかったら?」


参謀は、少しだけ笑った。


「その時は、君の記録が不要になる」


消される、という意味だ。


夜、俺は一人で紙を広げた。


書けること。

書かないこと。

書いたら消えること。

書かなくても、消えること。


全部を並べて、ようやく気づいた。


これはもう、観測じゃない。

参加だ。


戦えない凡人が、戦争に参加する方法は一つしかない。


事実を、残し続けること。


最後の行に、俺はこう書いた。


――この王国は、まだ滅びていない。

――だが、嘘の量だけは、確実に増えている。


紙を閉じる。


外では、また鐘が鳴っていた。


前よりも、短く。

前よりも、近い音で。

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