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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第五話 「記録係、残される」

撤退の翌日、城は妙に静かだった。


負傷兵の呻きも、怒号も、昨日で一通り出尽くしたらしい。代わりにあるのは、整理された沈黙だ。生き残った者たちが、それぞれの場所で「生き延びた理由」を探している時間。


撤退の翌日、城は妙に静かだった。


負傷兵の呻きも、怒号も、昨日で一通り出尽くしたらしい。代わりにあるのは、整理された沈黙だ。生き残った者たちが、それぞれの場所で「生き延びた理由」を探している時間。


俺は記録室にいた。


石造りの小部屋で、窓は一つ。机と椅子と、昨日俺が書いた紙の束。血は付いていないが、内容だけは十分に生臭い。


戦闘記録、と一括りにされるそれは、実際にはもっと雑多だ。

時系列も曖昧だし、主観も混じる。英雄譚になる要素なんてどこにもない。


「判断が遅れた」

「恐怖で硬直した」

「命令が伝わらなかった」


そんな言葉が、淡々と並んでいる。


扉がノックされた。


「……入るぞ」


返事をする前に、扉は開いた。入ってきたのは、第三観測線をまとめていた老騎士だった。名前は知らない。知る必要もない立場の人間だ。


「お前が、昨日の記録係か」


「そうです」


「感想は?」


随分と雑な聞き方だった。


「……戦場は、整理されていませんでした」


「だろうな」


彼は頷き、机の上の紙に目を落とした。


「だが、これは整理しようとしている」


俺は何も言わなかった。評価されたいわけじゃない。ただ、事実を並べただけだ。


「前線の指揮官がな、昨日の突破を『想定外』で片付けようとしている」


老騎士は、低い声で続ける。


「だがこの記録を見る限り、想定外じゃない。起きるべくして起きた」


紙を一枚、指で叩いた。


「恐怖による硬直。連携不全。後退経路の未共有。どれも、前から兆候はあった」


「……それを書きました」


「書いたな。余計な感情も付けずに」


そこで初めて、彼は俺の顔を見た。


「それは才能だ。戦えないこととは、別のな」


才能、という言葉に、少しだけ違和感を覚えた。

俺は才能という言葉が嫌いだ。前の世界で、散々それに期待して、裏切られてきた。


「俺は、戦えません」


「知っている」


即答だった。


「だが、戦えない者が全員無価値なら、軍はとっくに崩壊している」


老騎士は、紙の束をまとめて抱えた。


「この記録は、上に回す。名前は出ない。だが、使われる」


「……はい」


それだけで十分だった。


彼が去ったあと、部屋はまた静かになった。

窓から見える中庭では、兵が黙々と武具を直している。昨日、同じ場所で倒れていた誰かの姿は、もうない。


しばらくして、あの女が来た。


包帯が増えている。歩き方も少しぎこちない。


「……生きてる?」


第一声がそれだった。


「そっちこそ」


彼女は小さく笑って、椅子に腰を下ろした。


「ねえ。昨日のこと、書いた?」


「書いた」


「全部?」


「逃げなかったことも、怖かったことも」


一瞬、彼女は視線を逸らした。


「……それ、誰かに読まれるんだよね」


「多分」


「嫌じゃない?」


「嫌だよ」


即答すると、彼女は意外そうな顔をした。


「でも、消す理由もない」


「……そっか」


沈黙が落ちる。

気まずいわけじゃない。ただ、言葉を選ぶ必要がある静けさだ。


「私さ」


彼女が、ぽつりと言った。


「英雄になりたかったわけじゃないんだよ。ただ、逃げたって言われたくなかった」


「それも、書いた」


「ひどい人」


そう言いながら、彼女は少しだけ楽そうだった。


「ねえ、額賀」


「なに」


「次も……見る?」


質問というより、確認だった。


「見る」


俺は答えた。


「見て、書く。それしかできない」


「それでいいと思う」


彼女は立ち上がり、扉に向かう。


「戦えない人が、ちゃんと見てくれるなら。少なくとも、無駄死にはしない気がする」


扉が閉まる。


一人になった部屋で、俺は新しい紙を取り出した。


次の戦いは、きっともっと酷い。

それでも、誰かが判断を放棄しない限り、全部が終わるわけじゃない。


凡人の役割は、英雄になることじゃない。

世界が壊れていく過程を、途中で止めるための“目”になることだ。


それがどこまで通用するかは、まだ分からない。

だが少なくとも、俺はもう立ち尽くしてはいない。


紙に、今日の日付を書く。


第五話は、ここまででいい。

続きを急ぐ必要はない。崩れる世界は、勝手に先へ進むのだから。

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