第四話 「凡人、配置される」
結論から言えば、俺たちは猶予を与えられている立場じゃなかった。
観測役とか、記録係とか、聞こえはいいが実態は違う。
要するに、戦争が本格化する前に「使えるか」「壊れるか」「何もできず終わるか」を振り分けるための、予備選別だ。
それを理解したのは、配属から三日目の朝だった。
城の鐘が鳴った。
時間も回数も不規則で、前日までのそれとは明らかに違う鳴り方だった。音に余裕がない。急かすようで、切羽詰まっている。
兵舎の空気が一気に変わる。
誰かが小声で言った。
「……来たな」
来た、という言葉に具体的な意味を持たせる前に、外が騒がしくなった。騎士が走り、伝令が叫び、訓練場では集合がかかる。説明はない。ただ急げ、だけだ。
丘の上に立たされた俺たちは、嫌でも見せつけられることになる。
遠く、地平線の端が黒く滲んでいた。
最初は雲かと思った。だが動きが違う。遅く、重く、確実にこちらへ近づいてくる。
「敵影確認!」
誰かの声が裏返る。
双眼鏡を持った騎士が、歯を食いしばりながら報告する。
「魔獣混成部隊だ……数が多すぎる」
その瞬間、ようやく理解した。
この国が、もう「戦争をしている」段階じゃないことを。
すでに、防衛戦ですらない。
耐久戦だ。崩れるまでの。
転生者の中から、誰かが呟いた。
「……俺たち、間に合ってないよな」
否定できるやつはいなかった。
その場で指示が飛ぶ。
前線に出る者、城内に残る者、後方支援に回される者。
そして俺は、例によって中途半端な位置に置かれた。
「額賀。第三観測線だ」
観測線。
要するに、実戦に近いが、前線ではない。逃げ道はあるが、逃げ切れる保証はない場所。
皮肉な話だ。
前の世界でも、俺はいつもそうだった。責任からは逃げ切れず、中心にもなれない位置。
第三観測線に着くと、すでに数人の転生者がいた。
昨日、力を暴走させかけた女。
怖くて訓練を拒否した男。
そして、何も発現しないまま、ただ立ち尽くしているやつ。
全員、顔が青白い。
「記録を取る」
俺は、そう言って紙を広げた。
震える手を抑えながら。
戦闘は、想像以上にあっさり始まった。
空が裂ける音。
地面を揺らす衝撃。
遠くで上がる炎と悲鳴。
魔法も、剣も、命力も、全部が同時に使われて、全部が追いついていない。
整った戦術なんてものは、もう存在しなかった。
「来る……!」
観測線の前方、魔獣が一体、突破してきた。
巨体。牙。血に濡れた毛皮。
騎士が迎撃に出る。
転生者の一人が、反射的に力を使った。
風が歪み、魔獣の脚が切り裂かれる。
「やった……!」
声を上げた次の瞬間、魔獣が暴れ、別の騎士が吹き飛ばされた。
成功と失敗が、同時に起きる。
それが戦場だった。
俺は、ただ見ていた。
見て、書いた。
誰が何を見て、どう判断し、どうなったか。
怖くなって動けなかった者。
怖いまま、それでも前に出た者。
何も考えず、体が先に動いた者。
その全部を、俺は否定も肯定もせず、紙に落とす。
不思議なことに、その作業をしている間だけは、頭が妙に冷えていた。
「額賀!」
名前を呼ばれる。
振り向くと、あの女がいた。
手が血に染まっている。自分のものか、他人のものか、分からない。
「……私、逃げなかった」
報告するような声だった。
「うん」
それだけ答える。
「でも、怖かった」
「それも、書く」
その言葉に、彼女は一瞬だけ目を見開き、次に、力なく笑った。
「……ありがとう」
戦闘は、長くは続かなかった。
というより、こちらが耐えきれなかった。
撤退命令。
勝利でも敗北でもない、ただの後退。
城へ戻る途中、誰も喋らなかった。
生きていること自体が、偶然に近かったからだ。
夜、記録をまとめながら、俺は思った。
この世界は、前の世界より残酷だ。
でも同時に、誤魔化しがきかない。
才能がないこと。
怖いこと。
逃げたいこと。
全部、隠さずに表に出る。
そして俺は、その全部を見て、書いている。
戦えない凡人が、戦場で生き残る方法なんて、普通は存在しない。
でも、ここでは違うらしい。
戦えないからこそ、壊れない。
壊れないからこそ、見続けられる。
紙の最後に、俺はこう書いた。
――恐怖は、敗北ではない。
――判断を放棄した瞬間が、敗北だ。
誰に読まれるかは分からない。
もしかしたら、誰にも読まれないかもしれない。
それでもいい。
少なくともこの世界で、俺はもう「何もしていない存在」ではなかった。
凡人でも、立っていられる場所はある。
それが戦場のど真ん中じゃなくても。
そう思えた夜だった。




