表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/25

第三話 「凡人、価値」

教官の言葉は、それ以上説明されることなく訓練は終わった。

「凡人が足りない」と言われても、拍手が起きるわけでもなく、周囲の視線が変わるわけでもない。ただ、空気だけが少しだけ重くなった。



教官の言葉は、それ以上説明されることなく訓練は終わった。

「凡人が足りない」と言われても、拍手が起きるわけでもなく、周囲の視線が変わるわけでもない。ただ、空気だけが少しだけ重くなった。


兵舎へ戻る道すがら、アルトが何度もこちらを見ては、何か言いたげに口を閉じるのを繰り返していた。


「……さっきの、どういうことだと思う?」


我慢できなくなったのか、ようやく聞いてきた。


「さあな。俺にも分からない」


それは本音だった。特別な力がある感覚はなかったし、あの石にひびが入った理由も、正直なところ見当がつかない。前の世界で何かを評価された記憶がほとんどない人間に、突然「妙だ」と言われても、困るだけだ。


「でもさ」


アルトは少し声を落とす。


「何も出なかったやつ、何人か別の列に連れていかれてた」


振り返ると、確かに訓練場の端で数人が騎士に囲まれている。表情は読めないが、安心している顔ではなかった。


「役割分けだろ」


「それって……」


「戦わない役もある、ってことだ」


自分で言いながら、どこかで納得していない自分がいた。

前の世界では、役割がないこと自体が、存在しないことと同義だったからだ。


その日の夜、兵舎に一人の騎士が現れ、俺の名前を呼んだ。


「額賀仁之。ついてこい」


アルトが一瞬こちらを見る。

大丈夫だと言うほどの自信はないが、行かない理由もなかった。


通されたのは、訓練場の奥にある小さな部屋だった。豪華さはなく、机と椅子、それに例の石板が一枚置かれているだけだ。


「座れ」


向かいに座ったのは、昼間の教官とは別の男だった。年齢は分からないが、目だけが異様に疲れている。


「お前、自分が特別だと思うか?」


唐突すぎて、少し考えた。


「思いません」


即答に近かった。


「即答だな」


「思ったことがないので」


男はふっと鼻で笑った。


「そういうやつほど、厄介だ」


机の上に、薄い紙が置かれる。文字は見たことのない言語だが、不思議と意味だけは頭に入ってきた。


「ここでは、力がある者ほど消耗が激しい。魔力が強ければ感情に引きずられ、命力が強ければ体を壊す。元力が強ければ、過去に呑まれる」


男は淡々と続ける。


「だが、お前はどれも中途半端だ。中途半端すぎて、噛み合っていない」


褒められている感じはしない。


「それが、価値ですか」


男は一瞬、言葉を止めた。


「価値というより、余地だな」


余地。

前の世界では、一度も言われなかった言葉だ。


「この国はもう、壊れかけている。強い者だけでは回らない。迷い、立ち止まり、それでも折れない者が必要だ」


俺は黙って聞いていた。

折れない、という言葉が、胸の奥で少しだけ引っかかる。


「兵としての適性は低い。だが、兵で終わる必要もない」


男はそう言って、立ち上がった。


「明日から、お前は通常訓練に加えて、別の記録を取る。命令だ」


部屋を出ると、夜の空気がやけに冷たく感じた。

兵舎へ戻ると、アルトが起きて待っていた。


「呼ばれてたな」


「まあな」


「……何か、言われた?」


どう答えるか、一瞬迷った。

でも、誤魔化す気にはならなかった。


「俺は、使いにくいらしい」


アルトは少し笑った。


「それ、悪くないな」


「そうか?」


「少なくとも、捨てられてはいない」


その言葉は、思っていたより胸に残った。


寝台に横になり、天井を見つめる。

前の世界では、何者にもなれなかった。なろうとした結果、何も残らなかった。


でもこの世界では、まだ何者でもないこと自体が、理由になるらしい。


それが救いなのか、罠なのかは分からない。

ただ一つ分かるのは、俺はもう、何もせずに流される場所にはいない、ということだった。


夜明け前、兵舎の外が妙に騒がしかった。金属がぶつかる音と、誰かの怒鳴り声、それに混じって焦げたような匂いが鼻につく。夢かと思ったが、天井はいつも通り低く、体もちゃんと重い。現実だ。


外に出ると、訓練場の端で人だかりができていた。松明の光の中、数人の転生者が地面に座らされ、騎士たちに囲まれている。昼に別の列へ連れていかれた連中だと、すぐに分かった。


「何があったんだ?」


隣で同じく出てきたアルトが小声で聞く。


「さあ……」


答えながら、胸の奥がざわつく。あの顔だ。前の世界で、何度も見た。何かを「やらかした」人間の顔。失敗というより、想定外に放り込まれた時の表情だ。


騎士の一人が、苛立った様子で言った。


「命力の制御ができていない。自己判断で力を使うなと、何度言えば分かる」


座らされている中の一人、若い女が震えながら言い返す。


「でも……使えって言われたから……」


「使えとは言ったが、暴走しろとは言っていない」


地面には、抉れた跡と焦げ跡が残っていた。人は巻き込まれていない。だが、それがたまたまだということは、誰の目にも明らかだった。


その時、背後から声がした。


「額賀」


振り返ると、昨夜の男が立っていた。相変わらず目だけが疲れている。


「来い」


またか、と思ったが、今度は訓練場の中心へ連れていかれる。視線が集まる。正直、居心地は最悪だった。


「お前なら、どうする?」


いきなりそう聞かれた。


「何を、ですか」


「力を持って、扱いきれないと分かった時だ」


即答できなかった。

前の世界で俺が持っていたのは、扱いきれない力じゃない。扱うほどの力が、そもそもなかった。


「……使わない、と思います」


男は少しだけ眉を動かした。


「理由は」


「失敗したら、取り返しがつかないからです」


訓練場が静まり返る。


「凡庸だな」


そう言われて、なぜか腹は立たなかった。


「はい。凡人なんで」


男は一瞬だけ口角を上げた。


「だから聞いた」


そして、座らされている転生者たちに向き直る。


「こいつは、力を持っても使わない選択をする。臆病だからだ」


ざわつきが起こる。


「だが、この国は今、その臆病さを必要としている」


騎士の一人が不満そうに口を開く。


「それでは戦になりません」


「戦だけで国が保つなら、ここまで崩れていない」


男はそう言って、俺を見る。


「額賀。お前は今日から、訓練中止者の観測を担当しろ」


「……観測?」


「使えなかった者、使いすぎた者、怖くなった者。その全員の記録を取れ。何を見て、何を選んだかを」


頭が追いつかない。


「俺に、そんなこと……」


「できない理由は?」


言葉に詰まる。

ない。できない理由が、思いつかない。ただ、やったことがないだけだ。


「……ありません」


「なら決まりだ」


男はそれだけ言って去っていった。


残された空気が、妙に重い。

座らされていた転生者の一人が、こちらを見て言った。


「なんで、あんたなんだよ」


責める声でも、助けを求める声でもない。ただ、疑問そのものだった。


「分からない」


俺は正直に答えた。


「俺も、分からない」


それでも、その言葉を聞いた何人かの表情が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


兵舎に戻る途中、アルトが肩をすくめる。


「また変な役目だな」


「慣れてる」


「え?」


「前の世界でも、いつもそうだった」


中心には行けない。だが、端にいる人間の顔だけは、よく見える。

それが役に立つことなんて、なかったはずなのに。


寝台に腰を下ろし、渡された記録用の紙を見つめる。

白い。何も書かれていない。


この世界で、初めて与えられた役割が、「戦わない判断を記録すること」だというのが、少しだけ可笑しかった。


でも同時に、胸の奥で何かが静かに動き始めているのも、確かだった。

凡人であることを理由に、初めて必要とされた。その事実だけが、今は妙に現実感を持って、そこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ