第二十五話(最終話) 「凡人戦記、終末の王国」
王都は、静かだった。
戦争が終わった都市特有の騒がしさはない。勝利を祝う旗も、英雄を讃える声も上がらない。ただ、人が生きている音だけがある。瓦礫を踏む足音、水を汲む音、遠くで誰かが泣く気配。
王都は、静かだった。
戦争が終わった都市特有の騒がしさはない。勝利を祝う旗も、英雄を讃える声も上がらない。ただ、人が生きている音だけがある。瓦礫を踏む足音、水を汲む音、遠くで誰かが泣く気配。
国家は存続した。
だが、国家としての機能は終わった。
魔力塔は半数が停止し、残りも最低限の維持に回されている。契双は再起不能。命力運用は制度として廃止された。王国はもう、魔力によって拡張される国ではない。
それでも、国は崩れなかった。
敵国も引いた。彼らの目的は達成されたからだ。
「……勝った、んだよね」
記録庫の窓から街を見下ろしながら、リィナが言った。
包帯の下、肩はまだ動きづらそうだ。前線で限界を越えた体は、今も静かに痛みを主張している。
「軍事的には」
仁之は、いつものように補足する。
「政治的には……終わった」
「国家が?」
「うん。王国は残る。でも、拡張も、征服も、できない」
「じゃあ、普通の国になる?」
仁之は、少し考えた。
「普通、よりは脆い」
「でも、魔力に殺されない」
その言葉に、リィナは小さく笑った。
「皮肉だね。魔力で守ってきた国が、魔力を失って生き延びるなんて」
「正しい判断の積み重ねは、いつも最後に別の正しさを要求する」
彼は机に積まれた記録を見た。
第三観測線から始まった、数え切れない紙束。壊れ方、速度、判断の理由と結果。その全てが、ここにある。
「これ、どうするの」
リィナが訊いた。
「燃やされる?」
「残す」
「王国にとって、不都合じゃない?」
「だから残す」
仁之は、最後の署名を書き入れた。
英雄の名ではない。功績でもない。ただの記録者として。
「この国は、正しく壊れた」
「それを、忘れないために」
外では、王都再編の会議が始まっている。新しい税制、魔力に依存しない産業、国境線の再定義。未来の話ばかりだ。
ここには、もう戦争は戻ってこない。
「……ねえ」
リィナが、少し躊躇ってから言った。
「これから、どうする?」
仁之は、答えを用意していなかった。
記録を書くことだけが、彼の役割だったからだ。
「記録は、ここで終わる」
「仕事、なくなるね」
「仕事じゃない」
「じゃあ、何?」
「……習慣」
リィナは、彼の横に立った。
肩が触れるほど近い距離。だが、触れない。
「前線に戻れって言われたら」
「止める」
「理由は?」
「失う前提の配置だから」
「私が、もう役に立たないって?」
「違う」
仁之は首を振った。
「役に立つから、失われる」
彼女は黙った。
少しだけ、呼吸が深くなる。
「仁之」
「うん」
「この戦争で、私たち、何を守れたと思う?」
彼は、窓の外を見た。
子どもが瓦礫の上を走っている。笑っているわけでも、泣いているわけでもない。ただ、生きている。
「選択肢」
「……それだけ?」
「それだけで、十分だ」
リィナは、しばらく彼を見ていた。
前線で見せる強さでも、皮肉でもない、素の目で。
「凡人だね」
「知ってる」
「英雄じゃない」
「なれなかった」
「国も救ってない」
「壊れるのを、遅らせただけ」
彼女は、静かに息を吐いた。
「それで、よかったんだと思う」
その言葉は、慰めではなかった。
評価でも、妥協でもない。ただの事実として、そこに置かれた。
夕暮れが、王都を染める。
終末の色は、思っていたより穏やかだ。
「……どこか、行く?」
リィナが言った。
「国境、開いたらしい」
「記録者は?」
「もう、役目は終わったでしょ」
仁之は、最後に記録庫を振り返った。
紙は残る。言葉も残る。だが、自分が縛られる理由は、もうない。
「行こう」
短く、そう言った。
二人は並んで歩き出す。
肩は触れない。手も取らない。
それでも、歩幅は自然と揃っていた。
終末の王国に、英雄はいない。
救済もない。世界は救われない。
だが、人が人を選ぶ余地だけは、最後まで残った。
それで、この物語は終わる。
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