第二十四話 「国家は、勝ったまま死ぬ」
首都戦は、戦争としては奇妙な形で始まった。
砲声は少なく、突撃の合図もない。
あるのは、魔力塔の過負荷を知らせる鐘と、補助線が引き直される音だけだった。
首都戦は、戦争としては奇妙な形で始まった。
砲声は少なく、突撃の合図もない。
あるのは、魔力塔の過負荷を知らせる鐘と、補助線が引き直される音だけだった。
「南第二塔、停止」
「北区画、命力供給率が七割を切りました」
「契双部隊、待機命令。理由不明」
報告は淡々と積み上がっていく。
混乱はない。恐慌も起きていない。
それが、この戦争の最終局面だった。
「……敵、どこにいる」
指揮室で誰かが呟いた。
答えは出ない。敵軍は王都を包囲しているが、決定的な一撃を加えない。結界の薄い場所を狙うこともない。魔力塔を破壊すれば、戦いは一気に終わるはずなのに。
「来ないんじゃない」
リィナが言った。
「終わらせに、来てない」
仁之は、中央司令部から回ってきた判断記録を読んでいた。
どれも正しい。数字上、理論上、過去の成功例に照らして。
「魔力網を維持すれば、王都は守れる」
「契双を切れば、戦線は押し返せる」
「命力を追加投入すれば、短期決戦に持ち込める」
すべて、間違っていない。
「ねえ」
リィナは机に腰を預けた。
「勝ってるよね、私たち」
「勝ってる」
仁之は即答した。
「軍事的には」
「じゃあ、なんでこんなに——」
言葉が続かなかった。
代わりに、遠くで魔力塔が唸りを上げる。
「国家が、耐えられない」
仁之が言った。
「勝利を維持するための構造が、もう限界だ」
敵国の目的は、ここで初めてはっきりした。
彼らは魔力を否定しない。ただ、依存を終わらせに来た。
「魔力を使えば守れる。でも、使い続ければ壊れる」
「使わなければ、短期的には負ける」
「だから王国は、使い続けるしかない」
それが、この国の“正しさ”だった。
「敵は、それを理解してる」
仁之は続けた。
「だから攻めない。私たちが自分で壊れるのを、待ってる」
その瞬間、中央塔からの緊急通信が割り込んだ。
「命力調整班より。契双の再起動、不可。人格崩壊例が多発」
「代替案は?」
「ありません」
沈黙が落ちた。
誰もが理解した。
もう、“次の正しい判断”が存在しない。
「……逃げる、って」
リィナが小さく言った。
「やっぱり、選択肢だったんだね」
「個人にはな」
「国家には?」
「ない」
外で、初めて爆音が響いた。
敵の攻撃ではない。魔力塔の自壊だった。
「前線に戻る」
リィナは剣を取った。
「まだ、できることがある」
「無理をするな」
「無理をしないと、ここには立てない」
彼女は振り返った。
「仁之。もし私が戻らなかったら」
「戻る」
「もし、戻らなかったら」
仁之は、少しだけ間を置いた。
「記録する」
「……それでいい」
それが、二人の間で交わされた、最も率直な言葉だった。
首都は守られた。
敵軍は後退し、包囲は解かれた。
戦況図には、はっきりと「王国軍勝利」と書き込まれる。
だがその裏で、魔力網は再構築不能となり、契双運用は凍結され、命力管理機構は停止した。
国家は、生き延びた。
だが、戦争を続ける力を失った。
夜、仁之は最後の一文を書き加える。
――この戦争は、勝利で終わる。
――だが、国家はここで役目を終える。
――正しい判断が積み重なった結果として。
遠くで、負傷兵を運ぶ足音が続いている。
その中に、リィナの姿は、まだ見えなかった。
それでも彼は、ページを閉じなかった。
終わりは、まだ先にある。
ここはただ、終戦の前夜にすぎない。




