第二十三話 「首都は燃えない」
首都は、まだ燃えていなかった。
それは安心ではなく、違和感だった。
周縁都市は次々と崩れ、第三観測線はもはや線と呼べる形を失い、魔力網は補修と断線を繰り返している。それでも王都だけは、結界が張られ、塔が立ち、人々は「持ちこたえている」という言葉を疑わずに使っていた。
首都は、まだ燃えていなかった。
それは安心ではなく、違和感だった。
周縁都市は次々と崩れ、第三観測線はもはや線と呼べる形を失い、魔力網は補修と断線を繰り返している。それでも王都だけは、結界が張られ、塔が立ち、人々は「持ちこたえている」という言葉を疑わずに使っていた。
「……変だな」
仁之は観測室の高窓から王都を見下ろし、そう漏らした。
夜明け前の空気は澄んでいる。戦時下にしては、あまりに静かだった。
「敵は、来ない」
背後でリィナが言った。
鎧は着けているが、剣は壁に立て掛けたまま。前線に立つ者の姿勢ではない。
「包囲はしてる。でも、突撃はない。魔力塔も狙ってない」
「避けてる、の間違いじゃないか」
「同じこと」
仁之は机に戻り、記録紙を一枚広げた。
魔力流量の推移、結界維持率、命力消費。どれも数値だけを見れば“成功”の範囲に収まっている。
「王都は守れてる。正しい判断の結果だ」
「その言い方、嫌い」
「俺もだ」
リィナは地図に指を置いた。
敵国軍の配置は、王都を避けるように円を描いている。
「ねえ。向こう、勝つ気ないんじゃない」
「勝つ定義による」
「私たちが思ってる“勝利”じゃない、って意味」
仁之は少し考えてから、頷いた。
「敵の目的は、制圧でも殲滅でもない」
「じゃあ、何?」
「選択肢を奪うことだ」
彼は別の記録を取り出す。
敵国の歩兵部隊編成。魔力行使者は最小限。契双使用例はほぼなし。
「魔力を使わない戦争を、見せつけてる」
「……私たちに?」
「王国に、だ」
リィナは黙り込んだ。
やがて、低い声で言う。
「魔力を使えば守れる。でも使うほど、内部が壊れる」
「だから中央は使う。今まで成功してきた方法だから」
「正しい判断を、積み重ねてる」
その言葉は、刃物みたいだった。
「正しいよ。全部」
仁之は言った。
「短期的には、全部正しい。だから誰も止められない」
外で鐘が鳴った。
結界強化の合図。今日もまた、魔力が注ぎ込まれる。
「ねえ、仁之」
リィナは彼を見た。
前線で人を斬ってきた目ではなく、一人の人間の目だった。
「逃げるって選択肢、あると思う?」
「……ある」
「私たちに?」
「ある。でも、選ばれない」
彼女は小さく笑った。
「だよね。選ばれない。だって——」
「“今はまだ大丈夫”だから」
その瞬間、通信兵が駆け込んできた。
「南区画、魔力塔一本沈黙。原因、過負荷」
「敵の攻撃は?」
「確認されていません」
誰も驚かなかった。
それが、いちばん重かった。
「また、記録が一行増えるな」
リィナが言う。
「“誰も悪くなかった”ってやつ」
仁之はペンを取った。
「違う」
「?」
「悪い判断じゃない。正しい判断の結果だ」
彼は書く。
王都はまだ立っている。
だが、国家は内側から静かに崩れている、と。
首都は、まだ燃えない。
だからこそ、終わりが見えない。
その事実だけが、今日の記録だった。




