第二十二話 「魔力から降りる者たち」
会戦は勝利で終わった。
数字上は、完全な勝利だった。
敵前線は崩れ、魔獣の展開も抑え込まれ、第三観測線の外縁は保たれた。
それでも仁之は、地図から目を離せなかった。
会戦は勝利で終わった。
数字上は、完全な勝利だった。
敵前線は崩れ、魔獣の展開も抑え込まれ、第三観測線の外縁は保たれた。
それでも仁之は、地図から目を離せなかった。
色分けされた戦域は整理されている。損耗率、魔力消費、命力残量。
すべてが想定範囲内。王国中枢の判断は正確だった。
正確すぎた。
「……やりすぎだな」
独り言のつもりだった言葉に、背後から声が返る。
「敵の判断も、似たようなものだ」
参謀補佐官。名を聞く必要はない立場の男だった。
「敵は引いた。なのに追撃をしなかった。理由は?」
「魔力網の負荷を見て、だろう」
男はあっさり言った。
「敵は魔力網を壊す気がない。正確には、壊す“必要”がない」
仁之は、ゆっくり息を吐いた。
「……依存を続けさせる」
「そうだ。魔力網がある限り、王国は正しい判断を選び続ける。
短期的な勝利、合理的な犠牲、効率的な契双運用」
男は地図を指でなぞる。
「結果として、国家は長くは生きない」
「それを敵は知っている」
「知っているだけじゃない。実証しに来ている」
沈黙が落ちた。
仁之の脳裏に、第三観測線の崩壊推移が浮かぶ。
敵は破壊していない。調整している。
「……俺の記録も、見られてるな」
「当然だ。君の判断ログは、魔力に依存しない。
敵にとっても貴重なサンプルだ」
参謀は淡々と言った。
「だから第三観測線は壊滅しない。
壊れながら、使われる」
そのとき、通信が割り込んだ。
『仁之、聞こえる?』
リィナの声だった。少し荒れている。
『前線、勝ってる。でも……これ以上続けたら、戻れなくなる人が出る』
「契双の反動か」
『うん。止められない流れになってる』
仁之は一瞬、言葉を選んだ。
「……逃げる選択肢は?」
少し間が空いた。
『それを言うと思った』
リィナの声は、苦笑混じりだった。
『でもね。逃げたら、この戦争は終わらない』
「残っても終わらない」
『……それでも』
その先を、リィナは言わなかった。
仁之は通信を切り、再び地図を見る。
敵も、味方も、正しい判断を積み重ねている。
その先にあるのは、勝利ではない。
「魔力から降りる国は、どっちだ」
答えは、まだ出ていなかった。
だが一つだけ確かなことがある。
この戦争は、誰かが英雄になった瞬間に、最悪の形で終わる。
だから仁之は、記録を続ける。
英雄にならないために。




