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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第二話 「凡人、配属」

国は、もう崩壊している。


城壁の一部は崩れ、街路は歪み、

建物の間には修復された痕跡と、放置された傷が混在していた。

国は、もう崩壊している。


城壁の一部は崩れ、街路は歪み、

建物の間には修復された痕跡と、放置された傷が混在していた。


人はいる。

だが、生きているというより、

残っているという言い方の方が正しい。


「……戦争の、直後だ」


騎士がそう言った。

胸を張るでも、誇るでもなく、

ただ事実を整理するみたいな声だった。


「昨日までは、な」


誰かが息を呑む音を立てた。

俺は、なぜか安心していた。


ああ、やっぱり。

都合のいい世界なんて、ない。


「兵が足りない」

騎士は続ける。

「この国は、若い命を必要としている」


命、という言葉が、やけに軽く聞こえた。


「拒否した者は?」


さっきの細身の男が問う。


「街の外に出る」

騎士は即答した。

「自力で生きろ。守りはない」


ざわつきが広がる。

選択肢が、選択肢として成立していない。


俺は王国を見下ろしながら、思った。

前の世界と、何が違う?


死が、

画面の向こうじゃなく、

空気の中にあるだけだ。


「……俺は、行く」


気づいたら、そう言っていた。

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


騎士がこちらを見る。

初めて、人を見る目をした。


「理由は?」


「理由がないと、選べない人間は」

一拍置いて、俺は言った。

「どうせ、どこでも同じです」


沈黙。

それから、騎士は小さく笑った。


「名前は?」


「……額賀、仁之」


騎士はうなずく。


「今日からお前は、ミラクート王国兵だ」


その瞬間、

胸の奥で、何かがわずかに軋んだ。


強くなりたいわけじゃない。

救われたいわけでもない。


ただ――

もう一度、自分がどこで間違えるのかを見届けたかった。


それだけだった。


兵舎は、想像していたよりもずっと静かだった。

怒号が飛び交っているわけでもなく、血の臭いが染みついているわけでもない。ただ乾いた木の床と、等間隔に並べられた簡素な寝台があるだけで、そこには生活というより待機に近い空気が漂っていた。


「装備は最低限だ」


案内役の騎士は、感情の起伏を感じさせない声でそう言って、剣と革鎧と水袋を俺たちの前に放り出した。どれも新品とは言い難く、触れた瞬間に、これが誰かの生を通過してきた物だということだけははっきり分かる。


「死にたくなければ、手入れは怠るな」


それだけ言い残して、騎士は振り返りもせずに去っていった。


残された俺たちは、ぎこちなく立ち尽くしていた。知らない世界、知らない国、知らない命の扱われ方。けれどその空気は、不思議と初登校の日の教室に似ていた。全員が自分より少し弱そうなやつを探して、無意識に目を走らせている。


「……なあ」


声をかけてきたのは、あの細身の男だった。戦争の話に真っ先に噛みついていた、理屈っぽそうなやつ。


「お前、さっき即決してたよな。兵になるって」


「即決ってほどでもない」


そう返しながら、俺は自分でも曖昧だと思った。考えなかったわけじゃない。ただ、選択肢が最初から少なすぎただけだ。


「普通は迷うだろ」


普通、か。

前の世界でも、ずっとその言葉に足を引っ張られてきた気がする。


「迷う理由がなかっただけだ」


男は納得していない顔をしたまま、自分の剣を見下ろしていた。


「俺はアルト。元は商人だ。剣なんて、触るのも初めてでさ」


「俺も、似たようなもんだよ」


嘘ではないが、本当でもない。ただここで前世の話を始めるほど、俺は自分の過去を信用していなかった。


訓練は拍子抜けするほど地味だった。走らされ、姿勢を直され、受け身も取れないまま地面に叩きつけられる。魔法だの力だのは一切出てこない。


「力を使う前に体が壊れる奴が多い」


教官は淡々とそう言った。


「この世界の力は万能じゃない。体が追いつかなければ、ただの自滅だ」


夜、寝台に横になったとき、俺は自分の手をじっと見つめていた。何かが起きるわけでもなく、光るわけでも、熱を持つわけでもない。


――凡人だな。


前の世界でも、何度もそこに戻ってきた結論だ。けれど今回は、不思議と胸がざらつかなかった。期待もしていなければ、失望もしきっている。ただ事実を見ているだけだった。


翌日、訓練場の空気が変わった。


「今日は適性を見る」


そう言って、教官は一人ずつ前に立たせ、石の板に手をかざさせる。反応があれば力がある。なければ、別の役回り。それだけの、あまりにも簡単な選別だった。


アルトは、かすかに風を起こした。周囲がどよめく。


「命力寄りだな」


次の者は、黒っぽい靄のようなものを滲ませた。


「魔力か」


俺の番が来る。

石に手を置くと、ひどく冷たかった。


……何も起きない。


その瞬間、頭の中に前の世界の映像が差し込んできた。ゴールド止まりのランク、追いつけない背中、無言で背を向ける現実。胸の奥が、いつものように縮こまる。


その時、石の表面に小さなひびが入った。


音もなく、ただ確かに。


教官が眉をひそめる。


「……妙だな」


「何がですか」


「出力が弱すぎる。だが、反応は一つじゃない」


ざわめきが広がる。


「魔力でもない。命力だけでもない」


教官は、俺を見た。


「名前は」


「額賀、仁之です」


「凡人か?」


あまりにも唐突で、少し考えてしまった。


「たぶん、そうです」


教官は、初めてはっきりと笑った。


「それはいい。この国には、凡人が足りない」


その言葉の意味は、まだ分からない。

ただ一つ、確かなのは――この世界でも俺は、簡単には終わらせてもらえないらしい、ということだけだった。

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