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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第十九話 「使われる記録」

 第三観測線が、まだ線として存在している理由は一つしかなかった。


 壊れていく速度が、王国の想定より遅かったからだ。



 第三観測線が、まだ線として存在している理由は一つしかなかった。


 壊れていく速度が、王国の想定より遅かったからだ。


 それは称賛でも、評価でもない。ただの誤算だ。だから王国は、その誤算を修正しようとした。


 俺の書いた記録を使って。


 朝、詰所に呼び出された。仮設とは名ばかりの、布と木で組まれた簡易指揮所だ。中に入ると、地図が何枚も並べられていて、赤と青の線が複雑に絡み合っていた。


 そこに、俺の文字があった。


 第三観測線、右翼崩壊兆候。

 魔力流量、局地的に四割低下。

 命力運用者、疲弊度限界域。


 俺は、嫌な予感を覚えた。


「この判断についてだが」


 指揮官が、俺の記録を指で叩いた。


「お前は、右を捨てろと進言したな」


「結果的には、そうなります」


「結果的に、では困る」


 淡々とした声だった。


「王国としては、第三観測線をもう一日、維持したい」


 俺は理解した。


 維持したい、ではない。

 維持できると思わせたい、だ。


「魔力網の再構築が間に合うと?」


「間に合わせる」


「どうやって」


「捨てる場所を、調整する」


 その言葉で、全てが繋がった。


 第三観測線は、もう“盾”として使われていない。

 時間を稼ぐための、調整弁になっている。


 俺の記録は、敵を避けるためじゃない。

 味方を、どこで切るかを決めるためのものになり始めていた。


「……一つ、確認させてください」


「何だ」


「この記録、現場の判断補助として使われていますか」


 一瞬の間。

 それが答えだった。


「戦略判断に使っている」


 戦略。

 現場ではない。


「分かりました」


 それ以上は言わなかった。言えなかった、の方が正しい。ここで反発しても、記録が使われなくなるだけだ。それは、もっと悪い。


 出て行くとき、背中に視線を感じた。

 期待でも信頼でもない。

 便利な道具を見る目だ。


 詰所を出たところで、リィナが待っていた。顔を見ただけで、何かを察したらしい。


「……使われた?」


「ああ」


「守るために?」


「時間を稼ぐために」


 彼女は、少し黙ったあと、低く言った。


「それ、守ってないよね」


「守ってない」


 事実だった。


 第三観測線は、今日も持ちこたえた。だがそれは、偶然じゃない。誰かが、どこかで、余計に削られた結果だ。


 午後、前線で小規模な衝突が起きた。規模は小さい。だが、配置が悪かった。


 俺の記録通りだ。


 魔力の供給が遅れ、援護が間に合わず、三人が倒れた。


 死んだわけじゃない。

 ただ、もう戦えない。


 それでも、王国の判断としては「成功」だった。線は維持された。時間は稼げた。


 夜、俺は紙を前にして、手が止まった。


 書けば、また使われる。

 書かなければ、もっと酷い形で壊れる。


 逃げ道はない。


「ねえ、仁之」


 リィナが、低い声で言った。


「もしさ……この戦争、勝ってもさ」


「うん」


「私たち、何か残ってると思う?」


 俺は、すぐには答えられなかった。


 勝利の定義が、もう分からなくなっていたからだ。


「……形は、残る」


「中身は?」


「保証できない」


 彼女は苦笑した。


「正直だね」


「嘘を書く仕事じゃない」


「じゃあさ」


 少し間を置いて、彼女は言った。


「どこで、降りる?」


 その言葉は、冗談じゃなかった。逃げたい、じゃない。選択肢としての撤退を、初めて口にした。


 俺は、紙を見た。


 記録は、積み重なっている。

 壊れ方の傾向も、速度も、見えてきている。


「……まだだ」


「理由は?」


「今降りると、誰が代わりに測るか分からない」


 彼女は、しばらく俺を見ていた。


「自分が犠牲になる前提?」


「違う」


「じゃあ何」


「……もっと悪い形になるのが、嫌なだけだ」


 リィナは、深く息を吸った。


「ほんと、凡人だね」


「褒めてないだろ」


「褒めてない。でも」


 少しだけ、声が柔らいだ。


「嫌いじゃない」


 遠くで、また鐘が鳴った。

 次は、もっと大きな動きになる。


 第三観測線は、まだ使われる。

 俺の記録も、まだ使われる。


 王国が壊れる速度は、確実に上がっている。


 それでも俺は、書く。


 誰かに都合よく使われるとしても、

 少なくとも、嘘にはしないために。


 それが、今の俺にできる、唯一の抵抗だった。

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