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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第十六話 「記録されない選択」

 夜明け前の空は、色を失っていた。暗いというより、薄い。何かを塗り忘れたみたいな空だった。



 夜明け前の空は、色を失っていた。暗いというより、薄い。何かを塗り忘れたみたいな空だった。


 第三観測線は、すでに動き始めている。命令は出ていた。前進。再配置。索敵強化。どれも正しい言葉で、どれも現場を摩耗させる指示だった。


 俺は壕の中で、最後の確認をしていた。魔力流量、通信の遅延、補給の到達予測。数字を並べれば並べるほど、結論は変わらない。


 持たない。


 防衛線としてではなく、時間を稼ぐ装置としてなら、成立する。それ以上でも以下でもなかった。


「……やっぱり、厳しい?」


 背後から声がした。振り返らなくても分かる。リィナだ。


「厳しいって言葉だと、少し希望が混じる」


「じゃあ、どう言えばいい?」


「予定通り」


 彼女はそれ以上聞かなかった。聞けば、数字が増えるだけだと分かっている。


 しばらく沈黙が落ちた。外では部隊が動いている。足音、装備の擦れる音、短い指示。どれも急いでいないのが、逆に怖かった。


「ねえ、仁之」


「ん」


「さっきの記録……提出するんだよね」


「ああ」


「書き直し、言われてたでしょ」


「言われた」


「……直した?」


 俺は、首を横に振った。


「一字も」


 少し間があって、彼女は小さく息を吐いた。


「だろうね」


 責めるでもなく、驚くでもない。ただ、確認が取れたという声だった。


「多分さ」

 リィナは壁にもたれたまま言った。

「この後、何人か死ぬよね」


「うん」


「私も、その中に入る可能性、高い?」


「高い」


「そっか」


 それだけだった。感情を削った言葉じゃない。最初から、余計な飾りがない。


「……それでもさ」

 彼女は少しだけ視線を下げた。

「逃げなかったの、間違いじゃなかったって思っていい?」


 俺は少し考えた。正直に答えないといけないと思った。


「王国の視点だと、正解だ」


「現場の視点は?」


「……分からない」


 彼女はそれを聞いて、静かに頷いた。


「うん。それでいい」


 分からないことを、分からないまま共有できる距離。それが、今の俺たちだった。


 外で鐘が鳴った。合図だ。前線が動く。


 俺は紙をまとめ、封をした。誰が読むかは分からない。そもそも、読まれない可能性の方が高い。それでも、書いた。


「仁之」


「ん?」


「もし、生き残ったらさ」


 珍しく、言葉が途中で止まった。


「……いや、いい」


 俺は何も言わなかった。続きを求めるのは、今じゃない。


 壕を出ると、冷たい空気が肺に刺さった。空は相変わらず薄いままだ。


 第三観測線は、前に出る。王国の選んだ形で、壊れに行く。


 俺は思った。


 これはもう、戦争の話じゃない。記録が追いつかない速度で、人が削られていく話だ。


 そして、その最初のページは、もうめくられている。

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