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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第十五話 「正しい敗北」



 その決定は、拍子抜けするほど静かに下された。


 怒号も、反対意見も、机を叩く音すらなかった。あるのは、紙をめくる音と、誰かが喉を鳴らす乾いた音だけだった。


「第三観測線を、前進させる」


 読み上げる声は淡々としていて、まるで倉庫の配置換えでも告げるようだった。


 俺は、その場で理解した。

 これは前進じゃない。切り捨てだ。


 理由は分かる。敵の動きを探るには、観測線を前に出す必要がある。魔力網の再構築が追いつかない以上、魔力依存の部隊を守るためには、比較的“失ってもいい”場所を盾にするしかない。


 理屈としては、正しい。


 だからこそ、最悪だった。


「……第三観測線には、転生者が多いですよね」


 俺がそう言うと、上座の男は一瞬だけ視線を逸らし、すぐに戻した。


「だからだ」


 その一言で、全てが片付けられた。


 転生者は、代替が利く。

 訓練期間も短い。

 戦力として未完成だが、情報は引き出せる。


 そして何より、この世界に“根を張っていない”。


 合理的だ。冷静だ。王国としては、正解に近い判断だろう。


 会議が終わり、廊下に出たとき、足の裏に重さを感じた。歩けないほどじゃない。ただ、一歩一歩が遅れる。


 リィナは、少し離れたところで待っていた。俺の顔を見た瞬間、何も聞かずに察したようだった。


「……決まった?」


「ああ」


「前進?」


「前進って言葉を使うなら、そうなる」


 彼女は短く息を吐いた。怒りでも、恐怖でもない。ただ、覚悟を飲み込むための動作だった。


「私たち、餌だね」


「餌って言うと、反発される」


「でも事実でしょ」


 否定できなかった。


 その日のうちに、配置換えが始まった。第三観測線は、事実上の前線になる。撤退路はあるが、維持される保証はない。補給も後回しだ。


 兵たちは、何も言わずに準備を進めていた。文句を言っても、状況は変わらないことを、もう知っている。


 夜、仮設の詰所で、俺は記録をまとめていた。紙の上には、これまでの戦闘の失敗と成功、敵の行動パターン、そして今回の決定がもたらすであろう結果が並んでいる。


 書けば書くほど、結論は一つに収束していく。


 第三観測線は、壊滅する。


 それも、無意味にではない。王国にとって“意味のある壊れ方”をする。


「ねえ、仁之」


 リィナが、隣に腰を下ろした。距離は近いが、触れない。触れないままの方が、今は楽だった。


「もしさ」


 彼女は少しだけ言葉を探してから続けた。


「私たちが、ここで全部ダメになったら……この記録、どうなると思う?」


「残る」


 即答だった。


「誰かが使う?」


「使うか、捨てるかは分からない。でも、残る」


 それを聞いて、彼女は小さく笑った。


「そっか。じゃあ、逃げなかった意味はあるね」


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 逃げなかったことを、意味で肯定しなきゃいけない状況自体が、もう異常なんだ。


 外では、部隊の移動が始まっている。鎧の擦れる音、命令の短い叫び、遠くで鳴る鐘。全部が、いつもより低く、重く聞こえた。


 俺は紙に、最後にこう書いた。


 ――王国は、最善を選んだ。

 ――その最善は、現場を救わない。

 ――だが、間違いではない。

 ――だからこそ、この敗北は止められない。


 書き終えたとき、妙に頭が冴えていた。恐怖はある。絶望もある。それでも、思考は澄んでいる。


 多分、俺はもう分かっている。


 この戦争で問われているのは、勝つか負けるかじゃない。

 どんな形で壊れるかだ。


 そして王国は、その形を選んだ。


 選ばされたのは、俺たちだ。


 夜が明ければ、前線は動く。

 第三観測線は、前に出る。


 それが、王国の出した答えだった。

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