第十四話 「理解されない戦争」
城に戻っても、安心できる空気はなかった。門は閉じられ、負傷兵が運び込まれ、廊下には消毒と血の匂いが混じっている。誰も声を張り上げない。張り上げる元気が、もう残っていない。
城に戻っても、安心できる空気はなかった。門は閉じられ、負傷兵が運び込まれ、廊下には消毒と血の匂いが混じっている。誰も声を張り上げない。張り上げる元気が、もう残っていない。
俺は第三観測線の記録を整理しながら、違和感を反芻していた。敵の動きが、どうにも噛み合わない。いや、噛み合いすぎていると言った方が正しい。
強くない。圧倒的でもない。だが、無駄がない。
魔力を使わない前提で編成された部隊は、王国軍の「当然」をことごとく裏切ってくる。魔法が来る距離に踏み込まない。強化が切れる瞬間を待つ。連携が乱れたところだけを、正確に削る。
勝とうとしていない。壊そうとしている。
「ねえ、仁之」
リィナが、記録用の紙束を覗き込みながら言った。
「これ、敵の行動……偶然じゃないよね」
「偶然なら、もっと派手に失敗してる」
俺はそう答えた。敵は失敗しない。少なくとも、俺たちが期待する種類の失敗をしない。
「王国軍の魔力網、回復する前提で動いてる。でも敵は、回復しない前提で動いてる」
「……つまり?」
「時間を味方につけてる」
それに気づいた瞬間、背中に冷たいものが走った。王国は持久戦に弱い。魔力網を維持するための資源も、人も、すでに削られている。一方で敵は、最初から“枯れた状態”で戦っている。
その差は、時間が経つほど広がる。
その日の夕方、会議室に呼び出された。観測役として、という名目だが、実際は情報の穴埋め要員だ。上にいる人間ほど、現場の実感を失っている。
「敵は魔力を封じる術を持っているのか?」
高官の一人がそう言った。
「いいえ」
俺は首を振った。
「封じていません。使わないだけです」
空気が一瞬、止まった。
「使わない、とは?」
「魔力は便利です。でも依存すると、流れが乱れた瞬間に判断が止まる。敵はそれを理解している。だから、こちらの魔力が“足りなくなる瞬間”だけを狙って動く」
誰かが舌打ちをした。
「つまり、我々の戦い方そのものが読まれていると?」
「読まれている、というより……前提にされてます」
会議は、結論の出ないまま終わった。戦術を変えるには時間が足りない。変えなければ、確実に削られる。分かっていても、止まれない。
夜、城壁の上で、俺とリィナは並んで立っていた。遠くに、敵陣の灯りが見える。整然としている。無駄な動きがない。
「ねえ」
リィナが小さく言った。
「この戦争、敵は何を欲しがってると思う?」
少し考えてから、俺は答えた。
「土地でも、資源でもない」
「じゃあ何?」
「俺たちの“やり方”だ」
彼女は眉をひそめた。
「どういうこと?」
「魔力に依存した王国を、魔力なしでも戦える形に“作り変える”気なんだと思う。抵抗できないくらい、削りながら」
言葉にすると、余計に残酷だった。殺し尽くす必要はない。生かしたまま、別の形に歪めればいい。
「……それって」
「教育だよ。最悪の形の」
沈黙が落ちる。風が城壁を撫で、遠くで鐘が鳴る。その音は、もう合図に聞こえない。ただの確認だ。まだ壊れていない、というだけの。
その時、伝令が走ってきた。
「前線、再接触! 敵部隊、想定より早い!」
リィナが息を呑む。
「また……?」
「違う」
俺は、記録を抱え直した。
「今回は、試されてる」
敵は、こちらが何を学んだかを見に来ている。王国が変われるか、それとも変われないまま壊れるか。その確認だ。
城の中で、兵が動き出す。だがその動きは、まだ昨日と同じだ。魔力網の回復を待ち、強化を前提に配置を組む。
間に合わない。
それを分かっているのに、止められない。
俺は紙に書きながら、はっきりと理解していた。
この戦争は、もう始まっている。
だが本当の意味での戦争は、これからだ。
そして次に来るのは、戦闘じゃない。
選択だ。
間違えれば、王国は負ける。
正しく選んでも、救われるとは限らない。
それでも、選ばなきゃならない。
俺は、そういう段階に来ていることを、誰よりも先に理解してしまっただけだった。




