第十三話 「戦争として崩れる順番」
戦争というものは、始まった瞬間にすべてが混乱すると思っていた。だが実際は逆だった。少し前理解した通り、混乱はすでに終わっていて、あとは決まった順番で壊れていくだけだった。
戦争というものは、始まった瞬間にすべてが混乱すると思っていた。だが実際は逆だった。少し前理解した通り、混乱はすでに終わっていて、あとは決まった順番で壊れていくだけだった。
城壁が落ちるより先に、指揮系統が死に、指揮が死ぬより先に、判断が鈍り、判断が鈍るより先に、
人が自分の立ち位置を見失う。
俺は第三観測線に戻されていた。だが、そこはもう観測線と呼べる場所じゃなかった。前線が後退し、後方が前線になり、役割の境界が溶けて、全員が半端な位置に立たされている。
地面には、前日の戦闘で焼け焦げた跡が残っている。黒く固まった土は、魔力が無理に流された証拠だ。流量が足りないところに、無理やり力を通せば、地面だろうが人間だろうが、同じように壊れる。
「……魔力網、完全に戻ってない」
リィナが低い声で言った。彼女は前に出る役割じゃない。それでも、俺の隣にいる。逃げなかった、
という事実を、彼女自身が手放していない。
「戻らないだろうな」
俺は紙をめくりながら答えた。
「敵は壊したんじゃなく、書き換えた。応急処置でどうにかなる構造じゃない」
王国軍は再編を試みていた。部隊を小分けにし、魔力に頼らない剣主体の戦闘へ切り替える。
だがそれは、魔力を前提に組まれた兵たちにとって、自分の半分を捨てて戦えと言われているようなものだった。
前線から運ばれてくる報告は、どれも似ている。
魔法が遅れ、強化は途切れ、連携は噛み合わず、判断が一瞬遅れたところを突かれて、崩れる。誰かが死んだ、ではなく、誰かが抜け落ちた、という感覚に近い。
「……ねえ、仁之」
リィナが、珍しく俺の名前を呼んだ。
「この戦争、勝てると思う?」
即答はできなかった。できなかったから、正直に答えた。
「勝つ、って言葉の定義次第だ」
「どういう意味?」
「国が残るかどうかなら、五分以下だ。人がどれだけ生き残るかなら、もっと低い。英雄譚として語れるかどうかなら……ほぼゼロだ」
彼女は何も言わなかった。ただ、視線を前に向けたまま、拳を握りしめている。
その時、前方で叫び声が上がった。
「敵、来るぞ!」
魔獣じゃない。人間の部隊だ。装備は簡素で、魔力反応も薄い。だが動きが揃っている。魔力を使わない前提で、最初から組まれた軍だ。
王国軍が迎え撃つ。剣が交わり、盾がぶつかり合う。魔法は控えめに、最低限だけ使われる。それでも、戦況は一方的だった。
理由は単純だ。王国軍は、魔力がある前提で“考える癖”が染みついている。敵は、最初からそれを捨てている。
前線が押し返される。後退命令が出る。だが、その命令が届く前に、別の部隊が孤立する。
俺は見て、書いた。
誰が、どの判断をしたか。
その判断が、何を前提にしていたか。
そして、その前提が、どこで崩れていたか。
「……仁之、あれ」
リィナが指差した先で、一人の騎士が立ち尽くしていた。若い。剣を握ったまま、動けないでいる。魔力強化が発動しない。発動しない前提で戦う訓練を、彼は受けていない。
敵兵が迫る。
誰も助けに行けない。行けば、自分の列が崩れる。
騎士は、最後まで剣を振り上げることはなかった。
その場で、戦線は切れた。
撤退が決まる。だが撤退は、逃走とは違う。秩序がなければ、ただの散開だ。
城へ戻る途中、俺は記録を抱えたまま、立ち止まった。
この戦争は、派手な破壊で語られることはない。だが確実に、人の選択を削っていく。選べる未来を、静かに奪っていく。
「……俺さ」
不意に、リィナが言った。
「前の世界で、何も成し遂げられなかったって言ってたよね」
「ああ」
「でも今は、違う」
彼女は俺を見なかった。ただ、前を向いたまま続ける。
「誰かが死ぬ理由を、ちゃんと残してる。それって……逃げてないと思う」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
英雄じゃない。戦えもしない。
それでも、崩れていく順番を知っている。
それが、この戦争での俺の立ち位置だった。
そしてこの先、もっと多くが壊れる。国も、人も、きっと彼女自身も。
それでも俺は、書くのをやめない。
やめた瞬間、この戦争はただの数字になる。
それだけは、許せなかった。




