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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第十二話 「戦争の結末は、準備の段階で決まっている」

その朝、俺は記録室ではなく、城壁の内側にある半壊した詰所にいた。瓦礫を避けるために設けられた臨時の作業場で、紙とインクを広げ、昨夜から続く数値と報告を淡々と整理していた。城の中は騒がしいはずなのに、この一角だけが妙に静かで、その静けさがかえって不吉だった。



 その朝、俺は記録室ではなく、城壁の内側にある半壊した詰所にいた。瓦礫を避けるために設けられた臨時の作業場で、紙とインクを広げ、昨夜から続く数値と報告を淡々と整理していた。城の中は騒がしいはずなのに、この一角だけが妙に静かで、その静けさがかえって不吉だった。


「……また数字?」


 背後から声がした。振り返らなくても分かる。リィナだ。鎧は着ていない。前線に立つ人間の装備じゃないが、目だけは何度も死にかけたやつの色をしている。


「数字は嘘をつかないからな」


 顔を上げずに答えると、彼女は俺の隣に腰を下ろし、紙の上を覗き込んできた。


「でも、意味が分からないまま置いていくんでしょ。……魔力流量、前日比マイナス二八パーセント。

これって、何がそんなにまずいの?」


 いいところを突いてくる。だからこそ、ちゃんと答えた。


「魔力はな、リィナ。個人が好き勝手に振り回す力じゃない。この国じゃ、魔力は全部“契約”で回してる」


「契約?」


「兵士、魔法使い、術式、城壁、防衛陣。その全部が互いに繋がって、誰がどれだけ力を使って、どこへ流すかを決めてる。それが魔力契約だ」


 彼女は首を傾げた。


「繋がってるって……そんなに?」


「血管みたいなもんだ。一本詰まれば、別の場所が壊れる」


 俺は紙の端に、簡単な線図を書いた。


「で、その契約を束ねてるのが魔力網。王国全体に張り巡らされた、見えないインフラだ。道路より厄介で、壊れてもすぐには見えない」


 リィナは小さく息を吸った。


「……だから、勝手に力を使うなって訓練で言われてたんだ」


「そういうことだ」


 俺はペンを置いた。


「前日比マイナス二八パーセントってのは、昨日まで普通に動いてた部隊が、今日は三割近く力を失ってるって意味になる。魔法の威力、持続、補助、全部が落ちる」


 沈黙が落ちた。


「……それ、戦う前から負けてない?」


「負け始めてる、が正確だ」


 俺はそう言い直した。


「戦争は、戦場で始まる前に決まる。魔力流量が安定してない時点で、もう致命傷なんだ」


 その時、遠くで警鐘が鳴った。一つだけじゃない。間を置かず、二つ、三つと重なり、城全体が遅れて異変を理解し始める。


 同時に、胸の奥が冷えた。魔力網が、今この瞬間に沈み始めている。破壊じゃない。断絶でもない。もっと厄介な、組み替えだ。


「……リィナ、立て」


「え?」


「戦争だ」


 詰所の外を、兵士たちが走り抜けていく。


「北門、魔力契約更新不能!」

「西補給都市、防衛術式停止!」

「前線との魔力通信、途絶!」


 城が、音もなく壊れていく感覚があった。壁が崩れる前に、仕組みの方が死んでいく。


 俺は紙を掴み、記録を始めた。


 魔力網が切られている。だが単純な破壊じゃない。誰かが、この国の魔力契約を“戦争ができない形”に書き換えている。


「……魔法じゃ、ないよね」


 リィナの声は、確信に近かった。


「魔法なら、もっと派手だ。これは設計だよ。戦術でも戦闘でもない。戦争そのもののルール変更だ」


 その直後、大地が揺れた。爆発じゃない。重く、規則的な振動。敵軍の行軍音だ。


 魔力に頼らない部隊。魔力が弱まる瞬間を、ずっと待っていた連中。


「……準備、してたんだ」


 リィナの呟きが、やけに遠く聞こえた。


「してた。ずっと前から」


 王国軍は応戦した。だが、いつもの戦い方は通じなかった。魔法は遅れ、強化は途切れ、連携は紙一枚分、確実に噛み合わない。その僅かなズレを、敵は逃さない。


 最小限の魔力と、徹底した物量。英雄が立ち上がる前に、前提条件を踏み潰す戦い方。


 城壁の一部が落ちた。防壁術式は起動条件を満たせなかった。理由は単純で、魔力が足りなかった。


 俺は、その事実を書いた。


 勝った、負けたじゃない。なぜ、そうなったのか。その順番を残すために。


 戦争は始まった。剣が交わるより前に、魔法が飛ぶより静かに。


 ここから先、英雄の物語は役に立たない。必要なのは、崩れていく順番の記録だけだ。


 俺は書く。それしかできないからだ。

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