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凡人戦記― 異世界転生したら崩壊した王国スタート ―  作者: harap1239


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第十一話「静かな国は、戦争を信じない」

王都は穏やかだった。

 穏やかすぎる、と仁之は思っていた。



 王都は穏やかだった。

 穏やかすぎる、と仁之は思っていた。


 朝の鐘は正確に鳴り、魔力灯は一度も明滅せず、通りではパンの値段を巡るくだらない口論が続いている。戦争の気配は、生活のどこにも見当たらない。

 だからこそ、彼は机に広げた観測記録から目を離せなかった。


「……三日前から、北方第二魔力線の流量が落ちてる」


 独り言のように呟くと、向かいの席にいた女が顔を上げた。

 彼女の名はリィナ。前線伝令上がりで、今は仁之の補助として記録室に出入りしている。


「また偶然って言われるやつ?」

「たぶんね。偶然は便利だから」


 仁之は笑わなかった。

 魔力流量の低下、契約更新の遅延、部隊再配置の不整合。どれも単体では誤差と呼べる。しかし、記録を重ねるほど、それらは同じ方向に傾いている。


 王国は今、戦争を「管理できるもの」だと信じている。

 英雄が前に立ち、魔法が均衡を保ち、戦術が被害を限定する。

 そうやって、何度も勝ってきた。


 だが、その前提を支えていた一人の名が、最近また書類に現れ始めていた。


「アルトの再評価、か……」


 かつて戦場で判断を誤り、英雄になり損ねた男。

 彼の残した撤退記録と判断ログが、近年の王国防衛理論の土台になっている事実を、上はあまり語りたがらない。


「英雄じゃなくて、逃げた人の記録が役に立つって、皮肉だよね」

 リィナが言う。


「逃げたんじゃない。壊れる前に引いた」

 仁之はそう返した。「それができる人間が、一番少ない」


 昼過ぎ、王城からの通達が届いた。

 国境警戒レベルは据え置き。追加動員なし。訓練計画も変更なし。


 要するに、何も起きていないという判断だ。


 その帰り道、仁之とリィナは城壁の上に立っていた。

 遠くの平原は静かで、敵影などどこにもない。


「ねえ、仁之」

 リィナが珍しく真面目な声を出した。

「もしさ、この国が負けるとしたら、どんな負け方だと思う?」


 仁之はすぐには答えなかった。

 風が城壁の旗を揺らし、王国の紋章がはためく。


「英雄が倒れる負けじゃない」

 彼は静かに言った。

「戦う前提そのものが壊される負けだ」


 リィナは少しだけ目を見開き、それから苦く笑った。

「最悪だね。それ」


「でも、あり得る。記録がそう言ってる」


 夕方、記録室に戻ると、魔力計が一瞬だけ異常値を示した。

 ほんの一瞬。誰も気に留めない程度の揺らぎ。


 だが仁之は、それを見逃さなかった。


 戦争は、まだ始まっていない。

 ただ、王国が信じてきた「戦争の形」が、静かに終わろうとしている。


 そのことを、知っている人間だけが、今この国にいる。

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