カレンの少女
高校2年のGW最終日にソレは起きた。
今年のGW明けは蒸し暑くなります、今日も夏日です。水分補給を忘れずに、と朝のお天気お姉さんが話していた。
お天気お姉さんってみんな美人だよなぁ
なんて考えながらぼーっとテレビを見ていた。
「あら、もう起きてきたの?休みの日に珍しい」
外で洗濯物を干していたであろう母親がカゴを片手に話しかけてくる。生返事をしつつ視線をテレビに戻す。
何やら母親が話しかけてきていたかもしれないけれど、脳みそが上手く内容を処理しようとしない。
「ちょっと聞いてんの!?」
いつの間にか母親がテレビと自分の間に割って入ってきていた。
「わ、なに。きしょいなぁ聞いてるよ」
「アンタねぇ。聞いてなかったでしょ。隣に住んでたミカちゃん家、随分と空き家だったじゃない?昨日、引越し業者が止まってたの。誰か引っ越してくるんだって」
相変わらずミーハーだなぁと聞き流した。
どうせ引っ越してくるならこのお天気お姉さんみたいな美人でちょっとほわほわした雰囲気で出来ればナイスバディでさらに言うなら勉強も教えてくれる完璧なレディがいいなぁ
なんて妄想片手に朝食を摂る。
隣に住んでいたミカちゃんは、幼稚園からの幼なじみだった。両片思いというか いい雰囲気だったというか、仲はそれなりに良かった。
そんなミカちゃんは、中学に上がる前に失踪した。
失踪したって言ってもミカちゃんの母親とミカちゃんが夜逃げのように居なくなってしまったらしい。父親と弟は残されて、父親の実家に戻ったとか何とか。
当時は不思議に思っていたが、母親のくだらないゴシップ的な昼ドラがきっとミカちゃんの家で起きていたのだろう。
世の中何があるか分からないもんだ。
─ピンポーン─
ソレは、お天気ニュースから朝の情報番組に変わった頃にやってきた。
「隣に引っ越してきました。朝にすみません。ご挨拶だけでも」
母親が何やらバタバタと身支度を整えて玄関へ向かった。
微かに余所行きの母親の声と似たような年齢の女性の声が聞こえてくる。
「アンター!ご挨拶して!お隣さん!」
余所行きの声からいつもの母親の声に切り替わる。
変声期でも入ってるんじゃねぇか?
Tシャツに短パンジャージしかも中学のジャージを寝巻きにしている恥ずかしい格好のまま玄関に向かってしまった。
玄関にいたのは、母親と同じかちょっと下に見える綺麗めなお母さんと可愛らしい少女だった。
大きな黒目に長いまつ毛。背は150cm半ばくらい。
白いワンピースに負けていない陶器のような肌。頬はほんのり火照ったピンク色。薄くて小さめの唇がほんのり赤く色づいている。
小動物のような、お人形のような、触れてはいけないもののような、そんな可愛らしい印象の女の子がそこに居た。
「…………どうも」
完全に彼女に見惚れてしまっていた。なんとか発した言葉がこの3文字だった。
彼女は少し恥ずかしそうにうつむき、目だけでこちらを捉える。大きな黒目がパチリと俺を見た。
その仕草はまるで、チリン─と小さな鈴が鳴るように儚げで、たまらなく心をざわつかせた。
困った。
お天気お姉さんも捨てがたかったが、この儚い可憐な少女。髪を耳にかける指や揺れるワンピース、少し恥ずかしそうに縮こまる肩。全てが見逃せない魅力を放っていた。
母親が何やら隣で話しているがまたもや脳みそをすり抜けていく。
「あら!じゃあ同じ高校なのね!仲良くしてやって〜!もううちの子なんて見惚れちゃって〜」
なにやら恥ずかしい紹介をされていた。
「いやいやいやっ、じゃあ俺はこれで」
慌てて否定して、自分の恥ずかしい格好に気づき自室へ逃げるように階段を昇って行った。
同じ高校!!!!
あんなに可愛い子が同じ高校にいたのか。全く気づかなかった。そしてこの格好。なんて最悪だ。寝巻きはまだしも中学のジャージって……ダサかったよなぁ。
恥ずかしさと少女のガラス細工のような存在感で体温が上がっていくのを感じた。
高校2年のGW最終日に突然やってきたソレは、'一目惚れ'だった。
鈴の音のような彼女と仲良くなるのはそう難しくなかった。
彼女は、同じ高校だったが、学年は1つ下だった。
年上のお姉さんによしよしされるのも良いが、この庇護欲を掻き立てられる女性もなかなか魅力的である。
高校までは電車で通うのだが、この電車がクセありで一本逃すと30分待たなければいけない。そのため、必然と同じ時間帯の電車に乗ることが多かった。
彼女はどうやら親の転勤で引っ越してきたらしく、GW明けが初登校であるらしい。
通りで見たことがなかったわけだ。高校入学した4月から1ヶ月で転校となるとは、とても辛いだろうな。ここは俺が一肌脱いでやるしかない。
彼女の地元の話だったり中学での部活だったり、できるだけ初登校の不安を感じないように、と色々話しかけた。
作戦が功を奏したのか、1週間もしないうちに毎日同じ電車で一緒に通う約束を取り付けることに成功した。
「先輩と話してる方がなんだか気が楽です」
なーんてお褒めの言葉もいただくことが出来た。
そのセリフでご飯何倍行けるだろうか。
毎朝、彼女との登校する30分間は至福の時となっていた。
しばらくして、さらに蒸し暑い季節がやってきた。
そして、この蒸し暑い季節は、彼女を地元の花火大会に誘う一大イベントが控えている。1ヶ月遅れのクラスメイトだったかもしれないがさすがに夏休み前となれば仲良しな子もできているだろう。
一緒にお祭りに行けるかが勝負のときである。
が、あまりガツガツ誘うのもかっこ悪い。
あくまで年上の男性としての魅力を出しつつ─「先輩、この辺りって夏祭りあるんですか?」
「えっあっ、あるよ」
「へぇそうなんですね、先輩は誰かと行くんですか?」
彼女からの突然のパスに言葉が詰まった。
今!どうやって誘おうかと考えてて、こう、話の流れとかどうとか、、、、いや、これは一緒に行けるやつか!?それともただの世間話か……!?どっちだ!?!?
「あー。俺もう高校2年だし、夏祭りはいいかなあ」
違う違う違う!!!行きたい!!誘いたい!誘うつもりでいた!!!なんで!?どうしてカッコつけちゃったんだ!
絶対間違えた!今の選択肢は素直になっておくべきだった。うわぁ、どうしよう。
「そっかぁ、あんまりこの辺り詳しくないからどうせなら案内してもらえたらなって思っちゃいました。でも子供っぽいですよね」
はにかむ彼女にプライドが音を立てて崩れた。
「ごめん嘘。誘おうと思ったけどなんか照れ隠ししました。一緒に行きたいです」
ぱぁっと花が咲くように笑顔になった彼女。愛おしい。
もう何もかもいらない。彼女が好きだ。
────────────────────
夏祭り当日、午後4時。
家の前で待ち合わせるのは流石に恥ずかしすぎるため家から少し離れた公園で待ち合わせることにした。
地元の小さな花火大会とはいえ、それなりに人が集まっている。公園の前を浴衣を着た人が何人か通り過ぎて行った。
浴衣、でくるのかな。
俺私服で着ちゃったけどよかったかな。
どうせなら聞いておけばよかったかな
と、ブランコ前の柵に腰掛けながら考えていた。
「お待たせしちゃいましたか?」
声の先には、彼女がいた。
出会ったあの日のワンピースに何やら手の込んだ髪型をしていた。
「制服以外ってなんかあんまり見てなかったかも」
情けない。これが精一杯の褒め言葉のつもりだった。
「このワンピ、お気に入りなんです」
小さな唇がニッと弧を描く。
あぁ、天使はここにいたのか……
出店がある通りまで他愛もない話をしながら歩いた。
古文教師のクセとか、英語教師の採点の甘さとか、保健室でのずるい休み方とかそんなくだらない話をしていたのに彼女はケラケラと笑ってくれた。
絵に書いたような幸せなデートだった。
屋台のいちご飴が好きだったり、焼きそばの紅しょうがが食べられなかったり、綿あめよりベビーカステラ派だったり。コロコロと表情が変わる彼女を見ているだけで幸せな気持ちになった。
花火打ち上げの時間がきた。
人混みの中、なんとか座れる場所を見つけてとなりに座る。太ももは既に触れ合っている。
会場のアナウンスと共に花火が打ち上がった。
─ヒュー…ドドーン─
「わー、綺麗ですね」
君の方が。なんてキザな台詞は言えなかった。
正直、花火なんて見てる余裕は無い。母親の話同様に花火が見えてるのに脳みそをすり抜けていく。
「先輩、飲み物ありますか?私の飲みかけになっちゃうけど飲みますか?」
いつの間にか空のペットボトルを煽っていた。
恥ずかしい。ゼロ距離で座っただけで緊張して飲み物を頻繁に飲んでいたようだ。
間接キスでは?
「…………」
また言葉が出ていかない。
「好き、なんだよね俺、……ハジメテ一目惚れした、」
花火の音なのか自分の心臓の音なのか分からなかった。
ドンドンと大きな破裂音だけが聞こえる。
打ち上げ花火の色に照らされた彼女の瞳は、微かに揺らいだ。
「私も、です。」
ここから先はなんだかあまり覚えていない。
手を繋いで帰って、確か、待ち合わせの公園でキスをした。周りには似たようなカップルがいた気もするけど、なんだかもう夢のような感覚でフワフワしている。
感じたことの無い恍惚感に浸っていて、たぶん臓器全てどろどろにとろけてしまっていた。
────────────────────
それから、二度目のクリスマスを迎えようとしていた。
高校3年の冬。受験勉強の傍ら、カップルイベントであるクリスマスを如何にやり過ごすかを考えていた。
─ピコン─「クリスマスどうする?」
彼女からのメッセージが届いたが、見なかったことにした。
なんとなく、ここ数日彼女との連絡が億劫で仕方ない。
志望校の合格判定が思うように行かないこともあり、余裕がなくなっていた。
今となれば、受験の不安を年下の彼女にぶつけていただけなのだが、彼女の発する言葉一つ一つが返しのついた釣り糸のようにジリジリと精神を削っている感覚に陥っていた。
─ピコン─「おーい」
電源を落とした。
こんなことしても無駄なのはわかっていた。
彼女は隣の家に住んでいて、会わないように生活することは難しい。ただそれでもせめてもの抵抗をしたくて電車の時間を2本分早めてみたり、遅刻して行ってみたり、と顔を合わせなくて済むようにしていた。
そして、クリスマスの予定は立たずに終わった。
年があける少し前。
─ピコン─「さよなら」
彼女からの別れの言葉だった。そのメッセージにすら既読をつけずに放置した。
12月に入ってからろくに連絡も取らず、顔も合わせないようにしていた。当然のことだ。
むしろせいせいする。これでやっと勉強に集中できる。デートだイベントだと考えなくて済む。
モヤモヤした気持ちにどうにか名前をつけて、落ち着かせようとする。
別れたかったんじゃないか。
面倒くさいって思ってたじゃないか。
勉強に集中しなきゃいけないのに彼女のせいで上手くいかなかったんだ。だからこれが正しいんだ。
最後に彼女に会ったのは、卒業式でだった。
県外の大学に進学する事が決まり、春から一人暮らしが始まる。
幼かった自分を認めることが出来ず、彼女とはそのまま一言も交わすとなく離れることとなった。
大学一年生の正月。
実家に帰った時に聞いた。
隣の娘さんが自殺したらしいと。




