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美女

作者: 木こる

ジャン!


「優勝はエントリーNo.6番、大道寺真奈華さんです!」


その瞬間、会場はどっと沸き立ち、

スポットライトを浴びる美女に向かって

溢れんばかりの拍手の雨が降り注いだ。

当の本人は何が起こったのかわからないといった様子で、

口元を押さえながらキョロキョロと辺りを見回している。


彼女は国内で最も美しい女性という栄誉を手にしたのだ。

その黄金比を体現したような完璧な目鼻立ち、

日本人離れした……いや、海外の美女でさえも羨む曲線美、

スラリと伸びた細長い手足、頭身の高さ、背すじ、歩き方、

何よりも彼女には選ばれし者のみが纏うオーラがあった。


「大道寺さん、今のお気持ちをどうぞ!」


「えっ? えっ?」


どうやら彼女は本当に状況を理解できていないようで、

マイクを向けてくる司会者に思わず後ずさりし、

隣の選手の背後へと移動したではないか。


会場は笑いの渦に包まれる。

あの美女はただ美しいというだけでなく、

お笑いのセンスまで兼ね備えているのか。

彼女をテレビで見かける日もそう遠くない。

観客たちは大いに期待した。


「こらこら、逃げないで!

 優勝したんですよ優勝!

 あなたが! 大道寺さんが!」


「でも、そんな、私が……?

 なんだか信じられません……」


「はは、ご謙遜を

 実に9割以上の観客があなたに投票したんですよ?

 ご来場の皆様による評価は嘘をつきません」


「そうなんですか……?

 審査員の人たちは全員4番に投票していたので、

 てっきり出来レースなのかと思ってました」


会場の空気が凍りつく。

聞き捨てならない言葉が出てしまったからだ。

出来レース……最初から結果が決まっている、形だけの競争。

この業界ではよくあることではあるが、

今この場でそれを口にするのはいかがなものか。


「おっと、今の発言は聞き流してあげてください

 なにせ彼女はどこの芸能事務所にも所属していないどころか、

 ミスコンに出場するのは今回が初めてなんだそうです

 それがいきなり優勝までしちゃったもんだから、

 緊張でつい変なことを口走ってしまったのでしょう」


司会者によるフォローにより、

会場には「それもそうか」という空気が出来上がる。

むしろ初出場で優勝したという快挙に注目が集まり、

さきほどの失言を帳消しにできたのだ。




「いやあ、それにしても本当にお美しい!

 僕は仕事柄いろんな女性を見てきましたが、

 あなたほどの美人を目にしたのはこれが初めてですよ!

 何か美しさの秘訣などがあれば是非、お聞かせ願いたい!」


「美しさの秘訣ですか……?

 貧しい家に生まれることですかね」


「え?

 ちょ、ええ……?」


司会者は普段の食事や運動についての質問をしたつもりだったが、

どうも相手には伝わらなかったようで不穏な返答をされてしまった。

貧しい家……その話題を掘り下げるべきだろうか?

観客席をチラリと見やると、彼らは難しい顔をしている。

だが会場は冷えているものの、美女への興味を失ったわけではない。

むしろどのような家庭環境で育ったのか関心を持っている様子だ。


「大道寺さん

 もし差し支えなければ、どんなご家庭で生まれ育ったのか

 僕たちに話してもらってもいいですか?」


貧しき身分の少女が絶世の美女へと成長し、やがて全てを手に入れる。

我々は今、そのサクセスストーリーの1ページに立ち会っている。

現代のシンデレラ。のちに彼女はそう呼ばれるのだろう。

観客たちはそんな期待感で胸が高鳴った。


「私の父は、海外にいくつもの支社を持つ大企業の社長でした」


はい、解散。


どこが貧しい家の生まれやねん。

と出鼻を挫かれた観客たちはもう帰りたいという気持ちになるも、

その続きが気になるのも事実であり、仕方なくその場に留まる。


「中学を卒業するまでは何不自由ない生活で、

 全てが順風満帆に回っていました

 妹が生まれたりもして、私たちは幸せな家族そのものでした

 ですがちょうどその頃に父の会社で不祥事が発覚し、

 ニュースで大きく取り上げられて会社の評判はガタ落ちになり、

 業績は悪化、株価は大暴落、と見事に転落していったのです」


ああ、あの事件か。と思い出す観客たち。

たしか追い詰められた社長は金庫を持って1人どこかへ消え去り、

現在もその行方はわかっていないはず……。

とすると、彼女は数年前に倒産したあの会社の社長令嬢なのか。

それなら世間からのバッシングなりで苦労はしてきたのだろうが、

貧しい家に生まれたというわけではない。

もしや緊張で言い間違えてしまったパターンだろうか?


「父の蒸発後、私たちの生活は一変しました

 母は女手ひとつで私たち姉妹を育てようと働き始めたのですが、

 箱入り娘だった母は社会の常識というものに疎かったせいか、

 いつも仕事で失敗をしては上から注意されていたそうです

 それでも母は私たちを飢えさせまいと懸命に働き、

 なんとか3人で生きていけるだけの収入を稼いでくれたのです」


仕事でミスをして注意されるのは当たり前のことだが、

それを指摘するのは野暮というもの。司会者は会話の誘導を試みる。

観客たちはもっと彼女の家族の話を知りたがるかもしれないが、

それは追々、彼女が有名になってから他のメディアで打ち明ければいい。

今は大道寺真奈華自身の情報を優先すべきだろう。

この会場は借りている場所なのだ。不要な会話はなるべく避けなければ。


「素敵なお母様ですね

 それで、大道寺さんはどのようなお仕事をなされてきたのですか?」


「え?」


「え?」


あれ、何か変な質問だったろうか?

彼女は今、中学卒業後の話をしていたはずだ。

就労可能な年齢だし、金に困っているなら働く以外にない。

エピソードの内容はなんだっていい。

とにかく若くして働かざるを得なかったという事実を、

彼女自身の口から話してほしかったのだ。


「いえ、母は女手ひとつで私たちを育てようとしていましたし、

 私まで働いてしまったら女手ふたつになっちゃうじゃないですか

 なので私は母の意志を尊重し、働かないことに決めました

 それが私なりの最大の親孝行だと思っていますので」


なんて親不孝な女だ。

司会者は思った。

いや、観客も審査員も、ライバルの選手たちも同じ気持ちだったろう。

こんな恩知らずな人物が本日の主役だなんて、複雑な気分だ。

しかし、これは100%純粋に外見の良さだけを追求する祭典であり、

誰よりも美しい彼女の優勝を取り消すことはできないのである。




司会者は気を取り直し、話題を変えようとする。


「妹さんは今おいくつなんですか?」


「来月で10歳になります

 すごくおとなしい性格なので、

 手がかからなくてすごく助かってるんですよ」


「へえ、お利口さんなんですね

 僕にも同じくらいの娘がいるんですが、

 しょっちゅうバトルアニメの主人公の技を真似たりして、

 我が家は静まることを知りませんよ」


「賑やかそうな家庭で羨ましいです

 でもうちは電気代節約のためにテレビをつけないので、

 妹はアニメとか観たことがないんですよね

 なので学校では友達と話が合わなくて浮いてるみたいです」


「妹さんが不憫でなりません

 何か趣味とかはあるんですか?」


「趣味……と言えるかは微妙ですが、1日中ガムを噛んでますね

 食事と寝る時以外はずっとです」


「ほう?

 妹さんはガムがお好きなんですね」


「いえ、私たちがひもじい思いをしないようにと、

 5年前に母がなけなしのお金で買ってくれた物なんです

 何かを噛んでいると空腹が紛れますからね

 妹はそのガムを5年間、大事に大事に噛み続けてきたんですよ」


「え?

 あの、5年……え?」


理解が追いつかない。

同じガムを5年間……聞いただけでゾッとする話だ。

そこまでいくともう味がしないとかそういうレベルではなく、

逆に変な味がついてそうだし、不衛生なイメージしか湧かない。

その話を淡々と語るこの女はいったい……


「私は1年くらいでやめちゃったんですが、

 その代わり重要な発見をすることができました

 ガムを噛むようになってからしばらくして、

 アゴのラインがスッキリしてきたんですよ

 ほら、割り箸を噛んで小顔を目指したりとかあるじゃないですか

 それと同じ効果が私の体にも起こったというわけですね

 私はガムのおかげで噛むことの大切さに気づいたんです」


「あ、美しさの秘訣……

 そういう話を最初からしてもらいたかったんですが、まあいいでしょう

 大道寺さんはその発見を機に、この道を目指そうと決めたんですか?」


「はい、仰る通りです」


よし、軌道に乗ったぞ。

やっと観客の女性たちが一番聞きたい話に移れる。

どうすればあんな美女になれるのか、だ。




司会者は質問を続ける。


「美の道を極めるための第一歩として、

 まずはどんなことから手をつけたんですか?」


美女でない者たちが、まず何を真似すればいいのかという重要な情報だ。

それが根拠に乏しい方法であっても、彼女たちは参考にしたがるものだ。

彼女たちは美しくなるにはどうしたらいいかという気持ちだけでなく、

憧れの人物と同じ行動をしたい欲求を昇華する手段を求めているのだ。


「私は小さい頃から一重まぶたがコンプレックスだったので、

 まずはそれを二重まぶたにするところから始めましたね」


そしてこの回答である。

司会者はどうしたものかと悩み、正直な感想を述べた。


「うーん……

 いや、整形が良い悪いという話ではないんですけど、

 この場では発表してほしくなかったですね

 それを認めてしまうと、金さえかければ誰でも……って、あれ?

 親子3人で食うにもやっとの生活をしていたんですよね?

 そんな、顔面を弄れる余裕なんてなかったはずでは?」


「ええ、ですので私は母に事情を説明し、

 整形費用を確保するために仕事を増やしてもらったんです」


「なんて親不孝な女だ」


「それから私は鼻や頬骨とかも納得するまで整形を繰り返しまして、

 豊胸、脂肪吸引、骨延長など、できることは全てやってきたつもりです」


「何か努力をしてきたかのような物言いはやめていただきたい」


「その費用を賄ってくれた母には感謝しています

 今の私があるのは、全て母のおかげだと言っても過言ではありません」


「美談のように語らないでください」


「優勝賞金の9割以上は更なる改造手術に使う予定ですが、

 これまで私を支え続けてくれた母への感謝の気持ちとして、

 余ったお金でマッサージ器を買おうと思ってます」


「割に合わないですね」


「妹には新しいガムを買ってあげようと思います」


「貧しい家に生まれた彼女には強く生きてほしいです」

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― 新着の感想 ―
司会者の人同様、途中から混乱してきましたが、文章のテンポの良さに笑いました。
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