6 結果とその後の対応
「領地へ入ったな。」
今だわ!
アニュアス様の呟いたタイミングで、目を開けた。
「アニュアス様、肩を貸して頂き、有り難うございました。」
「少しは楽になった?」
「ええ。お陰様で。」
体は楽だった。それに、頭もスッキリしている。
羊を数えながら、いつの間にか眠っていたのかしら?
そんな事より、大事な話をしなければ。
「これからの予定ですが、本邸には寄らず、離れに向かいます。私は、一階の作業場で、頂いた髪の毛を使って、秘薬が使われているか調べます。結果は直ぐに出ますので、アニュアス様は、二階でお待ち下さい。」
「分かった。」
馬車が無事、離れに到着した。
「では、また後程。」
「ああ、頼む。」
侍女のサリーとモーリウスに、アニュアス様の案内を任せて、私は作業場となっている、一階の扉を開けた。
作業場には『薬の魔女』から伝授された秘薬のレシピ集や、魔女お手製の調薬器具、採取した薬草や調薬した薬等がある。
『薬の魔女』は秘薬を伝授する際、幾つかの約束事を守るよう、ラース辺境伯家に契約させている。
一つ、秘薬のレシピ、魔女お手製器具の全てを、作業場から持ち出してはならない。
一つ、作業場には、印が現れた者しか入ってはならない。
一つ、秘薬は、印が現れた者にしか伝えてはならない。
三つの内、どれか一つでも約束を破ると、『薬の魔女』から受け継いだ全ては消え、秘薬は作れなくなる。
契約を破棄されないよう、ラース辺境伯家は代々『薬の魔女』との約束を守り続けている。
私は五歳の頃、右掌にハートのような印が現れて、作業場に入れるようになった。
幼い私が扉を開けて、作業場に入って来た時、お母様はとても驚いていた。
この印は、継承者にしか見えず、作業場の扉を開ける時、解錠の役割をしている。
因みに鍵穴は『薬の魔女』によって消されているらしい。
私がドアノブを回せば、作業場へ入れる。
でも、他の人がドアノブを回しても、ノブが回るだけで、作業場には入れない。
私は作業場に入ると、秘薬の効果を調べる器具を棚から出して、作業台に置いた。
器具の外見は、占い師がよく使う、大きな水晶玉にしか見えない。
秘薬には『存在消し』のように、見た目だけでは効果が効いているのか判断出来ない薬が多い。
そんな時、この器具を使う。
自分で効果を確かめる時は、この透明な玉に手を置けばいい。
今回は、アニュアス様から貰った髪の毛を玉に置く。
玉が赤色になれば、秘薬の効果が持続中。
青色になれば、秘薬の効果無し。
「結果は……赤。『娘対応』ね。」
『娘対応』とは、何のことかと言えば、昨夜、アニュアス様と話を終えた後にまで遡る。
私を執務室に呼んだ、お父様が言った。
「客人の対応について『娘対応』か『父対応』の二択にする。指示はフローラが出すと、セバスには早馬で伝えておくから、そのつもりでいてくれ。」
「お父様、その『娘対応』と『父対応』とは何ですか?」
「『娘対応』は、アニュアス様を賓客として扱う。検査結果が秘薬の効果有り、と出た場合だ。『父対応』は、アニュアス様を要注意人物と見なして、辺境騎士団預かりにする。秘薬の効果無し、と出た場合だ。アニュアス様も従うだろう。」
早速、お父様宛には、結果報告の手紙を。
家令のセバスには、来客対応の指示を書いた手紙をしたためた。
扉を開けて作業場を出れば、近くで護衛のモーリウスが待機している。
「モーリウス、この手紙をセバスに渡して。こっちは、お父様宛だから、早馬で送るよう伝えて。」
「畏まりました。では、本邸へ行って参ります。」
モーリウスに手紙を託して、外階段で二階へ行く。
二階にはリビング、キッチン、私の個室、三階にはお母様の個室、そして客室が二部屋ある。
リビングの扉前には、サリーが待機していた。
「アニュアス様が中でお待ちです。」
「分かったわ、話が終わるまで部屋には誰も入れないで貰える?」
「畏まりました。では、何かあった時の為に、こちらをポケットに入れておいてください。」
小さなベルを、こっそり渡された。
昨夜、お父様からの聞き取りで、アニュアス様にベルを隠された話をしたから、早速対策が取られたみたい。
「有り難う、サリー。」
何もないとは思うし、今日は護身用品も持っているから大丈夫だけど、折角用意してくれたので、ベルをポケットに入れて、リビングに入った。
「アニュアス様、お待たせしました。」
「そんなに待ってないよ。フローラ、ここへ。」
ソファーに座っているアニュアス様が、隣を促してくる。
「何故、隣なのです?」
「近い方が、声は小さくて済む。それに、誰が聞いているか分からない。」
王子ならば、誰かしら信頼出来る従者を常に連れている。
けれど、今は誰もいない。
アニュアス様が、周囲を警戒する気持ちも理解出来る。
「大丈夫だと思いますが、分かりました。」
隣に座ったものの、距離が近くて、話しにくい。
「で、結果は?」
顔を覗き込んで、更に距離を縮めないで欲しい。
兎に角、落ち着かない。
「……薬の効果あり、と出ました。アニュアス様の言う通り、『存在消し』を使われた可能性は高いと考えられます。ただ、量までは分かりません。」
少量ならば、一箇月以内で確実に効果が切れる。
でも大量ならば、数年、もしくは、それ以上効果が続く可能性がある。
今のところ『存在消し』は、効果が切れるまで待つしかなく、無効化する方法は無い。
最悪の事態を想定して、他の薬で効果を打ち消すとか、無効化する方法を調べるつもりだけど、見つかるかは分からない。
「そうか。取り敢えずラース辺境伯に、虚偽罪で牢に入れられる心配は無さそうだ。」
ほっとした様子のアニュアス様。
お父様に剣を向けられた時、堂々としていたけれど、確証がなかっただけに、内心、穏やかではなかったのかもしれない。
「既に、結果報告の手紙をお父様に送りましたから、薬の効果が切れるまで、安心して領地でお過ごし下さい。」
本邸にいる家令のセバスには『娘対応』の指示を出した。
本邸に向かう頃には、アニュアス様を賓客として迎える準備を終えている筈。
アニュアス様は、一旦立ち上がると、騎士が忠誠を誓うように跪き、私の左手を取って微笑んだ。
笑顔が眩しい。
「色々と有り難う。フローラを頼って正解だった。効果が切れるまで、フローラの専属護衛騎士として行動を共にさせて貰う。」
「本気ですか?別に護衛は表向きですし、自由にお過ごし頂いて、構わないのですが」
「私がしたくてするだけだから、気にしなくて良いよ。」
私を見上げるアニュアス様。
心なしか、生き生きして見える。
王子かもしれない人に、私の専属護衛をさせるなんて、どうかと思うけれど、本人は良いって言っているし、拒絶は逆に失礼よね。
「分かりました。では、宜しくお願い致します。」
私は断るのを諦めた。
話は終わり、サリーや戻って来たモーリウスと合流して、本邸へ行く。
「「「「お帰りなさいませ、フローラお嬢様。」」」」
エントランスでは、家令のセバスや侍女達が、出迎えてくれた。
「フローラお嬢様。そちらが、アニュアス様ですね。ようこそお越しくださいました。私はセバスでございます。まさか、薬草にしか興味のないお嬢様が、男性と領地へお戻りになる日が来るとは、思いませんでした。」
黒髪を七三に分け、紺色の瞳をした四十代男性セバスが、感無量みたいな表情になっている。
背後のサリーとモーリウスは舌打ち?何故?
「セバス、これには色々あって」
「そうでしょうとも。旦那様とイヴァン様の許可無しに、フローラお嬢様が滞在する邸に、男性を滞在させる筈がありません。余程の事があったのでしょう。ですが、愛の力で二人を説き伏せたのでございますね。」
「愛?」
何故そうなった?
全く縁の無い言葉に、首を傾げてしまう。
「違うのでございますか?」
セバスもつられたのか、首を傾げている。
なかなかお茶目ね。
「いや、違わない。私はフローラに求婚したし、受け入れられもした。」
「アニュアス様!?それは」
「本当の事だよ。」
「あの、でも……。」
婚約した覚えも、実感も無いのですが?
「なるほど、それで旦那様があのような手紙を……しかし、最後はフローラお嬢様に全て委ねられたわけですね。」
セバスは優秀な家令だけど、恋愛脳だった!
きっとお父様からの手紙と私の指示から、都合のいいように解釈して、相思相愛だと思っていそう。
いや、絶対思っている顔だわ。にまにました顔しているもの。
ああ、もどかしい。
秘薬について話せれば、簡単に正しく理解して貰えるのに。
「このセバス、お二人が仲睦まじく過ごせるよう、尽力させて頂きます。ですが、ご結婚までは、くれぐれも、適切な距離をお保ち下さいませ。」
「セバス、余計な気は回さなくて良いから。」
「肝に銘じておこう。」
アニュアス様が、堂々と私の肩を抱いた。
「え?」
これは適切な距離なの?密着していますよ?
セバス、注意しないの?注意しようよ。全然離して貰えないよ。
セバスや侍女達に目で訴える。
ああっ、その生暖かい眼差し、止めて――――!!
顔が赤くなってしまうのは、皆の視線が恥ずかしいからで、アニュアス様に肩を抱かれたからでも、密着しているからでも、ましてや恋をしているからでも無い!
「ちょっと待って!皆、何か誤解しているわ。」
アニュアス様に肩を抱かれたまま言っても、全く説得力がない。
困った。
皆に相思相愛だと思われている!