4 初対面
お父様の部屋を訪ねて、話し始めて僅か数秒。
「なに!?見知らぬ男が部屋に訪ねて来た。だと?くそっ!警備は何をしていた。で、どこのどいつだ!再起不能にして、牢屋にぶち込んでやる!!」
エメラルド色の瞳をギラつかせて、モスグリーンの髪を逆立てながら憤怒するお父様は、椅子から立ち上がって剣を手にすると、凄い勢いで部屋を出て行こうとする。
流石、辺境騎士団を統べる騎士団長。動きが素早い。
なんて思っている場合ではない。
「お待ちください、お父様!」
慌てて引き止めている時、オリーブグリーンの髪をかき上げながら、イヴァンお兄様がやって来た。
「夜遅くに騒がしいと思ったら、何事です?」
「聞け、イヴァン。フローラが――――」
お父様の話を聞いて、イヴァンお兄様の飴色の瞳が、ギラッと光った。
嫌な予感がする。
「は?フローラの部屋に不法侵入者!?それは生かしておけませんね。直ぐに私も剣を取って来ます。」
嫌な予感的中。
イヴァンお兄様の腕を掴む。
「待って!話を、先ずは話を聞いて!!」
見るからに頭に血が上っている、お父様とイヴァンお兄様。
アニュアス様を討伐しようとしている。
事情を説明するまでが大変だった。
「なるほど、話は理解した。二階の客室にいるのか。それを先に言わないか。フローラの部屋へ行くところだったではないか。」
先ほどのテンションでは、行って欲しくなかったので、言わなくて良かった。
「父上、私も行きます。第二王子と名乗る男が、どんな奴か確認したいので。その前に、少々お待ちください。」
部屋を出て、戻って来たお兄様……の腰に剣!?
お父様も当然のように剣を携えている。
私の話、聞いていたよね?相手は王族かもしれないって。
思わず二人を交互に見てしまう。
「心配するな、フローラ。相手が剣を持っていると聞いたから、我々も自衛の為に剣を持って行くだけで、目的は、話をするだけだ。犯罪者ならともかく、王族かもしれない者に、こちらから剣を向けはしない。」
「ですよね。」
いくら脳筋のお父様でも、愚かな行動はしないよね。
ひと先ず、ほっと胸をなでおろす。
お父様の部屋を出て、アニュアス様のいる二階の客室へ向かった。
「中でお客様が、お待ちです。」
客室の扉前には、私達が分かるように、サリーが待機していた。
ノックをして扉を開けると、私達に気付いたアニュアス様が、椅子から立ち上がった。
お風呂に入って清潔な服をまとい、身なりを整えただけで、見違えるような美丈夫になっていた。
立ち姿は品があり、王子と言われれば、なるほど。とは思っても、記憶は蘇らない。
「ラース辺境伯、夜分、突然の訪問にも拘わらず世話になり、感謝する。困惑するとは思うが、私はフェイン国王の次男、アニュアスだ。」
お父様は、アニュアス様の姿を、じっと見つめている。
「困惑、か。確かに。貴殿とは初対面、という印象しかない。正直、貴殿の言葉を信じられない。が、娘の言葉は信じられる。娘が調べて『存在消し』の可能性ありと結果が出れば、貴殿の言葉を信じて、王族として扱い、領地での生活を保障する。だが」
アニュアス様の顔、僅か数センチ前。
お父様の抜いた剣の先が、ピタリと止まった。
「そうでなかった場合は、虚偽罪と不法侵入罪で牢に入れる。」
「構わない。私は何も嘘をついていない。」
アニュアス様は、剣を突き付けられても平然として、臆した様子は無い。
お父様ったら、何をやらかしているの――――!!
「済まない、冗談だ。」
お父様は、ふっと笑って剣を鞘へ戻した。
いやいや、お父様、絶対本気だったよね。
そんな言い訳通らないよ。不敬罪だよ。
内心、動揺していたら、今度は、イヴァンお兄様が口を開いた。
「私も貴殿を信用できない。二度とフローラの部屋に忍び込まないと約束してもらえませんか。」
イヴァンお兄様の手が、剣の柄を握っている。
客室に入室した時から、ずっと。
剣だけは抜かないで!と切に願う。
「今回は致し方なく、済まないと思っている。今後、部屋を訪ねる際は、必ずフローラに了承を得ると約束しよう。」
イヴァンお兄様と、お父様の顔が、引きつった。
イヴァンお兄様の柄を握る手に、力が入っている。
剣は、剣だけは抜かないで!
祈る、もう必死に祈った。心の中で。
「聞き捨てなりませんね。そもそもフローラの部屋に入ろうと考えないでください。」
「イヴァンの言う通りだ、婚約者でもないのに。」
良かった、剣は抜いてない。
「私はフローラの婚約者だよ。しかも今日、私達は結婚する筈だった。さっき、今日が五月十日だと知って驚いたよ。残念ながら、今はそれすら忘れているのだろうね。」
「「「え!?」」」」
忘れている、いない、のレベルを超えている。
私達家族全員、情報処理能力が追いつかない。
私が王子らしき人と婚約!?しかも今日、結婚!?
まさか。だって私、基本、薬草採取と調薬にしか興味のない、領地引きこもり令嬢よ?
それに、結婚するにしては準備が皆無だし、お祝いムードすら無い。
あと少ししたら、いつも通り普通に寝るところだった。
「質問ですが、フローラは社交シーズンでさえ、ほぼ領地で過ごしています。秘薬の納品で宮殿に訪れても、担当者以外には出会わないようにされて、そもそも王子と出会う機会がないのに、何をどうしたら婚約になるのですか?」
流石イヴァンお兄様。
私の疑問を代弁するような質問をしてくれた。
お父様も頷いている。
アニュアス様は何と答えるの?
注目する私達家族。
意味深に微笑むアニュアス様。
「ん―――……思い出せば全て分かるよ。」
あ。これ、面倒くさいって思ったな。