34 エピローグ
最終話です。
結婚して半年ほど経った、ある夜の就寝前。
いつものように、アニュアス様とベッドに座り、ヘッドボードを背凭れに話をしていた時。
突然、黒い影がベッドに飛び乗った。
「わっ!ビックリした。ロロ、どうしたの?」
「主が遊びに来いと言っている。」
ロロが私の右手に顔をすり付けて、甘えながら教えてくれる。
相変わらず可愛い。
そんなロロの姿を、仏頂面で見ていたアニュアス様が呟いた。
「どうせ、ヴィンテージワインが飲みたくなっただけだろう。」
「その通りだ!アニュアス、ワインを寄越せ。ワ、イ、ン!ワ、イ、ン!」
顔を上げてアニュアス様を見ながら、元気よくワインを連呼するロロ。
はぁ――っと、溜息を吐くアニュアス様。
「分かった、用意しよう。ったく、その神出鬼没な所は、何とかならないのか?」
「それ、今更言う?言っておくけど、二人が愛し合っている時に邪魔する程、我は野暮ではないし、それなりに弁えて来ているんだぞ!」
「それで弁えているつもり?もう少し何とかならないのか?」
アニュアス様に対して、ロロは何も答えず、小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、軽やかにベッドから飛び下りた。
「じゃ、ワインよろしく。主の家に来る日が決まったら呼んで。」
要件を伝え終えると、ロロは物陰に入って姿を消した。
さっきまで賑やかだったせいか、二人きりになると、やけに寝室が静かに感じる。
「ロロを見ていたら、私もフローラに甘えたくなってしまったよ。」
そう言ったアニュアス様の雰囲気が、ロロと話していた時とは打って変わって、熱っぽくなった。
自然な流れで、肩を抱き寄せられて、唇が重ねられた。
益々熱を帯びる空色の瞳から目が離せなくて、見惚れていると、ふわりと微笑まれた。
「フローラ、可愛い。」
「っ!」
甘えたいと言われたけれど、とても言葉には出来ないくらい、私の方が甘やかされてしまった。
数日後。
ロロの案内で久々にドリー様の家を訪問した。
「もう、待ち遠しくて。」
ドリー様は、ヴィンテージワインを受け取ると、毎回、少女のように目を輝かせて喜んでくれる。
早速ドリー様は、私達に薬草茶と茶菓子を出すと、向かいの席に腰かけた。
そして、デキャンタに移したワインをグラスに注いで、水のような勢いで飲み始める。
少し分けて貰ったワインを飲み終えたロロは、私の膝に乗って、大人しく目を閉じている。
私はロロを撫でながら、出されたお茶を頂いた。
とても優しい味。
騎士団に納品する薬では使わない薬草が使われている。
ドリー様の淹れる薬草茶は、飲む人に合わせて、何かしらの効果を持たせている。
アニュアス様は、疲労回復。
私の薬草茶はリラックス効果、だけではない気がする。
「美味しいです。これは、どんな効果のあるお茶ですか?リラックス効果は分かるのですが。」
「流石フローラちゃん。よく勉強しているわね。これは、ロロから報告を受けて、妊婦に優しいお茶にしたのよ。」
「そう。フローラのお腹に、赤ちゃんがいるからね。」
「「え!?」」
思わず出た声が、アニュアス様とハモった。
それから季節は移り変わって、時が経っても、魔女様との交流は続いている。
私は相変わらず薬草採取をして、調薬をしながら、時々公務の日々を過ごしている。
午前中は大体、森で薬草採取をしている。
今日も天気が良く、薬草採取日和。
森の何処で何が採取出来るのか、もう大体把握している。
採取がひと段落して立ち上がった時。
突然、背後から何者かに抱きつかれて、いつかのように耳元で囁かれた。
「私が誰か分かる?」
「いや、分かるでしょ。」
アニュアス様にツッコミを入れる声に、ふふっ、と笑ってしまう。
「おい。夫婦のスキンシップを邪魔しないでくれないか?」
「なら、せめて僕の見えない所でしてください。あと、父上こそ薬草採取の邪魔です。」
「私は任務が忙しくて、家族と過ごせる時間が短い。久しぶりに昼食を一緒に過ごせる時間が取れて、浮かれただけだ。大目に見てくれ。」
「ちょっ、父上!子供扱いしないでください。」
息子のマルロスは、アニュアス様と顔形はそっくりで、私と同じ翡翠色の瞳と黄緑色の髪をしている。
アニュアス様に頭を、わしゃわしゃと撫でられて、文句を言いながらも、久しぶりに構って貰えて嬉しそう。
「仕方ない。そんなに嬉しいなら、昼食に付き合ってあげます。」
最近、背伸びしたいお年頃のマルロスは、髪を整えながら、片手に薬草袋を持って、離宮へと歩きだす。
マルロスは幼い頃から薬草に興味を示して薬草採取を手伝いたがるので、ほぼ毎日私と一緒に森へ通っている。
出来れば調薬もさせてあげたい。
ただ、こればかりは私が決められない。
マルロスは、幼い頃の私と興味の示し方が似ていた。
だから、継承者に選ばれるかもしれないと思っていた。
けれど、今まで男性が継承者に選ばれた歴史は無い。
新たな継承者について、ドリー様やロロは、まだ何も言わない。
マルロスは作業場に入れない理由を七歳頃から、ずっと知りたがっていた。
「十二歳になれば、継承者について正しく理解出来るだろう。」
アニュアス様と話し合って、マルロスには「十二歳になったら理由を話す」と伝えた。
そして、数日前。
十二歳の誕生日を迎えたマルロスに、魔女様や継承者について話したところだった。
ただ、私達がドリー様に会えたり、ロロと話せる事は教えられない。
昼食を食べる為、皆で離宮へ戻っていた時、少し前を歩くマルロスの右掌が見えて、思わず二度見した。
「マルロス!その右掌の印。いつから出たの?」
「ん?掌?何だこれ。」
立ち止まったマルロスが、右掌を見て驚いている。
アニュアス様が、マルロスの右掌をじっと見て、眉間に皺を寄せた。
「何も見えないぞ。」
「父上、老眼には早いですよ。」
「絶対、老眼ではない。視力には自信がある。」
護衛もいるので、二人にだけ聞こえるよう声量を落とした。
「これは、継承者にしか見えない、継承者の印です。」
「継承者の印!?つまり、私は仲間外れか。」
アニュアス様が拗ねている。
可愛らしい。
「心配しないで下さい、父上。僕には婚約者がいますから、母上は父上に譲ります。」
昨年、マルロスは、一つ年下のローズ嬢と婚約した。
ローズ嬢は、イヴァンお兄様とカメリアの娘で、赤い髪と緑の瞳をした、明るくて愛らしい令嬢だった。
マルロスは、ローズ嬢に一目惚れしたらしく、毎月の交流を楽しみにしている。
「マルロスに譲られなくても、フローラは元々私のものだよ。」
アニュアス様の独占欲が嬉しいなんて、私も相当アニュアス様が好きだと自覚してしまう。
「でも、母上にはこれから学ぶ事が沢山ありますので、その時は邪魔しないで我慢して下さいね。あ、でも父上は騎士団総長で忙しいので、そんな暇もないですね。」
「誰に似て、そんなに生意気になったのか。」
「どう考えても父上では?」
「私はそんなに……いや、表には出さなかったが、心の中は似たようなものか。」
二人の会話に思わず、ふふっと、また笑ってしまう。
「父上のせいで、また母上に笑われましたよ。」
「いや、あれは愛しさが溢れているだけだよ。」
「そうよ、マルロス。あまりにも二人が愛しくて、幸せなのよ。」
「ふ~ん、母上は、簡単に幸せになれて、良いですね。」
「私も幸せだよ。マルロスは幸せではないのか?」
アニュアス様に聞かれて、マルロスが首を傾げた。
「う~ん、普通?」
「それは幸せね。」
「だな。」
アニュアス様と頷き合うけれど、マルロスには理解出来ないようで、再び首を傾げていた。
「あまりゆっくりしていると、心配してサリーが迎えに来そうだ。」
アニュアス様が手を繋いで歩いてくれる。
マルロスは当分前から「もう子供じゃない」と恥ずかしがって、手は繋がず、採取した薬草を護衛のモーリウスと共に運んでくれる。
気付けば黒猫のロロが足元にいて、木の上から白梟のムーが私達を見守っている。
大切な人達と共に過ごせる日常や、愛する人が存在してくれる奇跡が、いかに幸せで尊いか。
後悔した私達は知っている。
だから、この先、二人で過ごす人生全てが、愛おしく思える。
柔らかな木漏れ日が降り注ぐ森の中、前を歩くマルロスに気付かれないよう、こっそりとアニュアス様と口づけを交す。
そして、悪戯が成功した子供みたいに微笑み合った。
最終話までお付き合い頂き、ありがとうございました!
また、評価して下さった方、ブックマークして下さった方、リアクションして下さった方、ありがとうございます。とても嬉しいです。
最後に、読んでくださった全ての皆さまに感謝致します。
少しでも、楽しんで頂けたなら幸いです。




