33 結婚式
太陽の眩しい七月。
今日、私はアニュアス様と、宮殿の敷地内にある教会で、結婚式を挙げる。
一生に一度の大事な神前の儀式とあって、王家では、お清めの為に、お風呂から入り直さなければならない。
だから、朝早くから準備に追われる羽目になる。
肌は磨き上げられ、香油で全身マッサージをされて、リラックスして、眠りそうになった所で、無情にも起こされる。
そして、一人では着られない純白のドレスを数人がかりで着せられて、メイクを施され、ヴェールとティアラを付けて完成。
「お嬢様、お綺麗です。やっとこの日を迎えられて、本当に良かったです。」
サリーの目には、涙が浮かんでいた。
「有り難う。サリーには、心配をかけてしまったわね。ドレスも回収されなくて良かった。」
結婚式が取りやめになった場合、ドレスはデザイナーが回収して、別のドレスにリメイクされる。
幸い、私のドレスは、アニュアス様が暗殺された翌日に『甦りの薬』を使った影響で、存在を忘れられて、デザイナーに回収されず、宮殿の衣装部屋に放置されていた。
もし、デザイナーに回収されて、別のドレスにリメイクされていたら、ドレスを作り直さなければならないので、本当に安堵した。
緻密な刺繍があしらわれた純白のドレスは、デコルテを大胆に出したデザインながら、品を感じさせる。
準備が出来た頃、部屋にアニュアス様が迎えに来た。
王国騎士団の白い正装を纏ったアニュアス様は、顔もスタイルも良いのだから、目を見張る程麗しい。
辺境騎士団の青い正装は、アニュアス様の色味に合って似合っていたけれど、王国騎士団の金糸がふんだんに使われた豪華な白い正装も、赤が差し色に使われて、目を引く素敵さだった。
これは、誰でも見惚れてしまう。
実際、サリー以外の侍女達は頬を赤らめて、アニュアス様に見惚れている。
アニュアス様は、そんな熱視線に慣れているのか、気にした様子もなく、真っ直ぐ私だけを見つめていた。
「似合うとは思っていたが、想像していたよりずっと美しい。困った。男どもには見せたくない。」
アニュアス様の無駄な心配に、笑ってしまう。
「有り難うございます。アニュアス様こそ素敵過ぎます。こんなに美しい男性を見たことがありません。」
「フローラに見惚れて貰えるなら光栄だよ。では、行こうか。」
アニュアス様が私の腰に手を回して、退室を促す。
けれど、時計を見れば、まだ三十分も時間に余裕がある。
「会場へ向かうには、まだ少し早いのでは?」
「直ぐ近くに控え室があるから、そこで待機する予定だよ。」
「そうだったのですね。」
アニュアス様にエスコートされて、控え室へ向かう。
歩きながら、式の手順をお浚いする。
入場したら、祭壇前まで歩いて、神父様の前で愛を誓う。
その後、結婚誓約書に名前を書いて、誓いの口付けを……って口付けって具体的にどうするの?
頬やおでこは分かる。障害物がないから。
でも、唇に口付けするには鼻がある。
正面から顔を近付けたら、鼻がぶつかるのは確実。では、どう連携して避けるの?
それに、目を閉じている人を見たことがあるけれど、最初から閉じていたら唇の場所が分からない。
閉じるタイミングで何か合図があるの?
分からない……と言うか、記憶を思い出しても、口づけした事実はなかった。
以前、アニュアス様に「口づけした仲」と言われたけれど、あれは、やっぱり冗談だったのね。
それはそうと、アニュアス様に聞いておかなければ。
「あの」
「ここへ入るよ。」
質問しそびれた。
私ったら、何てタイミングが悪いの。
だけど、式の前には質問しておかなければ。
焦っている間に、アニュアス様自らが扉を開けてくれる。
あれ?おかしい。こういう時、護衛騎士が扉を開けてくれる筈なのに。
周囲に目をやれば、ひと気がない。
人払いされている?
どうしてなのか疑問に思いながら、開いている扉の先を見れば、控室ではない。
薔薇園が見渡せる広いバルコニーだった。
「お、来た、来た。」
聞き覚えのある声。
「ロロ!?と、アニュアス様の使い魔?」
正面に見えるバルコニーの手摺に、ロロと白い梟がいる。
「ムーだ。私が彼らを呼んだ。私の誓いを見届けて貰いたくてね。」
「式の前に何を誓うのです?」
「何だと思う?」
アニュアス様は意味ありげに私の両手を取ると、真剣な表情で、真っ直ぐに私を見詰めた。
え?私?使い魔に向かって誓うのではないの?
「何、でしょう。」
「私、アニュアス・ファースは、いつ、いかなるときも、生涯、フローラを愛し続けると誓うよ。」
「え!?今、それを言うのですか?」
「そうだよ。」
「何故、今?」
アニュアス様は微笑んだ後、直ぐに真剣な表情に戻って、甘い空気まで上乗せし始めた。
心境が全く分からない。
「私は一度死んだが、神に会った記憶も無いし、救われた覚えも無い。救ってくれたのはフローラで、私が信じられるのは、フローラだけだ。だから、神よりも先にフローラに誓いたかった。そして、私達の事情を知る使い魔に、見届けて貰おうと思った。」
「そうでしたか、ありがとうございます。」
言われてみれば、私も目に見えて信じられるのは、アニュアス様や家族、そして、ドリー様やロロ達になる。
だから、私もアニュアス様に誓いたくなって、真っ直ぐにアニュアス様と視線を合わせた。
「私、フローラ・ラースも、いつ、いかなるときも、生涯、アニュアス様を愛すると誓います。」
「ああ。有り難う、嬉しいよ。」
アニュアス様の蕩けた微笑みが眩しくて、心臓に悪いのに、見ていたいとも思ってしまう。
「フローラ、誓いの口付けをしても?」
「っ!その事ですが、どうすれば良いですか?色々と分からなくて。」
「大丈夫、難しくない。そのまま私の目を見ていて。呼吸は鼻で。」
「はい。」
言われた通り、アニュアス様の空色の瞳を見詰めながら、鼻呼吸を心がける。
これは凄く恥ずかしい。
心臓のドキドキする音が、アニュアス様に聞こえてしまいそう。
私の手を取っていたアニュアス様の両手が、流れるように移動して、私の二の腕を包むように添えられた。
ぴくっ、と緊張で肩が揺れてしまう。
熱を帯びた空色の瞳が私の視界を覆い始める。
どこを見ているのか分からないほど、アニュアス様の顔が近付いて……。
!?
予想以上に柔らかい唇の感触。
驚きで固まっている間に、チュッと音がして、唇が離れた。
「物足りない。やり直そうか。」
「え?」
顔の直ぐ近くで囁かれて、熱くなった頬が余計に熱くなる。
「やり直さなくて良い!二人の誓いは我らがしっかり見届けた。アニュアス、フローラを泣かせたら、許さないぞ。」
ロロがバルコニーの手摺を尻尾で、ペシペシと叩きつけながら、アニュアス様を睨んでいる。
「ロロ、心配無用だ。一生フローラとの幸せな姿を見せつけてやるよ。」
「あ、そう。」
ロロはアニュアス様に向かって、フンと鼻をならして、今度は私に目を向けた。
「フローラ。ムーが、アニュアスを宜しく、だって。」
ムーは話せないので、ロロが伝言してくれる。
バルコニーの手摺に止まっているムーが、じっと私を見ていた。
「ムーにも心配されないように、アニュアス様と支え合って幸せになるから、見守っていてね。」
話しかけると、ムーが翼を広げた。
「了解。一生、見ているって。」
ロロの通訳に、しっかりと頷く。
「使い魔にも見届けて貰ったし、そろそろ式場へ行こうか。」
「はい。」
再びアニュアス様にエスコートされて、教会へ入場した。
参列者はお互いの身内と王国騎士団の団長だけ。
神父様の進行で、神様の前でも愛を誓い合って、指輪を交換した。
そして、二度目になる誓いの口付けは、さっきよりも少しだけ長かった。




