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「継承者」の辺境伯令嬢が自称第二王子と結婚するまで  作者: アシコシツヨシ


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23 フローラの寝顔を眺めながら(アニュアス視点)

アニュアス視点です。

『薬の魔女』ドリーが、茶に薬を盛ったせいで、フローラは、頭痛で辛そうにしながらも、意識を手放してしまった。


「おい。何か盛るなら、一言あっても良いだろう!」

「確かに言い忘れていたわ。でもこれで、手っ取り早く記憶を取り戻せるわ。普通に思い出していたら、早くて一年はかかるのよ。フローラちゃんと領地で暮らせるのも、半年が限界でしょう?」

「それは確かに。」


 一応、父上と叔父上には王子と認められている。

 ただ、待つしか出来ないとなれば、宮殿に呼び戻されるだろう。

 部屋に閉じ込められ、使い魔のムーを使って、何かしら仕事をさせられる可能性は高い。


「取り敢えず、フローラちゃんをベッドに寝かせてあげましょう。」


 ドリーが、背後にある扉を開けると、そこは客室だった。

 この状況を見越していたのか、準備が良すぎる。

 力の抜けたフローラを横抱きに抱えて、客室へ運んでベッドに寝かせた。

 近くにある椅子をベッド傍まで引き、それに腰掛けた。


「起きるまで暫くかかるけれど、お茶でもして待つ?」

「いや、起きるまで傍についている。」

「そう。起きる頃に、また来るわ。」


 ドリーが退室して、フローラの寝顔を見つめる。

 今はそんなに辛くなさそうだ。

 そっと頬を撫でる。

 可愛い。


 不謹慎にも、無防備な姿に、ちょっかいをかけたくなる。

 駄目だ。フローラは今、私のせいで、こんな状況になっている。

 殺された私を生き返らせたから……。


「そんなに、私を想ってくれたのか?」


 聞こえていないと分かりながら、思わず問いかけてしまった。

 私自身、暗殺された日の出来事は、まだ何も思い出せない。


 二年前にフローラと婚約して、毎月一回、ラース辺境伯領に通っていた日々を思い出す。


 第二王子の私は、宮殿に出仕する腹黒い貴族と腹黒い遣り取りをしながら、敵を作らないよう、王族らしく振る舞わなければならず、常に気を張っていた。


 王国騎士団内では、剣術に長けた王弟の息子であるバルロッソの方が、第二王子より次期総長に相応しい。との声が大多数だった。

 その意見は尤もだと自覚していた。


 だが、総長は、三家の貴族から輩出される『継承者』と関わる仕事が含まれている。

 彼女達の存在は、国王と王妃、そしてその直系にしか知らされない。

 それ故、直系の私は辞退が許されず、次期総長として総長の叔父上から学び続けるしかない。


 次期総長をバルロッソに譲れたなら、どれだけ気楽かと何度思ったか知れない。

 そんな息苦しさを抱えながら、日々、総長補佐の任務にあたっていた。


 婚約すると、毎月一回は、婚約者と交流しなければならないと決まっている。

 領地にいたいフローラの意見を尊重し、私がラース辺境伯領へ通うと決めた。


 ラース辺境伯領でフローラと過ごしていると、その時だけ、私は王都での息苦しい生活を忘れられた。


 森の美しい景色に癒されるだけでなく、フローラが継承者として真面目に薬草採取に取り組む姿。

 森を散策する時に見せる無邪気さや、動物達に向ける優しい眼差し。

 淑女らしい振る舞いを分かった上で、淑女らしく振る舞わない遊び心。


 フローラを知る度に、フローラの好感度は上がり、私に向けられる表裏の無い無垢な笑顔は、今まで会った、どの令嬢よりも眩しく感じた。

 フローラの前では心から笑え、つい、気が緩んで感情のままに振る舞ってしまう。


 フローラは、王子らしくない私の言動を全く気にせず、ただ、気の置けない友人のように(と言っても、心から友人と呼べる人間は、一人もいないが)自然体で接してくれた。

 気付けば、フローラは唯一、心を許せる異性になっていた。


 ある時、ふと横顔を見て、無性に触れたいと思うようになった。

 それは、頭や髪だったり、頬だったり、指だったり、交流する度に、その思いは強くなって、実際、葉っぱがついているとか、指が冷えているとか、何かと理由をつけて触れるようになった。


 触れると、余計にもっと触れて、近づきたくなってしまう。

 それは、好意のある相手にする行為で、私が求める都合の良い関係では、しない行為だった。

 その時私は、フローラが好きになってしまったのだと自覚した。


 だが、自分から都合の良い関係を提案した手前、好意を隠したまま、フローラと交流を続けていた。

 好意を伝えなくても、私達は五月に結婚すると決まっているし、イヴァン以外に警戒する令息は他にいない。


 フローラはいずれ私のものになる。

 とは言え、エスコート以外では、フローラと触れ合える仲ではない現状に、物足りなさを感じ始めていた。


 毎月フローラは納品で宮殿に来ているが、一度も私に面会申請をしたことがない。

 婚約の時「用事がある時だけ会えば良い」と私が言ってしまったせいだ。


 総長の叔父上が、納品に来たフローラと話をしたと聞いただけで、内心、叔父上に嫉妬した。

 月一回の交流だけでなく、納品の時にも会いたいと思うものの、任務を抜けてまで面会する表向きの理由が思い付かず、会えず仕舞いになってしまった。


 年が明け、四月になった。

 王家主催の夜会が開かれ、十五歳になったフローラの社交デビューと、私との婚約が発表された。

 私が贈った白いドレスを纏ったフローラは妖精かと思うほどに美しく、令息の視線を釘付けにしていた。

 その時、私は、誰一人フローラに近づけさせないよう、絶対に横を離れまい。と心に決めた。


 不意にフローラが私を小声で呼び、何か言いたそうに上目遣いしてくる。

 その表情が愛らしくて堪らない。

 少し屈んでフローラに顔を寄せれば、私の耳元に口を近付けて来た。

 フローラからする(ほの)かに(かぐわ)しい香りと、耳にかかる吐息にドキリとする。


「あの、何も指示がないのですが、どうすれば良いですか?」


 フローラは、婚約者として仲良しアピール任務をしなければと思っているらしいが、この状況を見れば、誰もが仲睦まじいと確信するだろう。


「もう十分だよ。」


 私の返事に、訳が分からない顔をして、私を見つめるフローラが可愛くて、口付けしたくなるのを堪える。

 彼女は婚約者という任務のつもりで私の隣にいる。

 私が都合の良い関係を求めたから、それに従っているだけで、私が好きなわけではない。

 それで良い、寧ろ都合が良いとさえ思っていたのに、今はそれがもどかしくて仕方がない。


 やれやれ。私が苦手としていた好意の重たい人間に、私自身がなってしまった。

 どうやって私を好きにさせようか。

 急ぎすぎて心理的距離を置かれないようにしなければ。


 私はハンターのような心持ちで、フローラとの距離を図りつつ、交流を続けていた。


 十二月から二月は、雪の影響で、ラース辺境伯領には通えない。

 三月の交流日まで、本心を甘い言葉で綴った手紙を送るしか出来ない。

 相変わらず、手紙の返事は近況報告だったが、それでも『会う日を楽しみにしています』という文面に喜びを禁じ得なかった。


 年が明けて雪が溶け、漸く三月になった。

 久しぶりにラース辺境伯領の離れへ行き、フローラと昼食を食べながら、結婚式に着る衣装について話をしていると、まるで本当に想い合っている婚約者同士のようで、心が弾んだ。


 もしかして、フローラも私を想っているのでは?

 期待するが、確信は持てない。


 そして、結婚式の十日前。

 フローラは、納品とドレスの試着で宮殿に来る予定になっていた。

 その時に面会申請があれば、フローラは、私に好意があると言えるだろう。


 私は期待していたが、フローラは納品とドレスの試着を終えた後、いつも通り領地へ戻ってしまった。


 このままでは駄目だ。

 今後も誤解されたまま、他人行儀なままでは、我慢ならない。


 フローラに触れたい。心から好かれたい。

 フローラの全てを私のものに。いや、私だけのものにしたい。

 そして、私を受け入れて欲しい。

 結婚を機に表面上ではなく、もっと深い仲になりたい。


 次に会える日は結婚式当日だ。

 会ったら最初に気持ちを伝えよう。

 私は決意した。


 結婚式二日前の夜。

 騎士団の仕事が終わって自室に戻る為、詰め所を出て、回廊を歩いていた。

 使い魔の警戒する鳴き声が聞こえて、剣を抜こうと柄に手を掛けた時、死角から現れた何者かに背後から胸を刺された。


 振り返って顔を見た。

 誰だ?知らない奴だ。


 側近の騎士が応戦するが、手練れらしく、苦戦しているようだ。

 膝から崩れ落ちるように倒れながら、上空に視線を向けた。

 使い魔が旋回している。


 意識が朦朧とする中、後悔が押し寄せる。

 こんな事になるなら、さっさと気持ちを伝えて、思う存分抱き締めて、口付けて、愛を囁けば良かった。

 フローラ、好きだ。傍にいたい。ずっと……。


 思い出した!


 結婚式の二日前。

 私はあの夜、確かに背後から、何者かに刺された。

 フローラに何も伝えられず、後悔した。


「フローラ……。」


 無性に名前を呼びたくなって、口にしながら、そっと頬を撫でた。


「アニュアス様……」

「私はここにいるよ。」


 寝言で私を呼ぶフローラに呼び掛けた。

 フローラの目が開いて、私の顔を見た瞬間、フローラが飛び起きた。


「アニュアス様、生きてる……」

「ああ、生きているよ。」


 しっかりと頷けば、フローラの目からポロポロと涙が溢れだして、驚いた。


「アニュ……っ、良かっ、うう…っ――――」


 私を見たフローラが、どれだけ安堵したかが伝わってくる。


「私は、ずっと傍にいるよ。」


 こんなにも私は求められていたのか。

 喜びと愛しさで、泣きじゃくるフローラをそっと抱き締めた。

 もう離れない。離しはしない。


 今度こそフローラに気持ちを伝えよう。

 二度と後悔しないように。

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