21 散策
婚約中、毎月一回交流する決まりでも、王家主催の行事や重要な任務があれば、そちらが優先されて、交流は中止となる。
そんな時は、アニュアス殿下から手紙が来た。
案外マメね。
私は放置で構わないのだけど、王族は貴族の目があり、そうはいかないらしい。
自室で封を開けて、手紙を一、二行読んで、ばっ、と顔を上げた。
「これは、送る相手を間違えたのでは?」
何度も確認したけれど、やっぱり私宛。
愛しの~とか、妖精のような愛らしさ~とか、兎に角、甘い台詞が最後まで永遠と綴られている。
アニュアス殿下に何があったの??
頭でも打った?
礼儀として、お返事は書くとしても、この甘い言葉に返す言葉が見つからない。
「お手紙ありがとうございます、こちらは薬草が育ち盛りで採取に大忙しです、と。」
甘くも何ともない、当たり障りのない手紙を書いて送った。
翌月の交流で、アニュアス殿下が領地へ来た時、私は届いた手紙を見せて聞いた。
「この頂いた手紙ですが、送る相手をお間違えでは?」
「それは無い。婚約者らしい振る舞いとして、あれくらい普通だよ。」
至極当然という表情で言われた。
どうやら、婚約者に送る普通の手紙は、永遠と甘い言葉を連ねまくるらしい。
「きゃあぁぁぁ、もう、何なのこれは~!!」
手紙が来る度に、顔から火が出る思いをさせられるとは、想像もしていなかった。
因みに、手紙の内容が本当に普通なのか、イヴァンお兄様に見て貰ったら、眉間に皺を寄せて破られそうになった。
折角貰った手紙を破られたくはないので、それ以来、アニュアス殿下からの手紙をイヴァンお兄様には見せていない。
森の散策や継承者の役割にしか興味の無かった私も、家族以外の異性からプレゼントや手紙を贈られて、嬉しくない訳がない。
それにアニュアス殿下は、誰も行きたがらない森での薬草採取や散策に興味を示して、積極的に付き合ってくれた。
私の中で、アニュアス殿下の好感度が上がるのも、当然だった。
黒猫のロロがやって来たのは、二回目の交流で森を散策している時だった。
お母様から聞いた話によれば、私が生まれる前からロロは領地にいたのだとか。
ロロは、甘えん坊で、とても人懐っこい性格をしている。
けれど、アニュアス殿下には、近寄る気配すら見せない。
心なしかアニュアス殿下が、ちょっと落ち込んでいるように見える。
「動物には好かれる方だと思っていたが、駄目だな。」
「ロロは昼食時に離れへ来ますから、宜しければ昼食を離れで取りますか?一緒に過ごせば、きっとロロも慣れますよ。」
「では、そうさせて貰おうか。」
ロロが切掛けで、アニュアス殿下は昼前に領地へ来ると、本邸ではなく、私がいる離れへ直接訪れるようになった。
そして、一緒に離れで昼食を食べてから、森を散策する。
それが、交流の定番となった。
ある時は、貴重な薬草が自生する、穴場の湖を案内した。
「こんな場所があったとは。水の透明度が高くて、とても綺麗だ。静かなのも良い。」
良かった。穏やかな表情をしている。きっと今の言葉は嘘ではない。
誰もここまで歩きたいなんて言わないから、喜んで貰えて嬉しい。
アニュアス殿下なら、他の場所も楽しんでくれるかもしれない。
秋には、おいしい柿のなっている場所へ案内した。
「アニュアス殿下、柿が食べごろですので、食べましょう。」
「食べましょうって、ここでか?」
「はい、散策中の喉が渇いている時が、一番おいしいのです。」
護衛のモーリウスに頼んで柿を収穫してもらい、持参していた布で拭いて、アニュアス殿下に手渡す。
「ここは宮殿でも、茶会でも、夜会でもありませんし、誰も見ていないので、気楽でしょう?」
淑女らしさなんて気にせず、柿にかぶりついた。
甘味が口いっぱいに広がって幸せ。
目を丸くして、私を眺めていたアニュアス殿下も、柿にかぶりついた。
「美味い!甘くてみずみずしい。」
余程気に入ったのか、モーリウスに何個も取らせて夢中で食べている。
その姿が子供みたいで、思わずクスリと笑ってしまった。
私達は交流で穏やかな時間を過ごし、普段は用事がなければ会わない。
だから納品で宮殿に行っても、アニュアス殿下に面会申請をせず、納品が終われば領地へ戻る。
この割り切った関係に私は満足していたし、結婚後も領地で暮らせて、今と変わらない生活が保証されるなら、それ以外に何も望みはなかった。
十五歳の成人を迎え、王家主催のデビュタントに参加するため、王都の邸宅に到着すると、アニュアス殿下からドレス一式が贈られていた。
我が国のデビュタントで、女性のドレスは白と決まっている。
ドレスのデザインや、アクセサリーは自由で、婚約者がいる人はアクセサリーに相手の色を身に付け、相手を探している独身者は、クリスタルのような無色を身に付ける。
贈られたドレスや靴と一緒に、アニュアス殿下の瞳と同じ、空色の宝石があしらわれたネックレスがあった。
「愛されておりますねぇ。」
私の首元にネックレスをあてがって、微笑むサリー。
アニュアス殿下は婚約者として、やるべき任務を真面目にこなしているだけよ、という言葉を飲み込んで「有り難いわね」と微笑み返した。
そして、デビュタント当日の夜会。
国王陛下より、アニュアス殿下との正式な婚約と、来年五月頃に結婚式を行う、と発表された。
アニュアス殿下の思惑通り、私の首に輝く空色の宝石は人々の注目を集めて、令嬢からは羨望の眼差しを向けられた。
わざと周囲に見せびらかすように、私の腰を抱き寄せたアニュアス殿下が甘く微笑んでくる。
「綺麗だよ、フローラ。」
今夜のアニュアス殿下は、相思相愛をアピールする任務に余念がない。
私も婚約者として、何か協力すべきよね。
「有り難うございます。殿下の贈ってくださったドレスのお陰です。それで」
声を潜めると、アニュアス殿下が耳を近付けてくれる。
「指示を頂いていないので、どうしたら良いのか分からないのですが。」
「大丈夫、フローラは、このままで十分だよ。」
「?」
よく分からないけれど、周囲は相思相愛だと良い感じに勘違いしてくれたらしい。
正式な婚約発表後も私達は変わらず、離れで昼食を共に取って、森を散策する交流を続けていた。
春には、花を眺め、鳥や小動物の赤ちゃんを観察した。
夏は木苺をつまんだり、緑の深い木陰や湖で涼んだ。
秋には柿を食べたり、栗を拾って、料理人にお菓子を作って貰った。
昼食を食べながら、結婚式のドレスについても話し合った。
流石に冬は雪が降るので、アニュアス殿下も領地には来ない。
相変わらず甘い言葉が綴られた手紙が送られるけれど、やっぱり慣れなくて顔から火が出てしまう。
結婚したらアニュアス殿下が領地へ通う理由も、手紙を書く必要性もなくなる。
そうなったら、何だか寂しいかも。
一人、自室を見まわした。
恥ずかしいと思いながらも、素敵だし、選んでくれた労力が単純に嬉しくて、空色の小物を部屋に飾り続けた。
その結果、婚約前は寝るだけで、最低限の家具しかない殺風景だった私の部屋が、空色の小物達で華やかに彩られている。
書棚の引き出しは、アニュアス殿下に貰った甘い言葉が綴られた手紙で、いっぱいになっていた。
『また暖かくなったら森へ行きましょう。ロロとも仲良くなれると良いですね。』
アニュアス殿下のくれた空色の硝子ペンで手紙の返事を書いて、窓ごしに雪の降り止まない空を見上げた。
次はいつ会えるかしら。
会える日を心待ちにしているなんて、自分でも意外だった。




