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2 自称第二王子

 フェイン王国の次男、アニュアスと名乗る男性は言う――――

 今朝起きたら、侍従や護衛騎士、兄上からも忘れられていた。

 事情を話そうにも、聞く耳を持たれず、不審者として拘束されそうになり、咄嗟に剣だけ持って、着の身着のまま、宮殿を脱出した。


 金を持ち出す余裕もなかったから、何も買えない。

 知人の邸宅を訪ね回ったが、全て門前払い。

 王都を歩けば、顔見知りの騎士に『剣を盗難しただろう』と絡まれる始末だ。


 誰も私が誰だか分からない。で、思うところがあって、夜まで身を隠し、ラース辺境伯家の邸宅に忍び込んだ。

 まともに訪問しても門前払いは分かり切っていたからね――――


 にわかには信じがたい。

 けれど、実際に、私も彼が誰なのか、分からない。

 もし、この話が事実ならば、大変な事態が起きている事になる。

 もっとよく話を聞かなければ。


「そのような格好をされている理由は、分かりました。では、お父様ではなく、私の部屋に不法侵入するほどの思うところ、とは何ですか?」


 話ならば当主であるお父様にすればいい。


「誰も私が分からない。その原因は、何者かに『存在消し』を盛られたのでは?と考えた。それで、秘薬を作っているフローラに会おうと決めた。」

「!!『存在消し』をご存じなのですね。」


 『存在消し』は、ラース辺境伯家の先祖が『薬の魔女』から調薬技術を伝授され、代々女性が受け継いできた秘薬の一つ。


 記憶や認知機能に影響を与えるので、秘薬を使用した場合、その人が誰なのか人々は認知出来ない。

 例え本人を証明する物的証拠が目の前にあっても、誰も見つけられず、その人に関する出来事も思い出せなくなる。


 『存在消し』は主に、王族がお忍びで出かける際に使われると聞いている。

 母亡き今、『存在消し』等の『薬の魔女』から伝えられた秘薬を作れるのは私、フローラだけ。

 その事実を知るのは、ラース辺境伯家と王家、他の魔女から伝授された技術を受け継ぐ、マーレイ公爵家とシーン伯爵家の四家だけ。


 事実を公にしない理由は、大昔に魔女が国を去るきっかけとなった、大規模な魔女狩りの再来が起きる可能性があるからに他ならない。

 その為、秘薬の存在は秘匿され、秘薬の納品は王家のみと決まっている。


 マーレイ公爵家とシーン伯爵家は、私が秘薬を作れる事実を知っている。

 けれど、どんな効果のある秘薬を作っているのか、までは知らない。

 知るのは王家のみ。

 秘薬の使用は、国王陛下が認めた者以外、許されておらず、使用者に秘薬の出所は伝えられない。


 アニュアスと名乗る男性は、私が『存在消し』を作っていると知って、ここへ来た。

 彼が第二王子かは分からないけれど、王家の誰かである可能性は高い。


「先ずは、私が作った薬が使われたのか、調べてみましょう。残念ながら『存在消し』か、までは調べられませんが、王家に納品している薬で、認知と記憶の両方に作用する薬は『存在消し』だけなので、私が作った薬が使われていると分かれば、『存在消し』で間違いないでしょう。」


「どれくらいで結果が出る?」

「そうですね……調べる道具は、ラース辺境伯領にあります。明朝、領地へ行って調べた後、早馬で知らせるとしたら、夜には結果をお知らせ出来ます。髪の毛一本頂きますが、よろしいですか?」


「それは構わない。」

「調べた結果『存在消し』の可能性がある場合、薬の効果が、いつ消えるか、までは分かりません。効果が切れるまで待つしかないかと。」


 『存在消し』は、一滴で一日、二滴で三日~一週間効果が持続する。

 無効化する方法は無く、効果が切れるまで待つしかない。

 長期間の効果を望む場合、一日一滴を繰り返す使用方法が望ましい。


 一回の使用量は、効果が一箇月続く四滴まで。

 一回に五滴以上使うと、何年も効果が続く可能性があるので、使用には注意するよう、納品時に伝えている。


「参ったな。」


 項垂れて溜息を吐く、自称王子の男性。

 お金も無く、誰も頼る人がいないなんて、心細かったに違いない。

 足の怪我も気にならないほど追い詰められて、藁にも縋る思いでここへ来たのかと想像すると、胸が締め付けられる。


「ご安心下さい、この邸で待てるよう、私からお父様に事情を説明します。その前に、怪我を治してもよろしいですか?」

「頼む。正直、痛いのを我慢していた。」


 苦笑いする男性。

 平気そうに見えていたけれど、そんな筈ないよね。


「お待ちください、薬をお持ちします。」


 戸棚へ行き、小瓶を取り出す。

 この秘薬『癒しの薬』は、治癒や回復効果がある。

 飲むように渡せば、男性は、ためらいなく口にした。


「あ!毒見がまだ……」


 勿論、毒なんて入っていない。

 でも、王子なら、少しは疑うべきでは?

 そういえば、お菓子を出した時も、疑われなかった。


「流石フローラだ。痛みも無くなったし、疲れも和らいだ。ありがとう。」

「……それは何よりです。」


 夜会に参加しても王族は遠くから見るだけだし、王子は納品担当者でもない。

 まともに交流する機会さえないのに、どうしてそんなに信頼されているのか、分からない。


「では、お父様のところへ行く前に、侍女を呼びたいのですが」

「一つ確認だが、フローラは領地へ行ったら、いつ王都へ戻って来る?」


「そうですね……一箇月後、でしょうか。宮殿に薬を納品する為に参ります。」

「納品後はどうする。邸に戻って来るのか?」

「いえ、そのまま領地へ戻ります。」


 特に用事も無いし。


「やはり、この邸には戻らないか……ならば、私はフローラの専属護衛騎士として、領地へ同行しよう。待機が必要ならば、そのまま領地で世話になりたいとラース辺境伯に伝えて欲しい。王都で待機するより、領地でフローラの護衛として過ごしたい。」


「私の護衛騎士ですか?畏れ多いのですが。」


「その方が、領地で一緒にいても不自然に思われない。剣には自信があるから問題ないよ。それに、今の私は何者でもないから、アニュアスと呼んでくれればいい。」


 いやいや、王子かもしれない人を呼び捨ては、無理。


「では、アニュアス様とお呼びします。その格好では寛げないでしょう。侍女を呼びたいのですが、よろしいですか?」

「構わないよ。」


 アニュアス様が、ソファーの下からベルを取り出した。

 そこに隠していたのね。

 ベルの音を聞いて、直ぐに侍女のサリーがやって来た。


「フローラお嬢様、どうされまし……っ!?」


 私専属の侍女兼護衛のサリーが、目を見開くなり、スカートに忍ばせてある短剣を手にして、アニュアス様に襲い掛かろうとする。

 殺気を感じたアニュアス様は、座ったまま、剣の柄に手をかけている。


 喧嘩、駄目、絶対!

 サリーの前に立ちふさがって両手を広げた。


「待って、サリー。彼は大事な、お客様なの。」

「この男が、お客様?こんな夜ふけに?私の目を盗んで逢引きとは、到底、許せませんが?」


 ピタリと動きを止めたサリーの目が、カッと見開かれて、茶色い瞳の瞳孔が開きっぱなしになっている。

 怖い。そして、困った。

 秘薬の事は、王家や家族だけの秘密だから、侍女のサリーに真実を話せない。


「やましい事は何もないわ。話せないけれど事情があって、仕方なく私を頼って来たの。彼を見れば分かるでしょう?ご苦労された様子が。」


 王子かもしれない男性に、サリーがゴミを見るような視線を向けている。


「……ええ、まあ。お嬢様のお部屋を訪問する格好ではありませんね。野ネズミの方が、まだ綺麗です。」

「私は彼の事を、お父様にお話しして、紹介しなければならないから、お風呂と着替え、あと、客室の準備をお願い出来る?」


「泊めるのですか?」

「ええ。大事なお客様と言ったでしょう?」

「お客様、ですか……野良猫を拾った、の間違いでは?まあ、お嬢様が言うなら、分かりました。」


 渋々頷いてくれたサリーに、アニュアス様を任せて、お父様の部屋へ向かった。


「さて、どう切り出そうかしら。」

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