10 フローラの部屋(アニュアス視点)
フローラの部屋に入った時の、アニュアス視点です。
婚約中、私がラース辺境伯領の本邸を訪ねた時は、サロンか離れの二階でフローラと交流していた。
つまり、今まで一度もフローラの部屋に入った事がない。
今思えば、ラース辺境伯やイヴァン殿が、私を部屋に入れないよう、フローラや侍女に指示していたのだろう。
それがまさか、靄が見えるかどうかの調査で、フローラの部屋に入る機会がやって来るとは思わなかった。
入室した瞬間、私は内心、歓喜した。
私のプレゼントした小物の全てが、あちらこちらに飾られている。
私の瞳と同じ、空色の小物ばかりプレゼントしていたから、直ぐに気づいた。
男性が瞳と同じ小物をプレゼントする意味は「私色に染めたい」となり、それを部屋に飾る意味は「貴方色に染まりたい」となる。
フローラもその意味は知っているだろう。
小物をプレゼントした時、フローラには、部屋に飾るよう伝えはしたが、嫌であれば、受け取るだけにして、部屋には飾らず、片付けるなり、処分することも出来た筈だ。
だが、フローラは、私のプレゼントした小物を、全て飾ってくれた。
つまり、私達は相思相愛だと、ひと目で分かる部屋になっている。
正直、最初はフローラが好きだから、小物をプレゼントした訳ではない。
全ては私に都合の良い、別居婚の為だった。
私は幼い頃より王太子のスペアとして教育され、野心のある腹黒い貴族に囲まれて育ったせいか、私も外面の得意な、腹黒い人間になった自覚がある。
自分が宮殿で王子らしく振舞うのが精一杯で、本音を言えば結婚したくないが、国王である父上に命令されれば、従うしかない。
私の婚約者候補は、継承者を輩出する三家(マーレイ公爵家、ラース辺境伯家、シーン伯爵家)から一名ずつ、計三名が選ばれていた。
王家の繁栄の為、三人の内、誰かを婚約者に選ばなくてはならない。
マーレイ公爵令嬢とシーン伯爵令嬢は、一般的な令嬢と同様、私との結婚に好意的だった。
社交界で美女と有名な二人から好かれれば、悪い気はしない。が、愛が重いと感じた。
正直、同じ気持ちを返せそうにない。
そうなると、本心を悟られないよう、一生立ち回り続けるしかない。
考えるだけでも息が詰まった。
その点、フローラは私との結婚に全く興味がなく、継承者として領地で過ごす生活を望んでいた。
彼女なら、結婚後も領地に放置していようと文句を言われる心配がない。
第二王子としての任務や振る舞いで、手一杯の私にとって、フローラは最も都合が良かった。
ただ、フローラとの婚約が成立して、これで安心、とはならなかった。
本人は隠しているのだろうが、色恋の多い宮殿に身を置いている私には分かる。
イヴァン殿のフローラを見る目は、妹と言うよりは、特別な女性に向ける劣情を含んでいる、と。
もし、イヴァン殿がフローラとの結婚を本気で望んだなら、家族愛が強いと有名なラース辺境伯は、父上が断れないよう、継承者を理由に、婚約破棄をごり押ししかねない。
そうされない為には、フローラが婚約破棄を望んでいないと思わせる必要がある。
流石のラース辺境伯やイヴァン殿も、私とフローラが相思相愛だと思えば、引き裂けないだろう。
フローラ以外の、愛が重い令嬢と婚約したくない私は、フローラとの相思相愛を演出しつつ、イヴァン殿を牽制する為、プレゼント作戦を思い付いた。
だが、フローラの部屋に入れない為、本人が飾っていると口では言っても、本当に私の小物を飾っているか、確認出来ない。
その為、小物を贈り続けるしかない。
さほど高価な物ではないが、小物を受け取った時に見せるフローラの、純粋に喜ぶ反応や、お礼を言う時に向けられる笑顔を見るのは、気分が良かった。
また笑顔が見たくて、プレゼントに良い小物はないかと、宮殿にいる時は、興味のなかった貴族や騎士、侍女の話に聞き耳を立てるようになっていた。
どうしても領地へ通えない時には、令嬢が好む甘い言葉を連ねた、読むに堪えない熱烈な恋文を送った。
勿論、誰かに見られる可能性を考えて、だ。
予想外だったのは、数日後に、フローラから全く甘くない、近況報告のような普通の返事が来たことだった。
それが、律儀なフローラらしくて、思わず笑みがこぼれてしまった。
ああ、何だろう、早く会いたい。
用事が無い限り、互いに拘わらない都合の良い関係を望んでいたのに、フローラとの時間が思いの外、心地好く、いつしか、月一回の交流が待ち遠しくなっていた。
だが、フローラは友好的ではあるものの、私と違って特別な感情を抱いているようには見えなかった。
だからこそ、プレゼントを全て飾ってくれた部屋を見て、意外で嬉しかった。
もしかして、フローラも私と同じ気持ちだったのか?
私は今すぐにでも、フローラを抱き締めて、頬でも良いから口付けしたい衝動に駆られた。
だが、フローラは、その出来事自体を今は忘れている。
それに、部屋を見たフローラは、引きつった表情をしていた。
私のプレゼントした全てに、靄がかかって見えているらしい。
確かに、それでは不気味な部屋に見えるだろう。
私が見えている事実をフローラに伝えると、自分がしていた行動の意味に気づいたらしく、戸惑いながら、顔を真っ赤に染め上げていた。
恥ずかしさを悟られたく無いのか、調査の目的を思い出して、いそいそと私に背を向けて、書棚の引き出しを開けている。
手紙はそこに仕舞われていたらしい。
フローラから渡された手紙の束は、私が書いたもので、私が初めて出した手紙から日付順に重ねられていた。
全て捨てずに取っていた事実を知り、フローラに想われていたと実感出来て、また嬉しくなる。
「何て書いてあるのですか?」
プレゼントや手紙の存在を、たった今知ったフローラが、ただ純粋に調査の為だけに手紙の内容を私に尋ねる。
私の為に真剣になってくれる気持ちは嬉しいが、私への想いを忘れてしまった事実が少し寂しく、悔しくもあった。
だから、私の気持ちを分からせたくて、私自身、身を削る恥ずかしさだが、特に甘い言葉を連ねた恋文を選んで読み上げた。
「あの、待って!もう、大丈夫、大丈夫ですから!」
笑えるほどフローラが顔を真っ赤にして、私に訴えてくる。
照れ顔、可愛い。
身を削った甲斐があった。
「他の手紙も読めますか?」
「全部読める。内容は大体同じだよ。」
「そう、ですか。アニュアス様は、靄の影響を受けないと分かりましたので、手紙は仕舞います。」
私から手紙を奪い取って、素早く片付けている。
もう朗読させないという意志が伝わって、面白い。
「私達がアニュアス様や、アニュアス様に関する全てを認識出来ない原因は、人には見えない黒い靄が全てを覆って、隠しているせいでしょう。靄を消せれば、アニュアス様が王家の一員だと証明出来そうですので、先に靄を消す方法を探そうと思います。」
ソファーに並んで座り、私の隣で真剣に真面目な話をするフローラ。
何も出来ず頼ってばかりで申し訳ないが、私の為に頑張る彼女が愛おしい。
彼女を独占している今の状態が、心地よいと思ってしまうのは、私だけの秘密だ。




