マリア、貴女はとても忠義心がお高い方なのね
「お嬢様ではない……? ホウジョウレイナ様? 」
やはり、そのような反応になりますわよね。
マリア、そのままわたくしをを変人認定してくだされば良いのです。
「そうだったのですね!! まあ小説の世界と言うのはよく分かりませんが、それならお嬢様が急に可怪しくなったのも納得がいきます。でも、それならアリスお嬢様は何処に行ったと仰いますの?」
ちょっとお待ちくださいませ!!
どうして、そこですんなりと受け入れてしまいますの、マリアさん??
それに小説の世界とかどうでも良いって言えるのが、肝据わっておりません??
勝手に納得しないでいただきたいですわ。
あと、わたくしは普通にアリスの行き先は知りませんわよ。
「アリスなら、きっとわたくしの世界の方で幸せに過ごしておりますわ」
「確かにレイナ様も楽しそうですもの。きっとアリスお嬢様も幸せに過ごしておられますわよね」
転生の話を受け入れたマリアなら、何を言っても信じるかと思いまして、デタラメを申したのですが、本当に何でも受け入れる人だこと。
ただ、今のわたくしが楽しそうという発言は聞き逃すことは出来ませんわ。
「マリア、わたくしは楽しんでなどおりません。至って真剣ですよの。からかわらないでくださいませ」
わたくしはマリアに忠告したものの、マリアは全く悪びれるつもりがなく、寧ろ微笑まれておりますの。
何だか癪に障りますわね。
「レイナ様、ならどうしてわざわざロープを用いてこの窓から抜け出そうとなさったのですか? わざわざロープを使う必要もないでしょう。なんせここは1階なのですから、ただ跨げば良いだけです。ロープを使ったのは冒険者気分を味わいたかっただけでしょう」
嘘……まさか1階だとロープを使わないのですか!?
てっきり外に出る際はロープを用いなければならないのだと思っておりましたわ。
まさか、跨いで抜け出すなんて、そんな端ないことを考えつきませんわよ。
「レイナ様、貴女にはそんなことも分からないようでは冒険者なんて夢のまた夢ですよ。大人しく王太子妃として王家に嫁いでください」
「わたくしはアリスではないのです。レイナとしての意思でこのあとどうするか決めさせていただきます。そもそも何故そこまで王太子妃にこだわりますの?」
こちらこそ何故わたくしが麗奈であることを受け入れながら、未だに王太子妃にこだわるのか意味不明ですわ。
マリアが思うアリスはもうここにはいないのですわよ。
「そんなの決まっております。魂はレイナ様でも、身体はアリスお嬢様ですもの。一部でもアリスお嬢様であるならば、私は忠義を誓うまでです。アリスお嬢様の願いを叶えてくださいませ」
なんとも真っ直ぐな。
マリア、貴女はとても忠義心がお高い方なのね。
わたくしの周りにはそこまで尽くしてくださった方などおりませんでしたから、こんなに慕ってくださる方がいらっしゃるアリスが大変羨ましいですわ。
ただ、それと反面にここまで来ると狂気さえ感じてしまうのは気の所為かしら?
「マリア、どうしてそこまでアリスを好いていらっしゃるの? アリスが命の恩人とかなのかしら?」
「いいえ、そう言うわけではありませんが、ただずっと傍にいた方だから大事に思っているだけです」
本当にただそれだと仰るの?
長い間ずっと傍にいただけで、そこまでアリスのことを大事に思えますの?
わたくしには、理解し難い感情ですわ。
そもそも、わたくしには『愛』というものがどういうものかハッキリ分かりませんから。
あぁ、でも1つ分かるのは、アリスへの『敬愛』だけは確かでございましたわね。
でも、本当にそれだけですわ。
「ねぇ、マリア。わたくしが麗奈だとしても忠義を誓うと宣言出来ますの?」
「勿論です。貴女の身体がアリスお嬢様である限りは、レイナ様に忠義を誓います」
本当に凄いというか、怖い方ですわね。
ここまで来たらマリアを簡単に怒らすことが出来ませんわ。
となりますと、やはりマリアは味方につけたい存在となりますわね。
でもこのまま冒険者として渡り歩くのは、マリアがとても許すとは思えませんもの。
それにしても、王家には恐れを抱いていないのに、マリアに抱くこの恐怖とは何ですの?
あぁ、何か、何か良い案がないかしら………あ、良い案が思い浮かびましたわ。
「マリア、わたくしは転生前もアリスと同じように、お嬢様と呼ばれる立場でした。その時は本当にずっと縛られていて自由が一切ありませんでしたの。だからこそ、わたくしは自由な冒険者に憧れております」
ここまでは本当のお話でございますし、本心でもあります。
さあて、ここからどうマリアを言いくるめるかが大切になってきますわね。
「ほんの少しで良いのです。自由が欲しいですの!! 少しの間だけ自由を体験したいのです。ですので、3年間だけで良いので、自由に冒険者として旅に出たいのです。それが終われば、王家に嫁ぎますわ」
まあ、王家に嫁ぐつもりはサラサラありませんけどね。
取り敢えず、外に出ることが出来たらチートが発生して、誰も手を出せなくなるはずでももの。
外に出ることが出来れば、こちらの勝ちですわ。
「レイナ様、3年後って何歳か分かっております?」
「えぇ、20歳ですわよね」
「そうです!! その年になると貴女はもう嫁ぎ遅れの年になるのですよ。王家がそんなの許すと思います? 王族と結婚するまでには少なくとも1年はかかるでしょうが、どんなに遅くても2年以内には事が終わります」
あぁ、そうでしたわね。
この国では、20歳を過ぎたらもう嫁ぎ遅れでしたわ。
それにしても、20歳で嫁ぎ遅れって時代を感じます。
現在の日本女性は、今や初婚は30歳に差し掛かっているというのに……ということは平均寿命も異なりますわよね。
わたくし思ったよりも長生き出来ないかもしれませんわ。
そうなると、尚更人生を楽しまなければ損でございますわね。
絶対に逃げなければなりませんわ。
「マリア、なら1年だけでよろしいですわ。1年間だけ冒険者になりたいのです」
「1年は長すぎます」
「なら9ヶ月でどうでしょう」
「それも無理に決まっているでしょう」
「それなら間を取って6ヶ月はどうかしら?」
「いや、私は何ヶ月までとは一言も言ってないじゃないですか!!」
「なら、3ヶ月でどうです? これ以上は引き下がれませんわ」
「だから、無理なものは無理です!!」
こんなに譲歩しているのに、1歩も引かないなんて、マリアやりますわね。
こうなったら、最後の手段ですわ。
「もし3ヶ月すら冒険者にならせてくださらないのであれば、今すぐここから抜け出しますわ。わたくし1人で抜け出したとなれば、この身体にどれだけ傷がつくかしらね。マリアが一緒に付いた方が安心だとは思いませんこと?」
わたくしは今、まるで悪役令嬢になったのような気分ですわね。
アリスのことが大切なマリアならば、アリスの身体に傷がつくことは、この上なく嫌なことでしょう?
悪いですが、わたくしだってもう手段は選んでられませんもの。
自由になれるのでしたら、悪役にだってなってみせますわよ。
「そこまでしてレイナ様は冒険者になりたいのですね。確かにアリスお嬢様の身体に傷がつくのを黙って見ておくわけにはいきませんもの。ならば私も同行させていただきます。ただし、終わったらすぐに王太子殿下の婚約者として戻るようにしてください。あとは私が何とか繕いますわ」
ありがとうございます、マリア様!!
そのお言葉を待っておりましたのよ。
マリアは、わたくしが欲しいと強請ったキャンプグッズもすぐに手配してくださりましたし、そのことを許すように公爵も説得してくださりました。
そんな優秀なマリアなら、どうにかしてわたくしを冒険者として過ごす時間を設けてくださるでしょう。
あぁ、もう少しで楽しみの冒険者生活が始まりますわね。




