早くこの家から逃げましょう
はぁー、マナーズ邸に帰ってきたもののこれからどう致しましょう。
家に帰ると、公爵も公爵夫人もやけに喜んでおりますし、侍女や従者もマリアを除いて全員満面の笑みを浮かべております。
ここまで期待されると、これ以上にないほどのプレッシャーが押しかかってきますわね。
正直に申しまして、これは転生前よりも威圧を感じられて、大変苦しいです。
早くこの状況から逃げなくては、わたくしの精神が持ちません。
こんな風になったのは予想外で、この家から出るのは予定より早くなりますが、今夜にこっそりと出ていくことに致しましょう。
◇◇◇◇◇
今日は疲れたので早く眠りたいと申しましたら、皆様が快くすぐさまベッドの用意をしてくださりましたので、助かりましたわ。
流石に昼は眠っていませんと、夜に活動することは出来ませんもの。
本来は国外追放される際の手切れ金として、お金や所持品を持たせてくださるため、勝手に持ち出すのは少し躊躇いもありますが、これは旅を始める上では必要最低限のものですもの。
申し訳ありませんが、持って行かせてもらいますわね。
本来なら、玄関ドアから外へ出たいところではありますが、玄関前には常に警備の方がいらっしゃいますから直接出るわけには参りませんわね。
この部屋に隠し扉はないかと探してみましたが、全く持って見つかりませんし、他の出方を探そうにも常に誰かものですから、探す暇もありませんでしたわ。
そのため、もう出る手段はこの窓しかございません。
そこで必要なアイテムは、やはりロープですわよね。
小説でのアリスも、依頼でとある館を訪ねた時に閉じ込められてしまいまして、そこではロープを使用して脱出しておりましたもの。
ロープは確かに固定された物に縛り付けて固定するのでしたわね。
ここにあるものと言えば、クローゼットかしら?
クローゼットのパイプに結び付けたら良さそうですわ。
――あら、これはどのようにして結びつけたらよろしいのかしら?
着物の帯のように結べば良いと思いましたが、そもそもわたくしの手で帯を締めたことはありませんでしたわね。
取り敢えず適当に結んでみましょうか。
――トントントン
「お嬢様、何かございましたか? 失礼致します」
マリア、ちょっと待ってくださいな。
こんな姿を見られたら――あぁ、もう見られてしまいましたわ。
何故こんなことになってしまったのでしょう。
「お嬢様様、一体何をなさっているのですか!?」
マリアはドアをすぐに閉めるなり、鬼の形相でわたくしを睨んでおります。
確かに少し見られないと光景かもしれませんが、そこまで怒ることはありませんよね?
マリア、怖いですわよ。
「マリアには関係ないことですから、ここから出てください」
「窓を開けて、クローゼット開けてロープを括ろうと意味不明な行動をしているお嬢様を放置することなんて出来るわけないじゃないですか。もしかして自殺でもなさろうとしております? 命を捨てることは愚かな行為ですわ」
マリアは何故かわたくしが自殺でとするのではないかと勘違いされてしまい、即座にロープを取り上げてしまいました。
勘違いにも甚だしいですわ。
折角憧れのアリスに転生出来ましたのに、何故自殺をしなければならないのです!!
わたくしはまだここに来て何もしておりませんのよ。
こうなったらマリアには正直に話すしかありませんわね。
「マリア、わたくしはただ冒険者となって活躍したいだけですの。そのため、正式に婚約する前に今逃げる必要があるのですわ。どうかここは見逃して欲しいのです」
わたくしは魂の叫びのように、マリアに必死に訴えました――どうかこのままそっとして欲しいと。
しかし、マリアは比喩でも何でもなく、涙を流してわたくしに縋り付いてきましたの。
「お嬢様、本当に一体どうしてしまわれたのですか? あの高熱を出した時から、明らかに様子が可怪しいですわ。キャンプ道具が欲しいと仰ったり、王太子妃にはなりたくないと呟かれたりして……。今までは立派な淑女になれるようにと常に努力されて、クリスティアナ令嬢に勝てるようにと、王太子妃に選ばれよう頑張っていらっしゃったのに……」
ちょっとお待ちくださいませ。
アリスは元々は王太子妃になりたがっておりましたの?
でも、それなら何故アリスは望んであんな巫山戯たことをされたのかしら?
選ばれたいなら、そのまま淑女として行動すれば良いだけの話でしょう。
そもそも立派な淑女になる努力って、どんなことをなさっていらっしゃったのかしら?
「マリア、わたくしがそんな努力を致しましたの?」
「常に美容に気を付けて、その上マナーはもうそこまで復習しなくても良いだろうと言うぐらい毎日されていらっしゃったじゃないですか。何としても王太子妃にならなきゃって毎回呟かれて……。しっかりと自信を持てば良いもの、お嬢様はいつも自信無さげにされて……。そしてようやく自信を持たれたと思ったら、王太子妃になりたくないだの、決まったら逃げるだの意味が分かりませんわよ」
「何故そこまでアリスは王太子妃に執着されていらっしゃったのかしら?」
「何を仰いますの。お嬢様が王太子殿下に好意を寄せていたからここまで頑張っていらっしゃったのではないですか!」
またまた、新事実が判明してしまいましたわ。
アリスって王太子殿下のことが好きでしたの?
小説にはそんな描写一切ありませんでしたが?
じゃあ、もしかしてアリスは自信の無さから、王太子妃になるのは無理だと諦めて、敢えて自ら王太子妃にならないように振る舞うことで納得させていたのかしら?
マリアの話がとても嘘だとは思いませんし、多分そうなのでしょうけど…………そうだとしたら、アリスはとんだ臆病者ではないですか!!
わたくしはいつも自信に満ちて、自ら行動力を起こすアリスが羨ましくて、その姿に憧れてわたくしも自分に自信を持つようになって、もっと自由になって自分の意思で行動したいと思いましたのに。
まさかこんな真相が隠されているなんて、知りたくなかったですわよ。
本当に……本当にショックですわ。
先程まではアリスになろうと、冒険者になるために準備をして、選定会では外されるために頑張ったのにも関わらず、結果は奮わず、挙句の果てにアリスが冒険者になった本当の真実が分かってしまい、何をするべきなのか分からなくなってしまいました。
憧れを失ったわたくしは、一体何を目指したら良いのでしょうか?
しかし、折角転生してこのまま王太子殿下の婚約者なんて、真っ平御免ですもの。
自由は1度ぐらい体験したいですわ。
そうなるためには、やはり冒険者が1番相応しい気がしますわね。
やはり、この屋敷から抜け出すまでですわ。
かと申しましても、このままだとマリアがわたくしの行動を止めるのは目に見えておりますし……。
なら、ここはマリアにわたくしが転生者であることをお話しましょうか。
こんな話はマリアも含めて誰も信じるはずはありませんもの。
そして、マリアにはわたくしが可笑しくなったことを伝えて、このまま王家に嫁いだら不味いことを示し、それが公爵、そして王家に伝われば良いのですわ。
婚約の話は無くなれば、わたくしは晴れて公爵から国外へ追放とされて、全てが丸く収まりますもの。
何故今までそんな簡単なことが思いつかなかったのか、自分を叱りたくなりますわ。
でも、名案が思いついたならそれを実行するまで。
さあ、今からマリアに衝撃的な発言をかましましょう。
「マリア、わたくしはアリス・ブリジット・マナーズではありませんの。わたくしの本当の名前は、宝月麗奈と申します。実はここは小説の中の世界で、そこに転生して来たのがこのわたくしですわ」