まさかのわたくしが、王太子殿下の婚約者ですって!?
選定会が終わり、わたしくはのんびりと現在の優雅な暮らしを楽しんでおりました。
どうせ、追放されるのであれば、今は目一杯この生活を楽しむのもアリですからね。
ただ残念なのは、マリアが一緒にお茶を飲んでくださらなかったことですわね。
マリアは、侍女なので出来ないの一点張りでしたの。
転生前では、奈々さんと舞香さんと蘭さんと3人のお手伝いさんが順番にわたくしの面倒を見てくださり、彼女達も同じように頼んだことがありますが、全員わたくしとは一緒に飲んでくださりませんでした。
やはり、何処でも侍女(お手伝いさん)は、一緒に楽しむことは出来ないのでしょうか。
本当に寂しいですわ。
それにしても、マリアはいつものように話してくれないなら、もう論外と言われましたが、あれはどう言うことだったのでしょう。
もしかしたら、本物のアリスは違う形でマリアと接していらっしゃったのかもしれませんわね。
選定会が終わった数日後、わたくしは王城に呼び出されました。
どうやら、誰を王太子の婚約者となるか決まったようですわね。
結果はもう分かりきっておりまして、クリスティアナ・リリー・ポレット侯爵令嬢ですわ。
ポレット侯爵家は、このマナーズ公爵家の次に権力を持つ家であり、王家に嫁いでもしっかりと支えられるだけの力があります。
また、クリスティアナ令嬢は大変可愛らしい容姿と、普段から微笑んでいる姿から、まるで薔薇のようだからと、薔薇の姫君と呼ばれていらっしゃるのです。
まさに、王太子殿下の婚約者になる方としては相応しいと言えるでしょう。
その一方で、アリスは笑うところを滅多に見ないことから、氷の女王と呼ばれているようですが、そこからしてもう負けておりますわよね。
それにあれだけ選定会でやらかしたのです。
何の文句もなく、彼女で決まりでしょう。
安心して、王城に参りますか。
◇◇◇◇◇
私を除いた令嬢は、かなり緊張していらっしゃるようですわね。
それに対してこの負ける余裕を見せる態度のわたくしは、何とも清々しいものですわ。
あぁ、早く始まって欲しいものです。
そうこうしている間に、どうやら宰相や王太子殿下、そして国王も入って来ました。
どうやら今から発表が始まるようです。
こんなにも気が楽なことは初めてですわね。
「先日は、フレディ王太子殿下の婚約者を決める選定会にお越しくださりありがとうございました。今回その婚約者が決まりましたため、ここで発表させていただきます。フレディ王太子殿下の婚約者は、アリス・ブリジット・マナーズ嬢になりました」
多くの令嬢がざわめく中で、わたくしは耳を疑いたくなりました。
「わたくしが王太子の婚約者ですって!? 嘘でございますよね?」
「いいえ、アリス・ブリジット・マナーズ嬢が選ばれました」
「嘘ですわ! わたくしはこの後冒険者になるはずですの。このようなことはあってはなりませんのに……」
どうして、わたくしなのでしょうか?
どうして、クリスティアナ令嬢ではないのでしょうか?
こんなこと、こんなことあって良いはずはありませんわ。
わたくしは、ショックのあまり淑女らしからぬ形でその場で倒れてしまいました。
◇◇◇◇◇
「目は覚めましたか?」
どうやら、わたくしはベッドの上で眠っていたようです。
話しかけてきた相手は、王太子殿下。
わたくしが倒れてしまったため、ベッドにいるのは当然として、何故王太子殿下がここにいらっしゃるのでしょうか?
正直怖いのですが。
「フレディ殿下のお陰で、目が覚めましたわ」
「それなら良かったです。安心しました」
あの、貴方を見たストレスで目が覚めたと言う嫌味を申しましたのに、何故そんな笑顔で返事を出来るのです?
この人は、本当に嫌味が伝わらない方なのかしら?
「そもそも何ですが、何故殿方が女性の寝顔を見ること自体不敬ではありませんか? わたくし、驚きましたわ」
「確かに普通はこんなことを致しませんが、貴女が目覚めたならすぐに私の元に尋ねてくるだろうかと思いましたので、先に待っておりました」
「答えになっておりませんわ。家族でもない方に寝顔を見られることが屈辱ですの」
「それなら、これから家族になるのですから問題ありませんよ」
「貴方となんか家族にはなりませんわ。単刀直入に伺いますが、そもそも何故わたくしがフレディ殿下の婚約者ですの? 理由が分かりません」
「だから今その話をしようと思ったところです」
何だかわたくし、彼のペースに乗せられておりません?
ともかく、理由を聞かなければどうしようもありませんもの。
何故こんな変わり者をお選びになったのかしら?
「と申しましても、考えなくても分かる話だと思いますがね。この国で1番の権力を持つ貴族の令嬢で、作法やマナーは完璧なのですから、貴女を選ばない理由がないじゃないですか」
はい? いえいえ、仰る意味が分かりませんわよ。
前者はまあ認めると致しまして、後者は全く持って反対のことを仰っておりませんか?
「庭を案内してくださった際、わたしくが初めましてと申したのは失礼だと思いませんでしたの? それにブラックスターを強請った際には傲慢な女だと思いませんの?」
「幼い時のことですから覚えていなくて当然ですし、素直な所は好感を持ちましたけどね。それに誰よりも興味津々に見てくださり嬉しかったですよ。温室まで案内したのもマナーズ嬢だけですし。氷の女王と呼ばれる貴女が、あんなに微笑まれるなんて驚きました」
どうしてポジティブに取ってしまわれますの?
これだとわたくしの行動が裏目ではありませんか。
「では、あの手を合わせる動作に対して、場も読めない非常識な人だと思いませんでしたの? また、食事中に音を立ててはしたない女だと思いませんでした?」
「常に感謝出来る姿勢は素晴らしいと思いますよ。それにあんな小さな音を立てただけで、不快になるなんて、普段はそんな音も立てないほど所作が出来ているということですよね」
また、この方はポジティブに解釈しておりますわ。
確かに日本では当然の行為ですが、ここでは明らかに誰がどう見たって可怪しいでしょう。
時と場合を考えなければならないと思いますが?
それに、音を立てて騒いでしまったからこんなことになるとは思いもしませんでしたわ。
あの音にも平気で耐える人でなければ、失格にはならなかったと仰いますの?
うぅ、転生前の習慣がここまで邪魔するだなんて、腹ただしいですわ。
「あと、わたくしは講義中、先生に多くの質問をして困らせたと思いますが、それについてはどうお考えでしたの?」
「あぁ、テイラー先生がマナーズ嬢のことをベタ褒めしておりましたよ。あれだけ積極的に質問出来る姿勢は素晴らしいと。それも聞いて欲しいところを的確に尋ねてくれたようです。また、恥じらいもなく聞けるのは素晴らしいとね」
教師の方は質問して欲しかったのですか?
もしかして、アリスが怒られた本当の理由は、デタラメな回答ばかりされていらっしゃったからなのかしら?
爆睡していたことよりも、そちらの方が問題だったりしますの?
「ダンスは……もう聞くまでもありませんわね………」
「ダンスもマナーズ嬢が1番上手でしたよ。本当に楽しかったです」
あぁ、もうわたくしの為事なす事が何故か良い方向に、いや悪い方向に働いたというわけですよね。
わたくしは、何のために頑張ったと言いますの。
これからの冒険者生活はどうなりますの。
もう、お先が真っ暗ですわ。