大人になって人生で初めて涙を流してしまいましたわ
そのようなわけで、わたくしは公爵家でこれでもかと思うほどのとびきりの愛を感じながら、この2ヶ月を大変有意義に過ごしてきたわけでございますが、戦いが終結されて3日後にフレディ様から呼び出しをされましたわ。
半年以上会わなかった時も少し寂しさを感じておりましたが、今回は2ヶ月と3分の1にも関わらず寂しさは倍以上でございました。
そう思うのは距離が以前よりも近づいたからでしょうか……だなんて。
本日は前回王城を訪ねた時よりも、更に磨きをかけて参りましたわ。
きっとフレディ様と直接お会いになるのは最後になるでしょうからね……この浮ついている気持ちは押し隠すことに致しましょう。
今回の待ち合わせは王城の中ではなく、王族しか入れない温室。
そう、 ブラックアップルやキャットレッドなどの大変希少な植物も存在する、最初にフレディ様自らわたくしを案内してくださった場所ですわ。
本当に改めて見ても息を呑むほど素晴らしい温室ですわ!!
数日前わたくの部屋でその話をお伺いした時には、再びあの希少な植物達を大量にこの自身の瞳に映すことが出来るのだと思い、本当に嬉しくて嬉しくてその場で天井まで頭がつくのではないかと思うほど、飛び跳ねたい気持ちでございました。
まあ残念ながら、正しい飛び方もそこまでの跳躍力もございませんので、実戦は出来ませんでしたがね。
マリアにそのことを伝えましたら、実戦しようとしたいでくださいと、冷ややかな目で見られましたの。
そこまで引かなくてもよろしいじゃないですか。
それにしても、何故特定の部屋ではなく、そこで待ち合わせを指定されたのか全くもって謎でございますが、指定された以上はそこへ参らないわけにもいきませんもの。
そのため、ちゃんと時間ピッタリここへ参ったというわけです。
「レイナ、久しぶり。今回も凄く綺麗だね。前よりも更に輝いて見えるよ」
「フレディ様、お久しぶりでございます。そのように仰ってくださり身に余る光栄を存じます」
今回も綺麗だと褒めてくださり大変嬉しく思います。
きちんと準備をした甲斐がありましたわ。
まあ準備をしてくださったのはマリアなのですが……。
ふふ褒めてくださるとは、こんなにも嬉しいものなのですね。
転生前の婚約者はお世辞でもそのようなことを一切仰らなかったので、尚更そのようと感じてしまうのかもしれません。
「レイナ、ずっと婚約のことについては延期しちゃって、もう1年経とうとするけど、ようやく話を決着をつけられるね」
「…………はい、そうですわね」
とうとう婚約について話が来ましたわね。
ようやく念願の婚約解消が行えますわ!!
これでわたくしは完全な自由……マリアと向かう各国を旅々……そして開花したチートの活用を行うことが出来ます。
そう、この婚約さえ終われば全てが手に入るはずですの。
「レイナ、どうして泣いているの?」
「え? あら本当ですわ」
どうやらわたくしは自身でも気づかないうちに、涙を流していたようですわね。
それにしても、どうしてわたくしは涙を流しているのか……それが分からないほど無知ではありませんでしたわ。
ただこのことを今更告げるわけには参りませんもの。
早く涙を止めなければ、話が次に進みませんわ……なのにどうしても涙は止まってくれませんでした。
フレディ様はとても心配そうにわたくを見つめております。
「フレディ様、今だけ本音を伝えてもよろしいでしょうか?」
弱々しい声ですが、わたくしはお願い事を致しました。
こうなったら話さないと泣き止まないでしょうから。
フレディ様をこれ以上心配させないためにも、話すしかございませんの。
フレディ様は分かったとシンプルに同意してくださったので、わたくしは今思う気持ちを素直に全てぶつけることに致しました。
「フレディ様、わたくしは元々ずっと貴方の婚約者に回避するべく、また婚約者になった後は婚約解消してずっと冒険者になることを夢見ておりました。そしてその旅を凄く楽しんでおりましたの」
本来は王太子妃に選ばれることなく、公爵から国外へ追放されたことで、世界中を旅をするということはこの小説のテーマであり、これは疑いようのない展開でございました。
そのため、わたくしはそれが正しい道だと疑うことは全くございませんでしたの。
寧ろその軌道に乗れば、わたくしは今まで手に入れたことがなかった自由を物に出来ると、浮かれておりましたわ。
実際にはチートが一向に開花せず、結局ほぼ全ての面におきましてマリアやフレディ様の力を常に借りるばかりで、順調に事が進むことはありませんでした。
それでもわたくしは、冒険者を夢見て楽しんではいたのです。
そして、そのために婚約解消を心の底から願っておりました。
そう、これが今までのわたくしございました。
ですが今は……。
「多くのこの国の人達と関わり、本当に居心地の良さを感じてしまいました。そして、今回の戦いでこの国には平和でいて欲しいと強く思いましたわ」
わたくしは、約半年の国内での旅を通して、この国の人々の優しさは勿論十分に、ですが一方でその地域でのそれぞれの課題も多く触れることになりました。
そこで芽生えてしまったのは、この国の優しさにずっと触れていたい、そしてより良い国になって欲しいと願うようになりました。
そして、もういつの間には旅をしたいとは思うことはなくなりましたの。
あれだけ旅に憧れて強い志を持っていたというのに、不思議なものですわよね。
本当に自分でも呆れて自嘲したくなりますわ。
ですが、わたくしがここを離れたくないのはそれだけではないと、本当に最近でございますが、気づいてしまいましたの。
こんなわたくしが思うことですら許されないと言いますのに。
「わたくし、フレディ様の優しさと強さに惹かれてしまったようでして、不覚にも好きになってしまいましたわ」
こんな完璧な人が、わたくしに熱い想いを向けてくださり、そして優しくしてくださり、頑張って抑えようと思いましたのに、もうわたくしの心は傾かずにはいられませんでしたわ。
あぁ、もうわたくしの想いを全て告げてしまいました……どうせすぐに終わると言いますのに。
「ですからこの婚約解消が今更過ぎるのですが、惜しく感じてしまいましたの。困惑させるようなことを申し上げてしまい申し訳ありません」
これで申し上げたいことは全て終わりましたわ……それなのに涙が更に溢れてしまうのはどうしてなのでしょうか。
そんなことを思っておりますと、急にフレディ様がわたくしを強く抱きしめましたの。
「なあ、俺も本音を伝えて良いか?」
「………………はい」
現在フレディ様の顔が拝見出来ませんので、どのような表情をされていらっしゃるのか分かりませんわ。
やはりあのようなことを申し上げたことを、怒っていらっしゃるのでしょうか?
やけに力も強いですし。
あぁ、もう聞きたくないですわ。
わたくしは、どうして「はい」と返事をしてしまったのでしょう。
「俺はレイナと違って出会った時から好きだったよ。アリスとしても好きだけど、それ以上レイナとして好きなんだ」
これはわたくしに気を使って応えてくれたわけではありませんわよね?
フレディ様の本音なのですよね?
本当に……わたくしにとって都合の良い夢でも見ているのかと頰をつねりたくなりましたが、フレディ様の抱きしめる力が強すぎて、全く腕を動かすことができませんわ。
フレディ様、少し強すぎではございませんこと?
ですが、それだけわたくしのことを想ってくださっているとの解釈でよろしいのですわよね。
ここまでストレートに伝えてくださり、本当に心の底から嬉しいですわ。
「俺も婚約解消したくない……」
フレディ様が腕を離して、今度はわたくしの顔を真っ直ぐに見つめました。
その顔は今までで見た中でも凛としております。
そのキリッとした姿が素敵でございますわね。
「家柄や教養だけじゃなくて、開花した聖力で国を救ってたヒロインとしても、誰から尊敬される王太子妃になれるよ。それに俺が誰よりもレイナと一緒にいたいんだ。だから……このまま婚約は解消せずに、王太子妃として、あと俺の妻として結婚して欲しい」
「はい、喜んでお受け致しますわ!!」
こんなに多くの褒め言葉を並び立てられたら、断るに断れないじゃないですか。
もう断るつもりは微塵もありませんがね。
その証拠に、わたくしは嬉しさの余りに即座にハッキリと返事を出してしまいましたもの。
しかしそのように喜ぶのも束の間でございました。