ようやく目覚めしたわ
洞窟に入ると、薄暗くて足元も悪くて歩くのさえ大変でございましたが、フレディ様の手伝いのもと、何とか怪我をすることなく、最後まで進むことが出来ました。
一方で引きづられているマリアの身体は細かい傷が多く出来ており、このままではその怪我から亡くなってしまうのではないかと心配になるほどで、わたくしはどうすることも出来ずに、ただその後姿を見るのが辛く苦しくて仕方がありませんでした。
「まさかフレディ王太子の方から来てくれるとはね。お陰で手間が省けたよ」
「ハドリー王子……やはり貴方が手を引いておりましたか」
「やはり調べはついていたようだね」
ついに出ましたわね……黒幕様。
敬意を払う相手なのかは分かりませんが、一応形だけでも払っておきましょうか。
この方が隣国の王子でございますのね。
見目だけは……本当に見目だけは大変よろしいですわ。
その〜率直に申し上げまして、わたくしのタイプでございます。
容姿だけでしたら、フレディ様に劣らないのではないでしょうか。
え……何だかフレディ様に睨みつけられたような気がしたのですが。
いえ、もう頭を回さなくても分かるぐらい間違いなく怒気が強く感じられますわよ。
もう……そんなに張り合う必要もないではないですか。
容姿は良い勝負ですが、心根は比較など出来ないでしょう。
相手はどうしようもなく、根性が腐っておりますもの。
まあ、物語ならば彼のファンも多くいらっしゃることでしょうがね。
綾華様は確かこういう悪役が好きだと仰っておりましたし。
ただ現実世界では、こんな高い笑い声は不愉快でしかありませんもの。
あら? そう言えばここは小説の中ですから、登場人物のお一人なのでしょうか?
ただ、小説にこのようなお話はありませんし……もうこの世界は何なのか分からなくなってしまいましたわ。
誰かこの状況を説明してくださいませ〜。
――カキーン
「これから取引するというのに偉い物騒ではありませんか? それも彼女を傷つけようとするだなんて、今すぐ戦争でもしたいのでしょうかね」
「流石動きが早いね。それとも彼女が大切だからゆえの反応かい? 威嚇することも許してくれないんだから」
まさか挨拶を終えてすぐに剣を抜くだなんて……。
それも明らかにわたくしに対して剣を向けようとなさりましたよね。
本当に驚きましたが、そんな恐怖を押しのけて即座に守ってくださったフレディ様を格好良いと思ってしましたわ。
不謹慎だったかもしれませんが、胸の鼓動を感じずにはいられませんでした。
いくら今はまだ婚約者とは言え、どうしてそこまで真剣に守ってくださりますの?
下手したらフレディ様が怪我をされていたと言いますのに。
「では早速要求を言わせてもらおう。この薬の解毒剤を高値で買っていただきたい。そうだな1つ金貨10枚とかでどうだ?」
「金貨10枚ですって? 何人の方が被害に遭われたかご存知でございますの? それに金貨10枚だなんてそんな値段馬鹿げておりますわ」
ちょっとお待ちくださいませ。
この世界がどうとか、どうでも良くなるほどの衝撃を受けましたわよ。
昔のわたくしならば金銭感覚が分からなかったでしょうが、今のわたくしにはその価値が嫌というほど分かります。
わたくしは緑茶を購入する際の銅貨10枚でもヒーヒーと息が上がっておりましたのに、金貨10枚とか庶民が何年贅沢して過ごすことが出来ると思いますの?
「君は王太子の婚約者何かか? まあ何処ぞの良いご令嬢なら別に払えない金額でないことは分かるはずだ。そこまで驚くことないだろう」
確かにアリスは滅多に外には出なかったようですから、知らないのも当然かもしれませんわね。
もし対面しておりましたら、覚えていらっしゃるでしょうし。
そもそもわたくしがご存知ありませんわよ。
そんな美形の登場人物でしたら、忘れるはずがありませんもの。
そんな話は置いておきまして、本来ならご挨拶をしなければならないのでしょうが、そんなことをする暇もありませんし、何よりもこんなお馬鹿な方に名前を知られたくないですもの。
このまま話を続けさせていただきましょう。
高価な値段を仰っていることを知らせなければなりませんわ。
「何を仰りますの? 庶民の方は1年間で金貨の1枚分ぐらいしか稼げませんのよ」
「庶民の給料の話は関係ないだろう」
「関係ないどころか、おおありでございますわよ。庶民の方達が、頑張って働いた一部を納めた税で国の予算が出来ているのをご存知ありませんの? 」
「そんな当たり前のことを言われてもな。やけに熱を持つじゃないか」
「当然でございます。とても大切な人達ですもの。ハドリー王子からは全くその気持ちが全く伝わってきませんわ」
ここまでずっと抱えてきた苛立ちは、全く国民に対して感謝を感じないからでしたのね。
本当に王子失格なのではございませんこと?
「何故そこまで大切にしなきゃいけない? 私達のために働くのは当たり前のこと……なのにあいつらが全然税を納めないからこうなるんだ」
確かに税を納めてくださらないと、国を治めるのはほぼ無理でございますわよね。
もしかして、干ばつなどの被害に遭われて税を納めることが出来なくなったのでしょうか?
「それは貴方が無謀な税を課すからそうなるのだろう。9割も納めろとか国民を苦しめていることに他ならないことに気付かないのか?」
「俺達の土地で働かせてあげているのだ。それぐらい当然だろう? 俺の生活を潤わせなければ何のための王族だ」
少しでも同情しようとしたわたくしが愚かでございました。
ここまでどうしようも無い方だったとは……悲しすぎますわよ。
もしこれが作者様が作り上げた登場人物だと致しましたら、成敗される運命のはずでございます。
しかし、これが作者様が関与していない登場人物であるとすると、このまま打ち負かされる可能性もありますわ。
わたくしが戦う力があれば、守る力があれば、解決することが出来るかもしれませんのに……どうしてどうしてわたくしには力がありませんの。
小説のアリスのように、どうして無双状態になりませんの?
今こそその力が欲しいですのに。
どうして、能力が発揮されませんの……。
「これ以上楯突くなら、この侍女を更に痛めつけることになるけど大丈夫? 何時まで体力が持つかな?」
その彼の挑発的な言葉と笑みに、わたくしは頭の中でプチンと大きく切れる音が弾けました。
その瞬間にわたくしは、今までに感じたこともない力を感じることになったのでございます。
「絶対に……許しません!!」
その言葉を発した瞬間にわたくしの手から謎の光が出てきまして、その光が彼の身体に、それだけではなく、後ろの洞窟までさえも壊れてしまいましたの。
わたくしは何が起こったのか分かりませんでしたが、すぐにフレディ様がその力を明かしてくださりましたわ。
「なんて強い聖力なんだ。こんなの見たことない……」
フレディ様は大変驚いた様子で、わたくしを凝視しておりました。
フレディ様も魔力は大変お強いはずですが、そんな方をここまで反応させるだなんて、こちらこそ驚きましたわ。
「聖力とは……つまりチートでございますわよね。わたくし、ようやくチートが開花されたのですわ!! ついにアリスに近づけましたわよ!! フレディ様、ついに本当の冒険者になれそうですわ」
「あぁ確かにそうだけど……」
なんて素晴らしいのでしょう。
ずっとずっとずーっと願っていたことがようやく出来ることがここまで嬉しいことだと思いませんでしたわ。
「レ……イナ様……声が……頭に響きます……」
マリアが今苦しんでいらっしゃるのに、それを放っておいて喜びに浸るだなんて……なんということをしてしまったのでしょうか。
早くマリアを助けなければなりませんわ。
マリア、今わたくしが助けますからね。
今暫くお待ちくださいませ。