王太子殿下とご対面です
それから1週間は、勿論わたくしは追放されてからもキチンと冒険者として生活出来るように、何度も外に出て、1人で全てが完璧に出来るようにしようと試みました。
それなのに、どうして……どうして、こうなってしまったのでしょうか?
わたくしは基本この屋敷から外に許されることはないまま、何故かドレスや宝石のコーディネートを勝手にされたり、エステシャンにより体全体に磨きをかけられたりと、思い描いていた1週間と異なる時間を過ごしてしまいました。
なんとかしてその合間を縫って、マリアだけを引き連れて無断に外を出て、マリアからそれぞれの道具の使い方を教えてもらい、練習したものの、マリアには怒りと冷ややかな目で見られますし、それに何よりも全く上達しませんでした。
そこまで酷い目では見て欲しくないのですがね。
それにしても、そもそもこの時間ですら、マリアに教えてくださらないと選別会を休むと脅して、無理矢理この時間を作っていただきましたし。
は〜あ、本当はわたくし、こんな曲がった方法は大嫌いでございます。
ただ、手段のためには仕方がなかったというだけであることは、ここで弁明しておきますね。
と申しましても、全く悪いことをしたとは思っておりませんわ。
え? 何故反省してないのかですって?
そんなの決まっておりますでしょう。
それは冒険者になるために必須のことだからです。
大好きな小説の世界まで来て、初っ端なから冒険者生活が駄目駄目だなんてこの上なく格好悪いですもの。
実際に小説でも、アリスが挫折するのは物語の中盤からですので、それに則ってそのルート通りに進まなければ、オタクであろうわたくしは絶対に、絶対に、絶対に許すことは出来ませんの。
これはオタクとしての義務なのです!!
それにも関わらず、隙間時間に練習したとは言え、こんなの時間が足りなすぎますわよ。
絶対にこの1週間を全て時間を注ぎ込めば、誰もが認めるほど完璧にマスター出来ますのに!!
本当に皆様分からずやですわ。
「アリス、絶対に殿下には失礼な態度を取らないように。変なことをするなよ」
「勿論承知しております。お父様、お気になさらずとも大丈夫でございます」
「いやいや、最近のお前の様子は可怪しいからな。私は本当に不安しかない」
「では、王城に行くのを止めてもよろしいでしょうか?」
「阿呆か!! こんなの無断で休むわけにいかないだろうが。つべこべ言わずに行ってこい。アリス、決して殿下に失礼のないようにな」
何故ここまで言われなければならないのでしょう。
最近はキャンプグッズを使って、実践していただけで何にも怪しいことはしておりませんのに。
公爵様、わたくしを王太子妃にして、自分で権力を握ろうと野心が強すぎるでしょう。
わたくしは公爵様の人形ではありませんわ。
それにマリアも公爵様と同じ言葉を言って、リターンズでございますし……本当にそこまで心配される理由も分かりませんわね。
まあ、この後公爵様によりこの国から追放されることにはなるのですが。
それにしても、これから王城に向かわなければならないのは、本当にダルいですわ。
◇◇◇◇◇
ここが王城ですよね。
わたくしは前の世界では、勝手にあらゆる世界のお城を観に連れて行かれましたが、それと引けを取らないほど立派ですわ。
見た目としては、ボイニッチェ城に似ているような気がしますわね。
それにしても、先ほどダルいと申しましたものの、いざこの後王太子殿下に会うとなると、やはり少しワクワクもする気持ちもありますわ。
だって、これが終わると晴れて冒険者になれるのだと思うと、自由になれるのだと思うと、嬉しくて嬉しくてたまりませんもの。
え? 王太子殿下と会うのに緊張はしないかですって?
勿論、するわけありませんわよ。
転生前は、わたくし天皇や海外の王族と直接出対面したことが何度もありますのに、緊張するわけないですもの。
まあそれにしても、完全に冒険者としての暮らし方を身に着けていないため不安はありますものの、もう流れは分かりましたから、冒険者として暮らしをしながらだとすぐに出来ることでしょうね。
それにチートも発揮されるなら問題はありませんし。
こうなったらサッサとこの選定会を終わらしにかかりますわよ。
もう今から喜びが抑えきれませんわ。
◇◇◇◇◇
王城の中も相変わらず綺麗でありますわね。
人目が多いのは公爵家ですらそうですので、そこは仕方がないと割り切りまして、思った以上に居心地が悪くないと感じるなんて、思いもしませんでしたわ。
これからもう1分もしない内に、王太子殿下と立ち会うことになるでしょうが、少しだけ不安ですわね。
これからわたくしは淑女ではなく、駄目駄目な女性を演じなければなりませんもの。
意識が途切れたら、冒険者の道は途切れてしまうかもしれませんわ。
気をつけなければ。
そう心の中で言い聞かせているうちに、あっという間に王太子殿下とのご対面のようです。
「お久しぶりです、マナーズ令嬢。改めまして私は、現在王太子であるフレディ・クリストファー・ウェールズと申します」
「お初目にかかります、フレディ王太子殿下。わたくし、マリーズ公爵家の長女、アリス・ブリジット・マナーズと申します。今日はよろしくお願い致します」
まあ一応最初でございますので、形だけは完璧な美しいカーテシーでも取っておきましょう。
それにしてもわたしくは知りませんでしたが、どうやら殿下とは過去に触れ合いがあったようですわ。
ならば、そのことを覚えていない女は嫌ですわよね。
まさか自分と会ったことを覚えていないなんて、夢にも思わなかったでしょう。
こんなに早くもチャンスが到来するなんてついておりますわ。
さあ王太子殿下、わたくしを失礼な女だと思って怒りを抱いてくださいませ。
「確かに出会ったのは、マリーズ令嬢が6歳と幼い時ですから覚えておらず当然ですね。今回を気に私のことを覚えてくだされば幸いです」
「あら……覚えておらず本当に申し訳ございません」
「いえいえ、覚えていると嘘を吐かれる方が悲しいので。素直に仰ってくださり嬉しいです」
これは嫌味でございますわよね?
まさか本当に素直な女性だと好感を持たれたわけではありませんわよね?
屈託のない笑顔をされると、どういう反応をすれば良いのか分かりませんわ。
よく分かりませんが、ここは取り敢えず微笑んでおきましょうか。
それにしても、見た目は本当に童話にでも出てきそうな優しそうな王子様ですわ。
正直、顔も声もスタイルも雰囲気も全てがわたくしの好みなのですが、平常な状態で、しっかりと失礼な態度を取ることが出来るでしょうか?
まあでも、先ほどの態度で殿下のわたくしに対する好感度は間違いなく下がったはずですわ。
あとはこの調子で、失敗し続ければ良いだけですもの。
わたくしなら出来ますわよね。
これからも気合を入れて、国外追放に向けて頑張りましょうか。
これからは、王太子妃にならないように、淑女として相応しくない行動を取るミッションが開始ですわ。