王太子殿下と再会は出来ましたが……そのようなお話は伺っておりませんわよ
「王太子殿下、失礼致します。アリス・ブリジット・マナーズは、王太子殿下に面会をしに参りました」
「はい、どうぞお入りください」
部屋に着いたは良いものの、そのそびえ立つ扉は今のわたくしには大き過ぎて、開けるのが躊躇われました。
そしてまた、フレディ様の業務用の高い声で許可されるので緊張が更に高まり、尚更扉を開けるのが怖くなるのです。
しかし、ここで留まっても何も良いことがないどころか、寧ろ不審がられるだけですから、慎重に扉を開けて失礼のないようにお手本の開け方をし、そして扉を閉じました。
そこで、フレディ様の姿にわたくしは驚くことになるのです。
てっきり他人として接すると思っておりましたので、正式な服装で来られると踏んでおりましたが、フレディ様はとてもラフは服装で、ベッドの上に座って寛いでおりました。
正直、わたくしのドレスが反対の意味で、浮きそうなほど釣り合いが取れておりません。
しかし、フレディ様の発言が更に驚きに拍車をかけましたの。
「レイナ、久しぶりだね。とても綺麗にお洒落してくれたレイナに会えて、俺本当に嬉しいよ」
そう、まるで婚約者の頃のようなフラットな言葉で話しかけてきたのです。
それも、急にわたくしに近づいて手を取ってですわよ。
確かにこの装いを褒められたことは嬉しいのですが、今はそれどころではありませんわ。
元婚約者で、現庶民であるわたくしとこんなに距離感が近いのは問題がありすぎます!!
「王太子殿下、距離が近過ぎますわ」
「あ、そっか。まだレイナは知らないんだね。俺達が婚約解消が出来ていないことに」
「え……え……それはどういうことですの? 意味が分かりませんわ!!」
まるで、わたくしが王太子妃に選ばれた時と同じようなショックを受け、その場で倒れそうになりましたが、フレディ様が直ぐ様に受け止めてくださりました。
と言いましても、心の整理は全く出来ておりませんわよ。
「レイナ、そのことについて今から話すね」
フレディ様は丁寧にその理由についてお話してくださりました。
その理由とは、今回のチョコレートをばら撒いた組織と大きな関係があるようでして、実は王族でも追っている組織なのだとか。
その組織に気づき始めたのが、ちょうどわたくしが別れたすぐだったようで、婚約解消どころでは無かったそうなのです。
まさか今回関わった事件と、わたくし達の婚約が関わっているだなんて、誰が思いますの。
あと、どうやらまだわたくしは、公爵家から勘当を言い渡されたわけでもないようなので、未だに公爵令嬢でもありましたわ。
まさかずっと庶民だと思っていたのが、間違いだったなんてこんなに悲しいことはありますの?
ですが、何故なのでしょう。
思った以上に悲しく思わないのは、そして嬉しさを僅かに感じてしまうのはどうしてなのでしょうか?
何だか安堵していることが、とても怖く感じます。
まるで、封印してきた気持ちが解かれるかのように。
「というわけで、今はこの距離感で許して。婚約者なのに、執務室で硬い話をするのも可怪しいしね」
「殿下、近い……近いです!!」
「殿下じゃなくて名前で呼んでと言ったはずだけど」
「あぁ、もうフレディ様、近いですわ。緊張しますので、おやめくださいませ」
「もう相変わらずつれないな。俺だってドキドキしているのにさ」
「そんな飄々としていて信じられるわけありませんでしょう」
「嘘じゃないって……だってそんな綺麗な姿を見せられたら、誰だって参るよ。それも好きな人なら尚更」
「好きって……そんなこと仰らないでくださいませ。そんなことを仰られたら、わたくしは……」
好きという気持ちが蘇ってしまいますわ……と申しますか、もう既に封印していた気持ちが解かれてしまったじゃないですの。
この言葉だけは意地でも伝えませんでしたが、態度でバレてしまわないか不安でございます。
単純に期間が延びただけで、この後は婚約解消を致しますので、この気持ちは封印しなければなりませんのに。
「欲しい答えが聞けなくて残念だ……だけど、そろそろ挨拶は終わりにしないと」
フレディ様は先程の優しい顔と声が一瞬でなくなり、仕事モードの険しい声と声に変わってしまいましたわ。
そうです、わたくしはフレディ様にお願い事があってここへ参ったのですから、しっかりと要件を伝えなければなりません。
「フレディ様、今回頼み事があり、ここへ参りました」
「やはりそうだよね。ご要望を聞こう」
「現在ケルンテン領地では、チョコレートを召し上がったことにより、危険な症状に侵されております。そして、その症状を治せるのは、偶然ではございますが、緑茶だと判明致しました」
「リョクチャ? それってキョウジタ国の伝統の御茶じゃないか?」
まさかフレディ様が緑茶をご存知だなんて知りませんでしたわ。
それにしても、キョウジタってまるで発祥地である京都府宇治田原町を略したみたいな名前でございますわね。
ここが小説の世界なので、香本先生が考えていた可能性はありえなくはないかもしれませんが。
何だかセンス無いような気も致しますが、そこは気にしてはいけないのかもしれません。
……ってそんなことに浸っているわけには参りませんわね。
本題に戻さなくてなりませんわ。
「フレディ様のご存知の通り、緑茶は大変貴重で高価でございます。しかし、この国ではあまり緑茶は仕入れられておらず、また今のわたくしのお金ではとてもではありませんが、中毒者全員を救えるほどもありませんの」
「え、もしかして今まで全てレイナが稼いできたお金で買っていたの?」
「そうですわ。緑茶を知っているのも、すぐにお金を払えるのもわたくししかおりませんでしたもの。買わざるを得ませんでしょう?」
「でも、レイナはそこまでして助ける必要はないだろう。領地の娘どころ、貴族令嬢では無かったのだから。厳密には違うかったけど」
「あれだけ困っていらっしゃる方がおりまして、見捨てられるはずありませんでしょう。それに、わたくしはこの国の方は大好きですの。ですから、どうしても助けたいのですわ!!」
思わず淑女らしかぬ声を出してしまいましたわ。
こんなに荒らげてしまい恥ずかしく思います。
しかし、フレディ様にこの気持ちを伝えたかったのは本当ですわ。
何が何でもこの国の人達を救って欲しいのです。
「本当にこの国の人達に思いやりを持っているのだね。勿論、その頼みは聞き入れるよ。すぐに緑茶を仕入れるようにする」
「ありがとうございます!! 仕入れたらすぐにわたくし達に手配してくださいませんか? マリアに淹れさせますわ。そして、わたくしが配布致します」
「まさかケルンテン領地に戻ると言うのか!?」
「当然です。わたくしにはそれぐらいしか出来ないのですから」
「危険な場所だと言うのにか?」
「それでも向かわなければなりませんわ」
フレディ様、今まで1番険しい顔をされていらっしゃいますわね。
確かにフレディ様が仰る通り、危険な場所であることは間違いないでしょう。
ですが、わたくしはここには残りたくはありませんの。
「レイナ、どうして危険を冒してまで行こうとするんだ?」
「それは先程も申し上げた通り、この国の人達が好きだからです。この国の人達の安全を確認するまでは、この国を出ることは出来ませんもの」
「本当はもう国を出ている予定だったのか?」
「はい。違う国へ旅をしようと考えておりました」
何だかとても悲しそうな顔をされますわね。
もしかして、もう少しこの国で旅を続けて欲しかったとでも思っていらっしゃるのでしょうか?
フレディ様、残念ながらその表情の意味が、わたくしにはよく分かりませんの。
「分かった。そこまで覚悟があるなら俺が何を言っても曲げないだろう。ならばお願い頼む……手を貸してくれ。俺も少し後になるけど、ケルンテン領地には行くから」
「分かりました。どうぞ組織の方はよろしくお願い致します」
これで終わりだと安堵しておりましたら、フレディ様が急に立ち上がり、そして机の中にあるものを引っ張りだして、わたくしにそれを渡してきましたの。
「そうだレイナ。これを持っていて。それは連絡出来る装置がある指輪だから、右手の薬指に身につけて欲しい」
「フレディ様、右手の薬指に付けなければなりませんの? 出来れば薬指には付けたくないのですが……」
「まあ別に何処でも良いんだけど、婚約者からの指輪なんだから右手の薬指に付けるのが常識だと思わないかい?」
「あのですね、わたくし達はもう少しで別れますのよ」
「それでも薬指が良い」
「もう〜分かりましたよ。これで満足でしょうか?」
「うん、満足」
本当に呆れますわね。
ただいつでも連絡が取れるのは、心強いですわ。
青く澄んだとても綺麗なサファイア……絶対に落とさないようにしませんとね。
それにしても、ようやく終わりましたわね。
何とか無事に話が終わり安心致しましたわ。
相変わらずフレディ様は暗い顔をなさっておりますが、それは当然のことですわよね。
これから、大きな問題に立ち向かわなければならないのですから。
わたくしも微力ながらではございますが、どうか手助けをさせてくださいませ。
フレディ様は約束通り、直ぐ様に緑茶を1日で仕入れて、わたくし達に手配をしてくださりました。
さて、これから領地の人々を、マリアと共に助けると致しましょう。