辺境伯様とご対面ですわ
というわけで、辺境伯様のお屋敷にやって参りましたわ。
確かにお屋敷は大変ご立派で、よく見渡しますとこの周りでは1番立派でございますから、他の方に伺わなくてもこの屋敷が辺境伯様の物だと分かりますわよね。
と申しましても、公爵家や転生前に住んでおりました宝月家に比べますと、こじんまりとした印象がありますわ。
まあ、宝月家の1番大きな別荘というぐらいの大きさというところでしょうか。
「番兵様、どうかこの門を通らせていただけませんか?」
「はあ? 小娘、ここが誰のお屋敷かご存知か?」
「勿論存じておりますわ。レックス・クリストファー・ケルンテン辺境伯様のお屋敷ですわよね」
「え?」
あらあら、わたくしがフルネームでお答えしたことがそこまで驚かれるとは、良い効果が出ていることではありませんか。
少し前でございましたが、庶民の方がお貴族様のフルネームを知っていることはまずないと、マリアが仰っていおりましたことを思い出し、敢えてフルネームで伝えることに致しましたわ。
まあ勿論のこと、わたくしにはお貴族様の名前など知りませんので、マリアにお伺い致しましたの。
まさかミドルネームまでご存知なんて、流石優秀なだけありますわ。
これで食い下がってくだされば良かったのですが、彼らは驚くばかりで、言葉を続けられましたわ。
「そうだ。辺境伯様のお屋敷だと分かっているではないか。そんな高貴な方をたかが小娘に会わせるわけにはいかん」
まあ、確かに仰る通りでございますわね。
わたくしが単なる小娘でしたら、直接会うことなんて許される立場ではございませんもの。
ただ、わたくしは現在は単なる小娘ではありませんわ。
これを篤とご覧あれ!!
「今は訳あって村娘の格好をしておりますが、わたくしはアリス・ブリジット・マナーズと申します。マナーズ公爵家の長女でございますの」
「「「公爵令嬢!?」」」
あらあら流石に驚かれましたかしら?
まあ、公爵令嬢がこんな所にいるとは思いませんわよね。
「そんなわけないだろう。お前嘘ついたらどうなるのか分かっているのか?」
「そうだ。こんな奴が令嬢なわけない」
「ちょっとお待ちくださいませ。このブローチが目に入りませんの?」
「何だそのブローチ。確かに高価には見えるが、それだけだろう」
嘘でございましょうーーーー!!!!
これはマナーズ公爵家の紋が入りました、公爵家の者である何よりの証でありますブローチですのよ。
水戸黄門様のご印籠のように、これを見せましたら本来は「ははー」と跪くところですわよね。
あ、因みに水戸黄門も綾華様から仕入れた情報でございまして、その場面も拝見したことがありますの。
あの、皆様を跪かせるところは見どころでございますわよね……って今はそのような感想を述べている場合ではございますわ。
「マリア、これはどういうことですの? これは間違いなく公爵家のブローチでございますわよね?」
「それは間違いないですが、きっと彼らは公爵家の紋を知らないのでしょう。流石に辺境伯様に直接見せたら分かるとは思いますけどね」
なんですって!?
貴族でなければこの紋すら知らないとでも仰りますの?
折角水戸黄門様のご体験が出来ると思いましたのに、悲しすぎますわよ〜。
しかし、これが使えないと致しましたら、一体どうすればよろしいのでしょうか?
本来はフレディ殿下に助けを求める時に使おうと、捨てずに持ち歩いておりましたのに、ここで初めて使うことになるとは……意を決して使いましたのに、このありようですからね。
何が何でも辺境伯様に会わなければなりませんのに。
「何しているんだ?」
「え? 旦那様……もうお帰りなのですか?」
旦那様……ということはこの方が辺境伯様?
あぁ、確かにマリアが仰りますように確かに見た目からして冷酷そうでございますわね。
ただわたくしは、こういう見た目の方も転生前で何人かと対応しておりますから、恐れるに足らずでございますわ。
それではまずはご挨拶からですわよね。
相手の懐へすぐに入るには、第1印象が良好ではなくてはなりませんもの。
「御機嫌よう、ケルンテン辺境伯様。わたくしは、マーク・リー・マナーズの長女で、フレディ・クリストファー・ウェールズ殿下の婚約者でございます、アリス・ブリジット・マナーズと申します」
ここで公爵とフレディ殿下の名前を出せば、簡単に無下にすることは出来ませんわよね。
まあ、公爵とは縁を切り、フレディ様とは昔の関係でありますが、ここは騙さなければ話が進みませんもの。
少し心苦しいですが、致し方ありませんわ。
そして、最後はカーテシーで締めくくりましょう。
転生前に13年間かけて習得し、そしてその美しさからも王太子妃として選ばれてしまった、この完璧過ぎるカーテシーを。
「まさか公爵令嬢様がここにお越しになられたことは驚きましたが……間違いなくその紋はマナーズ家の物ですからね。こちらからもご挨拶させていただきます。このケルンテン領地の領主であるレックス・クリストファー・ケルンテンと申します。どうぞ中にお入りください。そこでお話することに致しましょう」
流石に辺境伯様はこの紋がマナーズ家の物だとご存知のようですわ。
これからどうしようかと路頭に迷うところでしたが、何とか回避は出来たようです。
何だかマリアは呆然とされていらっしゃいますが、早く参りますわよ。
◇◇◇◇◇
「無事に辺境伯様お会いすることが出来まして、安心致しましたわ」
「はい……ところでマナーズ嬢はどのようなご要件でこちらに起こしいただいのでしょうか? 心当たりがなくてですね」
あら、心当たりがないということは、やはりこの騒動については知らないみたいですわね。
ならばすぐに教えなければなりませんわ。
「単刀直入に申し上げますが、ここ数日でチョコレートを食べた領民の様子が可怪しいことをご存知でしょうか?」
「もう薬が出回っているのか!?」
え、薬ってどういうことですの?
この騒動自体はご存知ないけれど、そのチョコレートについてはもうご存知ということかしら?
「マナーズ嬢、何処でそのような事態になっているのか、そして何人ほど侵されているか分かりますか?」
「わたくしが出くわしたのは、ここから東側と、そう……隣国の国境と1番近い所でございました。わたくしが確認しただけでも、300名程度おりまして、助けることが出来たのがまだ100人程度でございます」
「そんなに被害が……というか助けたとはどういうことですか?」
「本当にこれは偶然なのですが、緑茶がどうやら解毒作用がある模様でありまして、わたくしが大金をはたいて購入して飲ませたところ、お召し上りになりました皆様は全員無事に回復致しましたの」
「リョクチャ?」
「ええ、この国では生産されていない大変希少な御茶でございます」
まさかここまで早く話が進むとは思いませんでしたが、これは大変ありがたいことですわね。
では、ここで今回の要件をズバッと申し立てましょうか。
「わたくしが今回、辺境伯様に申し上げたいことは、そのチョコレートを流通させた組織を突き止めることと、緑茶を大量に購入してもらうことでございます」
「実は流通先は先程突き止めては来たのです。前ほどから怪しい動きが見られていたので」
「もしかして、今回の遠征はその組織を調べるためでございましたの?」
「そうです。しかし、その薬の解毒方法は分からなかったので、本当に助かります。ただ、リョクチャというものは分かりません。私は明日には王城へ向かいますので、一緒に王城へ行きませんか? マナーズ嬢も今回の件について調べていたのでしょう。解毒剤をマナーズ嬢が突き止めたのであれば、貴女が購入する方が早いはずですし、まだ外から入手が必要であれば、王族の力を借りる方が早いでしょう」
「いえ、そういうわけでは……」
「あ……勿論、殿下の婚約者ですので、別の馬車は用意させますから、ご安心ください」
「そこは別に気にしていないのですが……」
どう致しましょう。
そもそも、今回この領地に来たのは、単なる旅の一環で、決して調査のためではありませんのに。
それに、今は公爵令嬢でもなく、フレディ殿下の婚約者でもないわたくしが、辺境伯様と共に王城へ向かうだなんて、大変なことになりましたわ。
しかし、彼からは明日は早いので客間のベットでお寛ぎくださいと、もう足早に出ていかれましたし、これはもう行かない手は無さそうですわ。
いえ、ここはチャンスと思えば良いですわよね。
今こそフレディ様に助けを求める時ですわ。
この領地の平和を戻すためにも、しいてはこの国を守るためにも、恥を忍んで参ることに致しましょう。
ただ、明日にフレディ様と会うと思いますと、胸の鼓動が一気に上がってしまいましたが……これはフレディ様にまだ未練があるということなのでしょうかね。
わたくしはもう庶民になっていると申しますのに。
あぁ、今夜は眠れそうにありませんわね。