王太子殿下と最後のお別れですわね
「マリア、来週の日曜日は何も予定がありませんが、どうやって予定を作りましょうか? 仕事は出来ませんし、ちゃんとした理由を作れそうにありません」
「レイナ様、殿下と会いたくないからと理由を作ろうとしないでください」
マリアなら何とか理由を作ってくださると思いましたのに、こういう時はシビアに接するのですから意地悪ですわ。
こうなったら私が何とかして理由を作るしか無さそうですわね。
「では、もう少しで生理が来るからいけませんと返しておきますわ」
「いや、少し前に生理が来ましたよね? そんなすぐに来たら今後こそは病院で診てもらわなければなりません」
「ですが、風邪とかだとまず1週間以内に治りますでしょう。インフルエンザは時期ではありませんから、そもそも言い訳に使えませんし」
「そういう問題ではないと思います」
仕事も約束も理由にお断りすることが出来ないのであれば、残るはもう体調不良しかないと思ったのですが、アッサリと切り捨てられてしまいましたわね。
あとは何を理由に断ることが出来ると仰いますのよ。
「もし今回みたいなことがあれば、例え直後に殿下の約束があったとしても、私が全力でどうにかします。なので、そんな悪ふざけは止めてください!!」
「マリア、本当にごめんなさい」
あぁ〜、これは本当にマリアが真剣に怒っておりますわね。
怖いですわよマリア、あの聖母であるマリア様は何処に行ったと申しますの。
ただ、今回ばかりは本当に私が悪いですわね。
今回の生理は1ヶ月飛んで2ヶ月振りでしたから、本当に死ぬほど痛かったですもの。
どうやらアリスはもともと生理が重いようなのですが、不順で来てしまったため、その痛みは比にはならないものでした。
転生前ならば、ピルなどで治療も出来るでしょうが、この世界ではそれも出来ないから困ったものです。
きっと、一気に食事が質素になったことや急に慣れない肉体労働を行ったから体の栄養バランスが崩れて、体調にも影響してしまったのでしょうね。
別に全然生活する上では困らない程度の食事ですし、体も痛めつけるほどまで働いておりませんが、なんせ今までが豪華過ぎましたし、ずっと体を動かすことをしておりませんでしたから、急激な変化について行けなかったみたいですの。
あの時は本当に仕事を放棄せざるを丸2日得なくて、辛いとずっと泣き喚いておりましたから、本当にマリアには心配かけてしまいましたね。
この生活に少しずつ馴染みつつありますから、マリアのためにも今後このようなことがなければ良いのですが……。
「今回は駄目です、会ってください。レイナ様は今後の予定は庶民、殿下はこれからの国を治める未来の国王。どう足掻いても断れる立場ではありません。結婚は国のことがありますから仕方ないにしても、会うのは1日どころか、数時間です。そこまで嫌がることはないでしょう」
「それはそうですが……わたくしは会いたくないのです」
「まぁ、返事を直接言いたくないのは分かりますが、最後だからこそ誠意を見せなければなりません」
「そうですわね……では行く返事を出しておきます」
ここまでマリアに仰られたら、もう断ることは出来ませんわね。
気が重いですが、承知の返事を出すことに致しましょう。
「それにしても、何故レイナ様はそこまで殿下に会いたくないのですか? 別に嫌いではないでしょう」
「嫌いではありません、寧ろその反対ですわよ」
この2ヶ月間、フレディ殿下とは1度も会いはしませんでした。
しかし、その代わりに毎日彼から手紙が届きましたわ。
どうやらフレディ殿下は、魔法も使えるようで、一瞬にして手紙を届き、そして添えた封筒に私が返事した手紙を入れると、一瞬にして手紙が送られるようなのです。
うぅ〜、それならば今すぐにわたくしもチートを使えるようにしてくださいませ。
まあ、わたくしのチート能力は決してどうでも良くはないですが、一旦置いときまして、フレディ殿下から毎日送られる手紙は、本当に楽しくて読み心地の良いものでした。
そのため、読むのも返事を書くのも楽しかったのですわ。
フレディ殿下は、器量は完璧でおまけにわたくしのお好みですし、一緒にいて楽しく、手紙のやり取りですら楽しいと、本当にずっと傍にいたいほど居心地の良いのです。
だからこそ、会いたくないのですわ。
もしこのまま会ったら、この気持ちが増幅しそうで怖いですから。
「レイナ様が殿下のことを好いているのあれば、もうそのままアプローチを受けたら良いのにと思いますが……相手が王太子殿下だと致し方ありませんね」
「えぇ、本当にそうですわね……ですが、わたしは王太子妃は無理ですから」
「まぁそれでも、素直に庶民になれるとは思いませんが……」
「マリア、それはどういう意味ですの?」
「何でもありません」
「はぁ〜、確かにわたくしは頼りないですが、曲がりなりにも今は生活出来ているではないですか。マリアと一緒なら大丈夫ですわ」
「そういう意味ではないのですが……そうですね。如何なる場合でも私はレイナ様に付いていきます」
何だか信頼されている気が全然しないのですが……きっと少し心配してくださるだけですわよね。
もう少しで本当に庶民になるのですから、マリアに心配されないように、わたくしもしっかりしなければなりませんわ。
◇◇◇◇◇
「お久しぶりでございます、フレディ様」
「久しぶりだね、レイナ」
今日はとうとうフレディ殿下とのご対面の時がやって参りました。
正直に申しまして、会いたくは無かったので今朝までずっとどうにかして辞退出来ないかと思考を巡らせておりましたが、残念ながら仕事や約束も入らず、そして体は何1つなく健康でございますので、断る理由を最後まで見つけることが出来ずに、今目の前にフレディ殿下がいらっしゃるという状況でございます。
あ、あとはその近くに従者のホワイト様もいらっしゃいますわね。
きっと、今日は王都の市場でのお忍びでの待ち合わせでございますから、彼1人しか連れてきてないようでございます。
勿論、わたくしはマリア1人でございますわ。
まあ、他にメイド様はいらっしゃいませんからね。
「今日の服装はバッチリだ。全然馴染んでいる気がしないけど……」
「そうでしょうか? もうわたくしは肉体労働で自らお金を稼ぐ村娘になりましたわよ。きっと周りの方は共に庶民だと思っていらっしゃいますわ」
「いや絶対俺だけと思うけどね。多分町娘に変装したご令嬢を守る騎士という構造にしか見えないよ」
「おかしな構造ですわね。フレディ様は守られる立場でございますのに」
「それを言えば、レイナだって守られる立場だろう?」
「いえ、わたくしはもう村娘になりますので」
本当にフレディ殿下と一緒にいると楽しいですわ。
器量が良くて美声を目の当たりにしますと、やはり心臓の鼓動がとても高まってしまいます。
本当に居心地の良いに、どんどん胸が苦しくなりますわ。
やはり、嫌な予感は的中でございますわね……。
その一方で、フレディ殿下は先程まで優しい眼差しで微笑んでおりましたのに、一気にその輝きが消えてしまいました。
とても寂しそうな顔をされていらっしゃいます。
「やはり、返事は駄目か?」
「はい、ごめんなさい。やはり、わたくしには王太子妃は無理ですわ」
「そっか……なら今回は本当に受け入れる。婚約は解消しよう……本当に無理に婚約してごめん」
「いえ……わたくしの我儘でこのようになってしまい、ごめんなさい。王太子妃としての器と覚悟が足りないため、断念をせざるを得ませんわ」
これは一体何なのでしょうね。
とても寂しくて、不甲斐なくて……辛さを感じてしまいますもの。
こんな気持ちを今まで抱いたことは無かったですのにね。
「旅をしたいからではないの?」
「え? えっと……それは勿論旅をしたいですわ!!」
「そう……なら旅をしっかりと楽しんで。応援している」
まさか旅をしたいという理由を差し置いて、王太子妃の器と覚悟を先に理由として考えてしまっていたなんて……。
今まではずっと旅をしたいという理由で婚約を解消したいと思っておりましたのに、これはどういう変化なのでしょう。
旅をしたいという気持ちは勿論多いにありますのに。
「レイナ、婚約を解消しても何か問題があったら手助けはする。本当に困った時は相談しに来て。これからもそれだけは約束しよう」
「本当によろしいのでしょうか? こんな我儘な女ですのに」
「勿論。信頼しているから」
「はい、ではもし必要な時は訪ねさせていただきますわね。それではフレディ様、ご機嫌よう」
「ああ。レイナ、さようなら」
本当に優しい方ですわ。
そんなことをされたら、尚更好きになってしまうではないですか。
本当に恋心を奪うのがお達者なのですから。
もうこれ以上気持ちを増幅させないためにも、別れると致しましょう。
あんな約束をしましたが、もう2度と会うことはないでしょうね。
この気持ちも暫くしたら、無くなりますわよね?