わたくしの憧れとはこういうことらしいですわね
「マリア、今日から2人きりになりますが、いっそのこと、もうこの国から出た方が良いかしら?」
「いやいや、何故いきなりその発想になるのですか!? 王太子殿下から言われたことをお忘れですか? 2ヶ月は待っていると言われて、それをレイナ様が受け入れたのですよ。それをレイナ様の方からそれ以上逃げるだなんて可哀想です」
マリア、そこまでハッキリ仰いますか!?
王太子殿下が可哀想だなんて……まるで私が完全に悪いみたいな言い方じゃないですの。
別にそこまで思いっきり否定されるようなことを申しておりませんわ。
あと、涙を浮かべる場面は不要でしてよ。
マリア、貴女は演技が下手すぎます……演技なんてしたことがない私が申すのも野暮なんですがね。
まぁ、わたくしがただ単にアリスのように外の国に出てみたいなと思っての発言をしたため、確信犯なのですが。
「2ヶ月だけはこの国にいましょう。そうすればこの国から出ても構いません。マリアは何処までもレイナ様に付いて行きますわ」
なんて嬉しいことを仰ってくださいますの、マリア!!
これでこそ、大切な友達というものですわね。
今度は私が泣きたくなりましたわ。
これは嘘ではなく、本物でしてよ。
それにしても、これから2ヶ月はこの国で過ごさなければならないようですわね。
確かに、王太子殿下と昨日まで一緒に旅をしてはおりましたものの、まだまだ知らないことは多くありますもの。
それにここの国の方は素敵な方が多いですから、すぐに旅立つのは寂しいですからね。
もっと、この国やこの国の人達のことを知りたいですわ。
◇◇◇◇◇
「マリア、今回はこのコーデでどうでしょう?」
「レイナ様、コーデは問題ありません」
「コーデ『は』とはどういうことですの? 」
「そのままの意味です。コーデだけは村娘ですが、それ以外は言葉遣いも仕草も全て完全にアウトです。全然村娘感が出せていません」
「それでは、わたくしは何者に見えると仰いますのよ」
「お忍びに来たけど、全く隠せていない高貴な令嬢ですね」
「わたくし、これから庶民になる予定なのですが」
「庶民になるって……謎めいたパワーワードですね」
もうこの暮らしも1ヶ月経ちましたし、そろそろ町娘になれたかと思っていたのですが、どうやらまだまだ遠いようですわね。
早く慣れないと不味いことになりますのに。
それにしても庶民になるって、ある意味パワーワードかもしれませんわね。
転生前でも私は令嬢ではありましたが、それでも皇族では無かったため庶民の一員でしかありませんでしたし。
これが貴族というものなのですね。
貴族の時は多く優遇されるのにも関わらず、庶民になれば様々な待遇が受けられませんもの。
ただ、自由という面ではかなり反対なのでしょうがね。
やはり不謹慎かもしれませんが、楽しみが勝ってしまいます。
「今回は仕方がありませんわ。これで街へ向かいましょう」
「まずは言葉遣いや仕草を直そうという発想には至らないのですね……」
「それは転生前から身に染み付いているものですから、今さら直すのは難しいと思いますわ」
「はぁ〜」
マリア、そこまで明らかにガッカリされなくてもよろしいではありませんの。
今回は演技でもなくでも、心の底からのため息のようでございますね。
しかし、無理なものは無理だと申さないと、マリアに無駄な苦労をかけることになりますもの。
これは、親切心でもありますわ。
「確かにこの時点は、レイナ様が完全に村娘になる未来は見えません。見た目は何処かのお嬢様、中身はレイナ様、名前はアリスお嬢様ですもの」
「あら、それって名探偵コナンの名台詞にそっくりですわ!!」
「メイタンテイ……コナン?」
「あ、それは転生前で流行っていた人気漫画やアニメの1つですわ」
「漫画は分かりますが、アニメとは何ですか?」
あぁ、そうですわね。
この世界には、アニメは存在しないのでしたわ。
それにしても、アニメとは何と説明すれば良いのでしょう?
わたくし自身は、教養系のアニメしか見ておりませんでしたから、普通のアニメはどのようなものか存じ上げませんもの。
「イラストを映像化ものに、それぞれのキャラクターに声を当てられたものを、視聴者がご観覧になる娯楽ですかね」
「要するに漫画が映画のように動いているというわけですか?」
「マリア、なんと鋭いのでしょう。その通りですわ」
「確かにそれならこちらでも人気がでそうですね。もし実現したら見てみたいものです。因みに、アニメというのはどのぐらい人気がありましたの?」
「本当に世界で人気ですわ。特に日本のアニメは質が高いと言われており、世界中から人気がありますの。世界では、ANIMEという言葉で浸透しております」
「やはり楽しそうですね」
やはり、異世界ギャップというものを感じてしまいますわね。
ないものを説明することがここまで難しいと思いませんでした。
何を言っているかよく分からなかったと思ったのですが、マリアが優秀過ぎてアッサリと理解されたのは少し有り難いですわね。
これでこれ以上説明する必要はなくなりました。
「それにしても、レイナ様でもそのような娯楽を楽しんでいたのですね」
「いえ、違いますわ。私はただアニメ好きでいらっしゃる綾華様の話で伺っただけですの。正直に申し上げまして、ヒロインの方の名前も忘れましたわ」
「話を聞いていたのにヒロインの名前も忘れてしまうほど、触れたことが無かったのですね」
「わたくしは、本当に一般大衆というものには、この小説を拝読するまで、1度たりとも触れたことがありませんでしたから」
そうなのですよね。
わたくしは、話だけは伺っているため漫画やアニメ自体は知っていても、実際にその漫画やアニメは拝見したことがないのですから、寂しいものですわ。
「レイナ様は、小説やアヤカ様のお話をする時はいつも楽しそうですね。アヤカ様のことが好きだったのですか?」
「確かに好意的には思っておりましたが、どちらかと言えば憧れに近かったですわ。本当に私には出来ないことを楽しそうにいつも語られていらっしゃったので、羨ましかったのだと思いますの」
「そうですか」
マリア、何だか少し寂しそうな目をされておりますわね。
一体どうなさったのでしょうか?
「レイナ様」
「マリア、どうなさったの深刻そうな顔をなさって」
「レイナ様は、アヤカ様の話をされる時と同様に、いえそれ以上と言っても良いかもしれないほど、王太子殿下と話している時は本当に楽しそうでした。それはアヤカ様と同様に、憧れや羨みから楽しそうに王太子殿下と話されていたのですか?」
「それはそうでしょうね」
マリア、単刀直入に尋ねますわね。
それよりも、わたくしはそんなに楽しそうに王太子殿下と語らっておりましたの?
そのことの方が衝撃と申しますか……ただ本当に綾華様と同様の感情からなのでしょうか。
マリアには思わず即答してしまいましたが、何だか胸が少し痛むのは気の所為ですわよね?
それ以外の感情なんてないはず……やはり胸が少し痛い気がしますわ。
こんな感覚初めてですから、なんと申し上げたらよろしいのでしょうか。
「では、質問を変えます。レイナ様は転生前に婚約者がいたと言っていましたが、王太子殿下とほぼ同じ気持ちだったのですか?」
「わたくし達はそれぞれ恋愛感なしでの婚約でしたからね。彼はいつも違う女性と楽しまれておりましたし、わたくしはそもそも彼の自慢話を適当に受け流していたぐらい、お互いに興味はありませんでした」
「ちょっと待ってください。それって浮気ではないですか!!」
そう言われればそうなるのでしょうか。
わたくしは別に婚前だったらそれぐらいは良いかと気にしておりませんでしたから、そこまで考えておりませんでしたわね。
「それって両家で問題にならなかったのですか?」
「別に。お互いに結婚して子どもを産んでくれた良いみたいな風潮でしたから。それに婚約は公にしていなかったので問題もないかと」
「そういう問題ではないと思いますけど……レイナ様も本当に彼に興味無かったのですね」
「まあ、興味を持てないような環境に侵されていましたから」
「切なすぎます。さぞ苦労されたのでしょう」
「ええ、だからこそ自由に憧れますの」
マリア、今度の今度というのは本当に涙を浮かべておりますわ。
転生前と、マリアには関係ありませんのにそこまでわたくしのために泣いてくだって嬉しいですわ。
「レイナ様、一旦話を元に戻しますわ。それで王太子殿下のことはどう思われますか? 王太子殿下なら、転生前の婚約者のように雑に扱うことは絶対にないと思いますよ。現時点で大切にしてくれていますし」
「勿論、前の婚約者なんかどうでも良いですもの。フレディ様と比べること自体が烏滸がましいかと。フレディ様は、素敵な方だと思っておりますし、尊敬も憧れも持っております。まぁ、強引過ぎるのはマイナスですが」
え? 自分でいうのも可怪しいですが、わたくし、そのように思っていたのですね。
もうわたくしのことが分からなくなってしまいました。
「マイナス要因はあるのですね……それでも相当な好印象じゃないですか。それなら今からでも結婚した方が良いです」
「マリアはフレディ様と結婚させたいのですか?」
「そうですよ。だって、レイナ様がずっと庶民暮らし出来る気がしませんもの。絶対に王太子妃の方が性に合っています」
「わたくしは反対に王太子妃が出来ないと思って断ってもおりますの。それに自由も欲しいですしね」
マリア……わたくしには務まらないと思うのですが、本当にこのままで良いのでしょうか?




