これからの決断を
「アリス、もうこの旅も今日で終わる。今までは明確な回答は求めなかったけど、アリスはこの後どうしたいの? 正直に答えて欲しい。別に怒りはしないから」
4人での旅が続いてもう1か月。
この4人で過ごす時間が、あともう数時間でタイムリミットを迎えてしまいます。
わたくしは、王太子殿下を意識し始めてから2週間ずっとどうすべきか、少し昼寝をしてその時間分を夜の睡眠時間を削って少し考えておりましたの。
ただ、中々決心がつかずにつかずに現在まで至ってしまいましたのね。
わたくしは、今まで自分の意思で動いたことなんてまともに無かったので、こういう慣れないことにはつい時間をかけてしまいましたわ。
ですが、王太子殿下がわたくしの意思を尊重をしてくださるというのであれば、わたくしの1番したいことを……申させていただきますわね。
「フレディ様……わたくしはこの旅で、旅をする楽しさを覚えてしまいましたわ。もうこのままずっと4人で旅をしたいぐらいにです。かと言いまして、それは不可能です。だから今度は2人だけでまだ旅を続けたいと思っております」
「レイナ様、それはどういうことですか?」
「マリア、そのままよ。貴女と一緒に旅をしたいと言ったのよ」
「レイナ様……そのように仰ってくださり嬉しいです!!」
これは半分は本心で、半分は嘘。
マリアと一緒に旅をしたいのは本当ですが、2人だけずっとというのは違いますから。
確かにマリアと2人だけの旅も楽しいのは間違いないと思いますわ。
ですが、本当は……不可能ですが、このまま4人で永遠に旅を続けたいのが本心ですもの。
そう分かっておりますのに……。
「アリス、どのぐらい旅をする予定なの? もし1・2カ月というのであればこのまま婚約も続くけど、それ以上になると婚約解消という形になるから。俺はこの旅を……」
「わたくしは可能である限りずっと旅をしたいと思っております。もしマリアがいなくなった1人でも旅を続ける予定です」
「レイナ様……」
わたくしは、旅をしている時点で旅の楽しさ以外に、もう1つ明確なことが分かってしまいましたの。
それ……わたくしが王太子妃の器ではないということですわ。
わたくしは、転生前は令嬢ということで限られた人としか会いませんでしたので、常に対策をして、それをもとに対応するだけでございました。
そう、転生前の時の令嬢であるわたくしは、それでことを済ますことが出来ておりましたの。
しかし、王太子妃となると今の王太子殿下のように、その場に合わせて臨機応変に対応しなければならないため、わたくしには全く向いておりませんもの。
こんなわたくしが王太子妃になれば、外交関係が崩れるかもしれないと思うと……そして王太子殿下を困らせることになるかもしれないと思うと、怖くて震えが止まりません。
それならば婚約を解消して、クリスティアナ令嬢が王太子妃となられた方がよろしいでしょう。
彼女のポレット侯爵家は、孤児院などの手助けも多く行っており、クリスティアナ令嬢もかなり精力的に慈善活動を行われていると、小説でも書かれておりましたし、実際に彼女が王太子妃となって国も今のまま平和を保っておりました。
下手にわたくしが王太子妃になって、国の不安に立たせてしまうのであれば、ここは引くべきですわ。
「そうか……やっぱり王太子妃は嫌か……」
王太子殿下は、とても小さなほそぼそとした声でうつむきながら、そのように呟かれました。
その表情は悲壮感が漂っており、見ているわたくしまで胸が苦しくなってしまいますわ。
「俺はね、アリスに王太子妃になって欲しいなと思ったんだけどね。アリスなら立派な次期王妃になると……」
「わたくしは、王太子妃には向いておりませんもの。そのため、王太子妃にはなりたくはありませんの」
「本当にアリスは自己評価が低いね。もっと自信を持てば良いのに。アリスは作法だって完璧だし……」
「それ以上は仰らないでくださいませ。それ以上仰られたら、わたくしは――」
決意が揺らぎそうですもの。
きっと、優しい王太子殿下のお言葉に甘えてしまいますわ。
これ以上、わたくしを戸惑わせないで欲しいですの。
「分かった……だけど、2ヵ月だけ待っても良いか? もし2ヵ月の間で音沙汰がなければ、それでもずっと2人で旅を続けたいと認識して、俺は諦めて婚約解消に応じるよ。」
「どうして、フレディ様はそこまで待とうとしてくださるのですか? 婚約解消したくないのであれば、そのままわたくしを連れて帰れば良いですし、婚約解消をしたいのであればそのまま婚約解消をなさればよろしいのですのに」
「それは、アリスの意思を尊重したいから。大好きだからこそ、アリスがしたい方を選んで欲しいんだ。だけど、俺も少しは希望を持ちたいからそのように提案しているだけ」
本当にどうして、そこまで優しくなれますのよ。
こんなの絆されてしまうではないですか。
どうしてそこまでわたくしを好いてくださるのか分からないので理由を尋ねたいのに、更に絆されそうになる未来が見えるから尋ねることも出来ません。
せめて私の気持ちだけでも言うことが出来たら良いのに。
わたくしと来たらどうして、素直になることが出来ないのでしょう。
わたくしも大好きだと言い返すことが出来たら良いですのに、どうしてもわたくしはその言葉を申すことが出来ませんでしたの。
「アリス、例え婚約解消になったとしても、困ったことがあったら相談してくれ。裏門の戸にアリスの名前と俺に会いたいことを伝えてくれたら、会いにいくから。まあ、今のようにフランクには話すことは出来ないけど、相談には乗る。だからそこは遠慮しないで」
「そんな……婚約解消となった身で、そんなことは出来ませんわ。変な噂が立ったら大変なことになりますわよ」
「アリスなら本当に必要な時だけしか来ないだろう。例えアリスが婚約解消となって、公爵家を追い出されても、公爵令嬢や元王太子の婚約者であったことには変わりがない。そこに付け込まれて酷い目に遭うかもしれないだろう。その時に王族の力が必要になるかもしれないから、その時は遠慮するなよ」
本当にそうなのでしょうか?
あくまでも元公爵令嬢、元王太子殿下の婚約者というだけで価値なんてあるとは思えませんわ。
そんなの訳ありに決まっておりますもの……寧ろ不審がって近づこうする方はいらっしゃらないと思いますけど。
それとも、わたくしが無知なだけなのでしょうか?
あぁ、やはりわたくしは何も分かっておりませんね。
もしかしたら、王太子妃になった方が良いかもだなんて一瞬考えが過ぎりましたが、何も分かっていないのでしたら尚更王太子妃なんて務まりませんわね。
「分かりました、それを受け入れますわ。もし何かあればご連絡致します。少なくとも2ヶ月後、わたくしが旅を続けるかどうかのご報告は、何らかの形で致しますわね」
「ありがとう。それしてくれると嬉しい」
あぁ、これで本当に王太子殿下とはお別れですよね。
やはり、寂しいですわ……。
「最後にもう1度だけ言わせて。俺は2ヶ月間ずっと待っているから、少しでもこっちに揺らいだら応えて欲しい。大好きだよ、アリス」
わたくしは、その言葉ですら何と答えて良いか分からず、それからもわたくしは特に何も言うことがないまま、その日が終わってしまい、王太子殿下と従者のホワイトさんも一緒に別れてしまいました。
当初の願いである念願の王太子殿下と離れた自由な旅を手に入れたのにも関わらず、そこまで大喜びすることは出来ずに、マリアと2人きりの新たな旅が始まりましたの。




